トンネル 2

「逃げて! お兄ちゃん!」


 妹が奥からそう叫ぶ。

 言われなくたって、とっくにやってるよ!

 俺は立ち上げたばかりの体で、また体を揺らしながら激しく走る。


 とは言え、逃げるって、どこへ逃げればいいんだ?


 ここはトンネルだ。

 奥へと続く一本道。

 走る方向は、一つしかない。

 装甲車が機関銃を再び発砲させ、前進する。

 この状況じゃ、どうせ、いずれ追い込まれてしまうだけだぜ。

 しかし、こんな状況にも関わらずだ。

 なんとハヅキが、俺の方に向かって走り始めた。


「なに考えてんだ! ハヅキ!」

「どいて!」


 二人の声が重なる。

 それから妹は俺に向かってジャンプ。

 そのまま跳び箱を飛ぶように大股を広げ、両手で俺の頭を押さえる。


 妹が、俺の頭上を飛び越える。


 その刹那。

 妹に頭を押さえられてしまったせいで、俺のバランスは崩れる。

 体が前に倒れる。

 妹は俺の後ろで着地。

 そしてなぜか、妹が倒れた俺の体に重なる。

 おい! 何の真似だ?

 と思った次の瞬間――


 ――大きな爆発が起きた。


 凄まじい爆風が辺りを飲み込む。

 一瞬だけ真空になったと思える瞬間があった後、一気に空間が破裂する。

 その衝撃に紛れて、無数の鉄片が俺とハヅキに襲いかかる。

 鉄片は鋭利なものもあるだろう。それがもし、妹に突き刺さってしまったら――


「大丈夫か? ハヅキ」


 爆発が収まった後、俺は妹に問いかける。しかし――


 返事がない。


 何度問いかけても、妹は目を瞑ったままだ。

 妹に、意識がない。


「おい! ハヅキ! 目を覚ませ! ハヅキ!」


 俺は妹の小さな両肩を掴み、妹の体を前後に揺らす。

 でもだ。妹の意識は、いっこうに戻らない。

 俺の心臓が、誰かに握り潰れされているかのように、苦しい。

 待てよ! こんな終わり方って、あるかよ!

 ふざけんなよ!


「ハヅキー!!」


 俺は妹の名前を叫ぶ。

 声帯だけでなく、全ての細胞を使って、俺は叫ぶ。

 そのときだった――


「クスッ……」


 妹の口元が緩む。

 そこから短い吐息が漏れた後、


「はははははっ!」


 大きな笑いが妹から噴出した。

 それを見た瞬間、緊張していた俺の体から、力が一気に抜ける。

 まるで膨らんだ風船から空気が抜けていくように、俺の体はクタッとなる。


「今のお兄ちゃんの顔、サイコー!」

「おい! こんなときに悪い冗談はよせよ!」

「だって面白いんだもん!」

「俺は面白くねーぞ。最悪だ」

「いいじゃん! 結果的に、ほら、私たちは助かったわけだし」


 まあ……そうだな。

 さっきまで俺を追いかけていた装甲車は、見事に爆発し、再起不能だ。

 きっと妹が先回りして、トラップをしかけたのだろう。

 それはそれで、非常に助かったわけなのだが……。

 でもな……と、俺は深い溜息を吐く。


「心配した俺がバカだった」


 そう言って、俺は立ち上がる。

 そして妹も立ち上がりながら、


「でもね」


 妹は言った。


「私、嬉しかったよ。お兄ちゃんが、私のこと、ホンキで心配してくれたから」


 妹が笑う。

 それを見て、俺は複雑に思う。

 だって、そのときの笑顔だけは、悔しいが、今までの妹の歴史の中でも、かなり上位に来るものであることを、否定できないからだ。

 しかし――


 そんな妹の笑顔も、一瞬で蒼白する。


 なんだ? また悪い冗談か?

 そう思ったが、違うようだ。


 俺の腹から、鋭く光る長い刃が突き出ている。

 どうやら俺は、日本刀のような鋭い刃によって、後ろから貫かれてしまっているようだ。

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