こんなにも

 ……なってると思わないか?



「君がそんなこと言うなよ」


 僕の独り言は誰の耳にも届くことなく散っていった。

 誰の耳にも届かないのなら、この想いを全部吐き出してやろう。僕に声をかけられない君に、全部ぶつけてやろう。それが今の僕にできる唯一の君への当て付けだ。

「君の言う普通の死に、難病で死ぬってことは入ってたのかよ。強がってんなよ。僕と、君が、話し合えるときに、言ってくれたって、良かっただろ。

 楽しそうに、生きてる奴が、言わないと、こんな教訓、説得力が、ねぇんだよ」

 僕が柄にもなく想いを吐露していると、君の手が動いた。なんだ起きてたのかよ。

『カイワは苦しい、ヒツダンはできる。キミ、アツいキャラ?』

 カタカナ混じりの汚い字。

 時間をかけないようにした為か、簡潔になりすぎておかしな文章になっている。

 一ヶ月ほど前、病状が悪化して会話は出来なくなった。筆談ができると言っても、難しい字や、長文はかけない。しかし、タイムラグもある歪なこの文字との会話にも慣れた。

 文字になっても強気な姿勢が伺える。長年の付き合いがこの拙い文に補足していく。

「聞こえてたのかよ、寝たふりとか趣味悪いな、お前。僕がどんなキャラかって君が一番知ってるだろ」

 普段は決して見せない自分の内部を一部とはいえ見られたことに恥ずかしさを覚える。口が悪いのはいつものことであって、その所為では決してない、決してだ。

『今、タノしく生きてる。シツレイ』

 こいつは何を言って、いや、書いているのだろう。

「強がるなよ。僕にそういうのはいらない」

 先ほど書いた『シツレイ』の文字をぐるりと丸で囲む君は怒っているように見えた。


『HW』

 今までの会話を書いていたページの一番下にそう書いて丸で囲んだ。このマークはhomework、のマーク。すなわち宿題だ。その横に引かれた二本の斜め線は、会話はお終い、という合図だ。homeworkマークも、斜め線も学校で使っているものだ。斜め線は、数学の答えの終わりなどを表すのだけど、

 久しく行っていない学校の小さな習慣を君が覚えていることが嬉しい。ここで嬉しくなることがイレギュラーだと気付き、悲しくなるのも、もう慣れた。病院の匂いにも慣れる日が来るとは、人生何があるかわからないものだ。

 だけど、学校にいない君を僕の中の君にしたくない。その想いは君の方が強いと知っているけれど、そう思わずにはいられない。


 会いに行くと十中八九出される宿題。学校で出されるそれと違って、君を納得させるためだけに考える。おそらく正解は求めてなくて、だから僕もできるだけ楽しく、でも根拠のある回答をしてきた。

 サンタさんはいないのに何故サンタさんという存在が知られているのだろう、とか、何時からが朝になるのか、とか。なんでそんなことを不思議に思うんだよって笑っちゃうような内容ばかりだった。毎回真面目な答えを出していた僕も僕だが、

 でも今回のはいつもと違う、笑えない。

『HW』

君は丸をもう一度囲んだ。無理難題を押し付けたという自覚はあるのだろうか。

「うん、たくさん書かせて悪かった。次は3日後な」

 笑えない、笑えないが笑顔をどうにか作り上げて病室を後にした。


 僕ってってこんなにも情けないのか。

 いつ死ぬかわからない人に、死って何?生って何?どっちが難しい?

 そう聞かれてなんと答えたらいいのだろうか。

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