第4話 ~きっかけは思わぬところからやってくるようで~


「クローゼットかよ。……まあ、無難な場所か」


 俺は転移ゲート化していたクローゼットの扉を閉めると、自分の部屋に目を向ける。

 どうってことはない、いつもの殺風景で見慣れた光景。

 だけど今は、俺に安穏を与えてくれる唯一の場所。


 途端に緊張の糸が切れた俺は、急激にせり上がってくるある渇望――つまり水分補給と飢えを満たすために1階へと足を向ける。


 時刻は午後2時。

 両親は仕事、そして妹も学校ということで家の中はひっそりとしていた。


 リビングに降りた俺はミネラルウォーターをがぶ飲みしたのち、ジャムを塗った食パン6枚で胃を満たす。食パンはそれでなくなった。

 後で、「私の食パンないじゃんっ。お兄ちゃんが全部食べたんでしょっ!?」と妹が押しかけてくるかもしれない。


 洗面台で歯を磨いてシャワーを浴びた俺は、すぐに2階へと戻る。

 慣れない異世界でのあれやこれやで疲れた俺は、一刻も早くレム&ノンレム睡眠の海へとダイブしたかった。


 ベッドへと横になる俺。

 そこで頭に浮かぶのは、やはり異世界『ドワフリア』のことだった。

 

 望んでいた異世界に召喚されたものの、まさかのスモールワールド。

 最初こそ失敗かと思ったが、巨人モードでの無双はとんでもなく爽快で快感だった。

 それに知り合った王女は小さいながらも可愛くて――、


 ――って、だから何考えてるんだっての、俺は。

 …………あれ?


 一瞬、既視感デジャビュよぎる。

 今日、初めて会ったはずのカルロッテなのに過去に出会ったことがあるような、そんな……。


 首をかしげる俺はその疑問はさて置き、「そういえば……」と上半身を上げる。

 

「カルロッテのやつ絶対戻ってこいって言ってたけど、それっていつだよ。……やっておきたいゲームもあるし、5日後くらいでいいか」


「いや、遅すぎだ。明日には『ドワフリア』に戻ってもらうぞ。ところでベッドの下のこの本はなんだ? 女性がやけに胸を強調しているけど」


「エロ本に決まってんだろ。聞くまでもな………………え?」


 俺は声のしたほう、ベッドの下を覗く。


 カルロッテが、『俺の幼馴染がとんでもなく淫乱だった件あいどくしょ』を「うんしょ、うんしょ」と引っ張り出していた。

 今にもページを開こうとしているカルロッテ。

 俺は慌てて彼女をつまみ上げると言った。


「なんでいるんだよっ!? え? なんでなんでっ!?」


「後ろから付いてきたのだ。かなめのいるチキューという星に興味があってな。別にいいだろ、どうせ戻るんだしな。さ、エロ本とやらの続きを見るか。降ろすのだ、かなめ」


「ダメだ。あれは女性が読むと目が腐る呪いの書物だからやめておけ」


 俺は足で『俺の幼馴染がとんでもなく淫乱な件』を蹴って、ベッドの下に押し入れる。


「そうなのか? なら止めたほうがよさそうだな」


「ああ。……しっかし、まさか逆異世界転移してくるとはな」


 俺はカルロッテを机に立たせると、ベッドに座る。

 疲労はあるものの、眠気は完全に吹き飛んでいた。


 

 ――さて、どうしたものかね。


 

 ▽▲▽


 

「荘厳――。そして力強さと艶めかしさを内包した凛とした立ち振る舞い。……間違いない。この像はチキューの守護女神。そうだろ? かなめ」


「いや、ただの美少女フィギュアだ。……ところでカルロッテ」


 大ヒットアニメ、『オークロードと女騎士団長のプレイが激しすぎて困ってます』のフィギュアを見上げていたカルロッテがこちらを見向く。


「なんだ?」


「いいのかよ? 王女様ともあろうお方がこっちの世界に来ちまってさ。両親も心配しているんじゃないのか?」


「それは大丈夫だ。お抱えの侍女が私にふんしているからな。私はいつもそうやって窮屈な城を抜け出しているのだ、ふふん」


 腰に手をやり、胸を逸らすカルロッテ。

 その様は、悪いこと自慢で得意げになっている悪ガキのようだった。

 

「じっとしていることが苦手なお転婆てんば姫ってやつか。それでそのお転婆姫さんはこれからどうするんだ? 俺の家で冒険でも始めるのか?」


 カルロッテは「それも悪くはないけど……」と腕を組む。

 でもその視線は窓の外に向けられていて、俺の頭上に嫌な予感ってやつが落下してきた瞬間、こう叫んだ。


「外で冒険がしたいっ! チキューという広大なフィールドを思いっきり楽しみたいぞっ! よしっ、そうと決めれば早速――」




 

 俺は視線を下にして、カルロッテから逸らす。


「なぜだ? なぜダメなのだっ?」


「な、なぜってそれは……それは…………」


 理由として“それ”を口にするべきか逡巡しゅんじゅんする俺。

 そのとき、上目使いで見つめてくるカルロッテの瞳が罪悪感を喚起した。

 “それ”とは別の嘘を吐くことへの罪悪感を――。


「……かなめ?」


「いや、……ダメじゃない。行くか、外」


「うんっ!」


 カルロッテの顔に満面の笑みが浮かぶ。

 すると彼女は俺の胸ポケットに飛び込んだ。

 どうやらそこがカルロッテの定位置となったらしい。


 ……違う、罪悪感だけじゃない。

 どこかにこれをきっかけにしたいという気持ちがあったから、だから――。


 俺は玄関で靴を履き、そして扉を開ける。

 

 2か月振りの外出。

 最初の数歩は重くて――でもしばらくすると、足は“重し”のようなそれから解放された。

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