02.「公平を期しての」くじ引き

 恐る恐る顔を上げると、知り合いもそうでないメンバーからも生暖かい、保護者のような視線を感じる。


「え?」


 驚いてくじ引き女子達の方へ視線を送ると、やはり生易しい笑みで手招きされた。さすがに「私は引きません」、と言える空気では無くなり、力無く立ち上がる。抽選会場まではそこそこの距離があったが、小声で「頑張れ」「お前なら出来る」、という謎の応援をされる。

 ――くじ引くだけなんですけど。

 何だろう、この今から死地へ赴くような声援の数々は。しかもこれ、まだくじ引いてすらいないぞ。まるで当たりを引いたかのような体ではないか。


 近付いてみると、抽選会場は一段高い位置にあった。段を一つ乗り越え、顔くらいしか知らない女性メンバー達に囲まれる。

 メイヴィスが揃った事で、元々きびきび動いていた彼女達は作業を再開した。


「はい、くじ出来たよ!じゃあ、メヴィ、まずは引いてよ」

「早っ!え、もうくじ作り終わったんですか?」

「そんなに人数いないし」


 言われてみれば、確かに自分とあとは最初くじを作っていた女性メンバー5人しかいない。こういう催し物を行えば普段アロイスに対してキャーキャー騒いでいる女性連中が放っておかないはずだが。


 釈然としないながらも、待たせる訳にはいかず箱に手を突っ込む。


「……あの」

「どうしたの、メヴィ」

「あの、すいません。くじ1枚しか入ってないんですけど」

「それはいいから、早く引いてよ」

「よくないよ!」


 紙の感触は1枚しかない。仕方ないので、その一枚を指で挟んで持ち上げる。白い折りたたまれた紙片を開いた。


 ――当たり。


「こ、これ当たりしか入ってないくじじゃないですか!!」

「そりゃそうだよ。君しか引かないんだから、外れ入れたら当たりが出ない可能性が出て来ちゃうでしょ?」

「でしょ、じゃない!え、じゃあこの茶番は一体何だったんですか!?あなた達は何でここに!?」

「私達はオーガストさんに頼まれて、アロイスさんの世話係を決める為だけにここにいるからね。ちゃんと面倒を見られる子なら誰でも……」


 ただの運営だったのか、彼女等は。

 人の気も知らず、お姉様方はぐっと親指を立てた。良い笑顔である。


「メヴィ、あなたが錬金術馬鹿で碌な趣味も持ってないのを心配してたけど、誰にだって春は来るんだね!頑張れ!」

「私の何を知ってるんだろこの人達……!!」


 その場のノリでここまで来てしまったが、今冷静になってみると最初から仕組まれていたのだろう。いきなり彼女達から「夏のイベントはアロイスさんの世話係だから」、と言われても気後れして辞退していただろうし。

 くじ引きで確率が分散されるからと思って参加したが、自主的に参加した以上、「やっぱり良いです」なんて言えるはずがない。逃げ場を完全に失った。


 逃げ出す事は出来ない。それを再確認したところで、かなり近くから声が聞こえてきた。


「俺が世話になる相手は決まったのか?」


 喉から蛙が潰れたような声が漏れる。

 いつもはBGMよろしく、遠くから聞こえるか聞こえないかくらいの声だったその声が、すぐ真後ろから聞こえてきたのだから当然だ。カチコチに固まったメイヴィスは心臓が早鐘を打つのを明瞭に聞きながらも、速くなる呼吸を押さえる。


 やけにゆっくり周囲の時間が過ぎていく中で、運営の1人がアロイスに今あった出来事を告げた。


「アロイスさんのお世話はメヴィがする事になりました。優しい子だから、よろしくしてあげて下さい。……メヴィ?」


 アロイスに自分を紹介しようとしたのだろう。いつまで経っても振り返らない自分を見た運営メンバーが訝しげな声を上げる。


 待った、とジェスチャーしたメイヴィスは目を瞑り、たっぷり3秒数えてからゆっくりと振り返った。徐々にゴツイ黒の鎧が視界へと入っていく。視線は大体アロイスの胸の辺りだろうか。

 ――ど、どうしよう。ここから顔が上げられない。

 心の準備を整え、さあ「よろしくお願いします」の一言を言わなければ、と深呼吸する。しかし、精神が平静を保つより先にアロイスが口を開いた。


「お前は前に一度、大勢で行ったクエストにもいたな。アロイスだ、よろしく頼む」

「ひえっ!?」


 唐突に声を掛けられた事と、1ヶ月前の件を持ち出され、変な声が出た。

 大勢で行ったクエスト、とはちょっとした大規模クエストの事だろう。20数名いたというのに、存在を認識されていた事に驚きを隠せない。


 しかし、何か返事をしなければ。会話を成立させなければならない、というプレッシャーからか咄嗟に顔を上げてしまった。人と話すときは目を見て話なさい、って故郷の両親が言っていたから仕方ない。


 距離にしておよそ1メートル弱。会話が出来る距離にいる憧れのその人を視界に入れてしまい、言い掛けた言葉が吹き飛んだ。顔が熱い。


「ああ、あの、その、えっと……よ、よろ、よろしくお願い、します」

「ああ。ところで、顔が赤くないか?夏風邪はなかなか治らないと言うからな、医務室へ連れて行った方が良いだろうか?」

「えっ!?あ、いや……お、乙女特有の、その、発作みたいなアレなんで、気にしないでください」

「発作?持病、という事か?」


 ――何言ってんだよ私!!何が乙女特有の発作だ!意味不明過ぎる!

 見かねた運営ズが好かさずフォローしてくる。先程までは人の事情を楽しんでいた節のある彼女達だったが、今では些か不安そうな顔をしていた。そりゃそうだろう。


「め、メヴィは人見知りなんです。話しているうちにもっと滑らかに喋るようになるんで、あまり矢継ぎ早に質問したりしないようにしてくださいね」

「そうだったか。悪い事をした」

「いや、アロイスさんは悪くないと思いますけど……」

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