第2話 ~本当は赤がいいけど別にピンクでもいい~


「おい、それは答えになってないぞ。この巨人の悪魔めっ、私の質問に答えないのならこの剣を首に刺してやる」


 ところどころに装飾品の付いた、豪奢ごうしゃなピンクのドレス。

 アクティブに動き回れるためなのかそれは膝上仕様であり、露出した足は純白のタイツで覆われている。

 そして頭に付けた花カチューシャは、長く艶やかな金色の髪の毛を引き立てるのに一役買っていて――。


 つまり、小人女は、この異世界の王女を思わせた。


 そんな彼女は構えていた剣を振り上げると「答えはなしか。――ならば死ねっ」と前方にジャンプする。


 着地と同時に、振り上げている剣を俺の首に突き刺す気らしい。

 剣はつまようじ並の大きさだが、刺されば多分死ぬ。

 幸い命が助かってもめっちゃ痛い。


 そこまでの思考に0・5秒。

 俺は次の0・5秒で文言をひねりだすと、叫んだ。


「待てえええええっ、俺は地球に住む17歳の高校生望月もちづきかなめ、女神様の召還でこちらの世界にやってきた勇者ですッ!!」


「うわっぷっ!」


 後方に飛ぶ小人女。

 どうやら俺が叫んだ際の風圧で飛ばされたようだ。


 ドレスがめくれていて、純白のタイツの上のパンツが見える。

 色はドレスと一緒でピンクだった。


「いつつ……。め、女神様の召還でやってき勇者だと――?」


 小人女が俺の胸の上で立ち上がると問う。

 実際のところそこは完全なる憶測だが、[異世界に行く=女神様の召還]という図式が当たり前な俺にとって、それは自然と出た言葉だった。


「あ、ああ、そうだ。だから早くこの拘束している縄を解いてくれ」


 無言の小人女がしばしの間、疑念の瞳で俺を睨み付ける。

 やがて横に向けると、彼女は言った。


「女神フラーファよ。この巨人の言っていることは本当か?」


 ――と。


「ええ、そうです。確かにわたくしめがチキューという星から召喚しました。魔王軍の脅威から民を守ってもらうために――。いやでもこんなに大きいとは思わなんだ……」


 女神様がいるらしい。

 俺は一抹いちまつの不安を抱きながら、声のした右側に顔を向ける。

 そして、ああ、やっぱりなと心底落胆する。


「本当にでかいのぉ。――でも若くていい男」


 そこには出るとこ出た美貌の女神様ではなく、しゃがれた声の老女神がいた。


 

 ――こっちも失敗かよっ。



 ▽▲▽



『ドワフリア』

 それがこの異世界の名前だということだった。

 そして俺は現在、その『ドワフリア』の王都『ミゼットガルド』のメインストリートを歩いている。

 

 見渡せば、四方に広がるファンタジックなミニチュアワールド。

 それは鳥肌がたつほどの絶景であり、オリジナリティも悪くないなと思い直す俺だった。

 

「建築物に気を付けるのだぞ。――って、言ってるそばから足で蹴っちゃダメじゃないかっ。ああ、歴史ある中央広場の噴水が……おい、かなめ、しっかり注意して歩くのだっ」


 小人女――カルロッテが口うるさく注意を与えてくる。


 俺が勇者と分かったあと彼女の態度は幾分軟化したが、元々の気質が勝っているのだろう、俺のワイシャツのポケットに入っているくせに口調は生意気だった。


「道の真ん中にあるから悪いんだろ。蹴られたくなかったら横に寄せておけよ」


「そんな言いぐさあるかっ。かなめが規格外に大きいからいけないのだ。ああ、ほらまた街路灯壊してっ。……慎重にゆっくり、綱渡りの要領で進むのだぞ」


「……食らえ、『勇者の鼻息ヒーロー・ブレス』」


 俺は右の鼻の穴を押さえて、フンッとする。

 すると左の鼻の穴から出た鼻息が、胸ポケットに入っているカルロッテに直撃した。


「ぷはあああああっ!? なな、何をするんだかなめっ! いきなり何を――」


「チビのくせに生意気だからだよ。俺は勇者だぞ。魔王軍を倒して欲しかったら上から目線はやめてもらおうか、ふん」


「私だって『ミゼットガルド』の王女だ。例えかなめが勇者であろうとびるつもりはない。王女である以上、何者にもへつらうことなく崇高な存在でなければならないのだ。それが全ドワフリア人にとっての王女像であり、私自身が強く望むものでもあるっ」


「そうか、分かった」


 そして俺は胸ポケットを揺らす。


「あわわわわわわっ! や、やめ――かなめっ、やめ――あああぁぁあぁあっ」


 ポケット中で転げまわっているカルロッテ。

 その様は、崇高な存在とは思えないほどに無残なものだった。


 大丈夫だ、カルロッテ――民には見えていないから。


 俺はニタリと笑うと、眼前に目を向ける。

 目的地である王城、バッシュフル城がすぐそこにある。

 それはまるで、某夢の国にあるランドマークかのように幻想的でもあった。



 ▽▲▽



 その後俺は、いつの間にか集まっていた大勢のドワフリア人に囲まれながら、王様と王妃様――つまりカルロッテの両親に謁見えっけんした。

 謁見といっても俺が城の中に入れないので、城の前にある大広場でだが。


「おお、勇者よ、よくぞ来てくださいました」から始まる王様の話は、なんだか某国民的大作RPGロールプレイングゲーム彷彿ほうふつとさせる内容であり、要するに魔王を倒してこの世界から闇を払って欲しいという、とても分かりやすいものだった。


 俺は首を縦に振る。

 色々と納得できないことがあるものの、そこを断ってはダメだろうとの思いから。


 しかし、相談役らしい爺さんが「信用ならんですな。魔王の手の物かもしれんですぞ」と王様に吹き込み、話をややこしくさせようとする。


 するとその言動に憤りを覚えたのか、老女神のフラーファが「こんの、ジジィっ、私が召喚したのが魔王の手先だっていうのかいっ」と言いながら、その爺さんにつかみかかる。


 えらい剣幕でポコスカと殴り合う二人。

 それを仲裁するカルロッテが俺を見上げて言うのだった。


「『ウォーロックの砦』に向かうぞ。魔王軍の最前線であるあの砦をかなめが落とせば、誰だってかなめのことを勇者だと信じるはずだからな」

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