こんな“力”に、何の意味がある?

 もう、終わりだ。軍隊ごっこは。


 隊員たち――いや、もはや自分の欲望に支配された、ただのクソ野郎たちを尻目に、俺は逃げる。

 だが、そう簡単に逃がしてはくれない。

 奴らは俺を追いかけてくる。

 しかも中には、俺に発砲してくる奴もいる。


「おい貴様! 自分だけ横取りするつもりか!」


 銃を発砲した奴に、そんな怒声を浴びせる奴がいた。

 するとそいつらはすぐさま喧嘩になった。

 おかげで二人追っ手が減った。

 しかし微々たるもんだ。

 俺の軍隊には300人以上の隊員がいた。

 そのうちどれだけの人間がひるがえったかは知らないが、半分だとしても、150人だ。

 それだけの人数にいきなり追いかけられてみろ。

 普通だったら、速攻で捕まる。

 俺がオリンピックの陸上選手でない限りはな。

 だから俺はスモーク弾を手に取り、それを地面に転がす。

 ありったけのスモーク弾を、とにかく走りながらばら撒く。

 煙が俺の体を覆うと共に、後方に分厚い煙の層が作られていく。

 幸いなことに、ここは商店街だったから、脇道にそれる路地はたくさんある。

 その中で一番小さくて目立たない路地に俺は体を滑らせる。

 と同時に、傍にあったゴミ箱の陰に隠れる。

 大勢の足音が通り過ぎていく。



 ――……逃げ切ったか?



 足音が遠のいた後、俺はそっとゴミ箱の陰から様子を伺う。

 しかし――

 人影があった。

 スモーク弾の煙が徐々に晴れつつある中、その先に黒い人影が一つだけあったのだ。


 俺は銃を構える。

 安全装置を解除する。

 トリガーに指を添える。

 そして人影に狙いを定める。


 俺を殺して、そんなに無敵になりたいのか?


 心の中でそう呟いた後に、人影の姿が露になった。

 どうせ顔もあまり覚えていない、隊員だった奴の一人だろう。

 そう思った。

 だから脅して追っ払うか、最悪、殺すことだってあり得る。


 でもだ……


 俺には、そのどちらもできなかった。


 なぜなら、そこにいたのは、チエちゃんだったからだ。


 スモークが晴れ、俺とチエちゃんと目が合う。

 でもチエちゃんは無言で、俺を見つめているだけだった。

 武器も、何も持っていない。

 大声を出して、タケシを呼ぶかも知れない。

 そんなことも考えたりしたが、そんな様子もない。

 いつまで無言で俺とにらめっこをしているつもりなのだろう?

 そう思ったのだが――


「行っちゃうの?」


 チエちゃんは言った。

 それに対し、俺は「ああ」と言って頷く。

 構えていた銃も降ろす。


「また、会える?」


 チエちゃんの問いに、俺は「どうだろうな」と答える。

 するとチエちゃんは、少し悲しい顔をした。

 そして、


「ふ~ん……」


 と言って足元の石を軽く蹴り飛ばした。


「なあ、チエちゃん」

「なに?」

「タケシに……お兄ちゃんに、よろしく言っといてくれ」


 それだけ言った。

 それだけ言って、俺はチエちゃんに背を向けた。

 そのときチエちゃんがどんな顔をしていたかなんて、知らない。

 知ることができない。

 だって俺は後ろを振り返らず、ただひたすら走ったからだ。


 /


 そして、俺の孤独な生活が始まった。

 見渡す限り廃墟。

 その中で、俺はたった一人で暮らしていかなければならない。

 人を見かけても、俺は隠れたり、逃げなくちゃならない。


 みんな俺の命を狙ってる。

 俺を殺せば、無敵の“力”が手に入るから。


 こんな“力”が、なんだっていうんだ。

 人類が滅亡しかけているこの状況で、世界が混沌の渦に巻き込まれている状況で、無敵になって、何が得られるって言うんだ。

 俺が作った軍隊を見てみろよ。

 全ては形だけの幻だったじゃないか。

 集まった300人以上の隊員だって、ホンネは世界を救いたいんじゃなくて、俺の“力”によって守られたかっただけじゃないか?

 そんな私利私欲な連中が寄せ集まったところで、何も変えられない。

 何かを得られたとしても、それはすぐに壊れる。

 仮に俺の“力”を手に入れた奴がいたとしても、どうせ俺と同じことを繰り返すだけだ。

 それに、何の意味がある?


 俺は無人になっている灰家に身を潜めながら、チョコレートを舌の上で転がして銃のメンテナンスをする。

 外に出れば誰かに見つかる可能性があるし、放置されたままの死体が転がっている。

 だから外出は最小限に留めている。

 そして食料がなくなったときだけ、「補給所」に行って袋詰めにされたフリーズドライのコンバットレーションや、軍用チョコレートを補充しに行く。

 しかし「補給所」に行っても、好きなレーションは選べない。

 ドローンが補充したばかりの「補給所」には人が多く集まり、誰かと接触してしまう可能性がある。

 そのため、ドローンの補充から時間が経った「補給所」にしか行けない。

 そこは残り物しかない。

 つまり残り物しかありつけない。

 残飯をあさるようなもんさ。


 惨めな生活。


 ついこの前までは、英雄として称えられていたこの俺が、まるでゴキブリのように、こそこそ隠れながら、今じゃ残飯を漁ってるんだ。

 とんだ転落人生だよ。

 おまけに人は〈レオ〉や〈ガルディア〉を恐れているのに対し、俺は人を恐れている。

 今まで仲間だった連中が、一瞬で敵になったんだ。


 馬鹿げてる。


 そして誰が住んでいたのかもわからない灰家を転々としながら、引き篭もる日々が続いた。

 人間の駆逐が進み、人口が減ったエリアでは、「補給所」への補充が行われなくなる。

 だから俺は定期的に、人がいるエリアに移動しなければならない。

 それがまたリスクを高める。

 まったく、嫌になるよ。

 しかも引き篭もっているから、気分が荒む。

 テレビもネットも観られないから、俺の友達は銃だけだ。

 やることがないから、ずっとこいつをいじってる。

 おかげで銃には詳しくなったよ。

 一度全てをバラして、組み立てることを何度も繰り返していると、銃の仕組みを理解することができた。

 わかったのは、凄くシンプルな構造で、人を殺すことができるってこと。

 そんな風に一人で銃と戯れていた、ある日の夜――


「助けてー!」


 外から悲鳴が聞こえた。

 まあ、これはよくあること。

 一歩外に出れば、〈レオ〉と〈ガルディア〉なんてたくさんいる。

 そしてそいつらは常に人を狙ってるんだ。

 俺みたいに灰家に隠れていたって、あいつらはズカズカと挨拶もなしに家に上がり込み、〈レオ〉は頭を噛み砕き、〈ガルディア〉はライフルでズタズタにする。

 俺だって何度か灰家で〈こいつら〉に出くわしたことがある。

 でも俺は現在無敵中だから、関係ない。

 出くわした瞬間、〈こいつら〉は俺の目の前でフリーズし、心臓を曝すからな。

 そういうわけで、外から聞こえた悲鳴も、日常化した異常の一つだと思った……


 ……思いたかったのだが――


 悲鳴を聞いた俺は、心臓が握り潰される想いがした。

 なぜなら、「助けてー!」と叫んだその悲鳴が、チエちゃんの悲鳴だったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る