口の聞き方に気をつけなさい

 どうして俺のオカンがここに……?

 それよりも――


「早く! 早く逃げるんだ! チエちゃん!」


 俺は視界から見えないチエちゃんに叫ぶ。

 でもチエちゃんの鳴き声が聞こえてくるばかりで、しかもその泣き声は、同じ場所でずっと留まったままだ。


 つまり、チエちゃんは逃げられないんだ。

 被弾したせいで、動けないんだ。きっと。


「なんでこんなことするんだよ! ババア!」

「あんたは殺されかけてた。タケシ君に」

「違う! あれは……俺が望んだことなんだ!」

「私はあんたの母親よ。息子を見殺しにすることなんてできないわ」

「こんなときだけ、母親ヅラかよ……!」


 俺は怒りを抑えきれずに、オカンを睨む。


「いつも家にいないくせに……! 何もしてこなかったくせに……!」

「何もしてない? よく言うわ。あんたが何不自由なく暮らせてこれたのも、私のおかげじゃない!」

「金を稼ぐだけが、親の仕事かよ!」


 俺はタケシの亡骸を見ないようにして丁寧にどかし、立ち上がる。

 リビングの真ん中で、チエちゃんが倒れているのが見える。

 脇腹を被弾しているらしく、チエちゃんは脇腹を抑え、蹲って泣いている。

 そんな姿を見て、俺にはチエちゃんの元に駆け寄る以外の選択肢はない。

 なのに――


 オカンが俺の腕を掴み、俺を止める。


「何すんだよ! 離せよ!」

「助けようとしても無駄よ! どうせあの子は死ぬ」

「ふざけんな! チエちゃんが何をしたって言うんだ!」

「あの子は足手まといになる」

「だから殺すってか?! この状況下で、頭でもおかしくなったか! このクソババア!」


 ――パチンッ!


 俺の頬に、電流が走ったような痛みがあった。

 オカンが、俺の頬を平手打ちしたのだ。

 そして――


「口の聞き方に気をつけなさい!」


 オカンは怒鳴った。

 何が口の聞き方に気をつけろ、だ。

 しかしその言葉を発する前に、


「どんな思いで、あんたをここまで探したと思ってるの!」


 オカンは言った。


「あんたは世界中の人たちから狙われているのよ!」

「それがどうした? こんな下らない“力”が欲しけりゃ、くれてやればいい! どうせこんな“力”も所詮、妹のイカサマだ! 本物の力じゃない! なんならオカン、あんたが俺を殺して、この“力”を手にすればいいじゃないか!」


「バカ!」


 オカンは怒鳴った。

 でも、それはよくあることだ。

 いつも東京の出版社の仕事に行っているせいで、つくばの家を留守にして、久しぶりに帰ってきても酒を飲み、仕事の愚痴をこぼしては、俺に八つ当たりをする。

 だから俺はオカンを避けるため、オカンが家にいるときは自室に篭もる。

 それが俺とオカンとの関係だ。

 しかし、このときのオカンは、いつもと違っていた。

 ただキレているわけじゃない。

 確かにキレてはいるが、今のオカンの瞳からは、涙が流れている。

 そんなオカンを見て、俺は言い返せないでいる。

 そしてオカンは、また同じことを言った。


「どんな思いで、あんたをここまで探したと思ってるの!」


 だからって……それで何でタケシを……


「いい? ヨリ」

 オカンは言った。「あんたは私のただ一人の息子なのよ」


 それが……タケシを殺していいって理由に、なるのかよ……


 それからオカンは、リビングに蹲るチエちゃんに銃を向けた。

 チエちゃんはまだ泣いている。

 でもその声は、さっきよりも小さい。


「よせ! オカン!」


 俺は叫ぶも、


「言ったでしょ? あの子は足手まといになる」

「でも殺すことはないだろ!」

「いま死ななくても、いずれ息絶えるか、〈ガルディア〉に殺されるわ」

「俺たちが守ってやればいいだろ!」

「ヨリ! この状況で複数人で行動するのは危険よ。人数が増えれば、そのぶん目立って狙われるリスクが増える」

「だったら俺が殺されれば済むだけの話だろ!」

「いい加減にしなさい! ヨリ!」


 そしてオカンは、トリガーにかかる指に力をこめる。


「こうするしか、ないのよ――」

「止めろー!」

「こう……するしか――」


 俺の叫びなんて、オカンに聞こえちゃいない。

 オカンはトリガー引く。


 銃声が鳴った。

 オカンの手元の銃から、火が吹いた。

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