第17話 疑念のつぶやき
「うーん、そっかぁ。そこまで順調じゃないならしょうがないね。でも、まあ、ご飯とアクセのお店と、洋服のお店と、あとデザートくらいは食べられるよね!」
マミの明るい言葉に僕はだんだん吐き気を催してくる。
ただでさえ彼女と出かけるのだけで鳥肌物なのにそんなに長いデートプランを話されても体調に害をなすだけだ。
僕は内容を聞いているうちに段々気持ちが悪くなってきて、彼女と距離を置くためにそろりそろりと部屋の扉に向かっていく。
けれど、彼女がそれを見逃してくれるはずもなく、指摘された。
「ねえ、シュウちゃん。どこへ行くの?」
あまりの具合の悪さに、うまく頭が回らない僕は、何度か口をパクパクさせてしまうが、ここでもシャドウが脳内でナイスフォローを入れてくれる。
「さっき、あまりに喉乾いちゃって麦茶常温に戻さずに飲んじゃったんだ。だから、お腹が……」
そう言ってお腹をさすると、彼女は少し心配そうな顔をして寄ってくる。
「大丈夫? トイレまで一緒に行く?」
「ごめっ、触らないでもらえるかな、触られたら漏れそうなんだ」
僕の必死の演技のおかげか、いや、彼女に触られると思っただけでなかなかに身の毛のよだつ思いだったので半分は演技ではないのだが、彼女は僕の言葉ではっとして離れてくれた。
僕はマミに見つめられながら、お腹を押さえた態勢のままそろりそろりと部屋を出る。
そしてドアをそーっと閉めるとトイレに向けて猛ダッシュ。
便座に覆いかぶさる形になると、胃からこみあげてくるものを必死に吐き出した。
朝食をとっていないせいで、ちゃんと吐けるものがなくて、吐いても吐いても気持ち悪さがなかなかなくならない。
吐いている途中、後ろで”僕”が影から出されるのを感じる。
一人になるタイミングでと念のためシャドウが外に出したか。
もしくは、吐いている僕を心配して一人では実体化できない自分の代わりに出したのかもしれない。彼はなかなかに有能だから。
「うえー、どうしたんだよ。大丈夫かよ」
そう言いながらあまり有能ではない”僕”は、トイレにくぎ付けになっている僕に近寄ってきて、しばらくの間”背中をさすってくれた。
正直ほんとにぎりぎりだったのでちょっと助かった。”僕”にこんな情けない姿を見せて借りを作るなんて不覚ではあるのだが。
トラウマって怖いね。精神に異常をきたすね。
数分はかかっただろうか。胃液すらも空っぽになったんじゃないかと思えるくらい吐いて、やっと少しだけ落ち着く。
そして”僕”に向けてつぶやく。
「僕……マミとデートに行く羽目になった」
それを聞いて途端に顔を青くする”僕”。
「まじで、言ってんのか」
「うん」
「そうか……それ聞いて俺も吐きそうだわ」
もらいゲロされても困るので、シャドウに命じて瞬時に”僕”を中にしまってもらう。
いや、中で吐いちゃったらどうなるのか分からないけども。
そこんとこ心配してシャドウに聞いてみると、影に閉じ込めている間は実在する空間に飛ばされるわけではないため、吐けないそうだ。
そのため、吐いて楽になることも出来ないと。
うん、汚れるのではなくてよかった。
どうせデートするのはあいつ自身でないわけで僕ほどひどいことにはならないだろう、リア充だし。と、そう思いながら僕は”僕”のことを意識の外に追いやる。
とにかく、もうかなりの時間トイレで時間を過ごしてしまった。マミが突撃してこないうちに部屋に戻らなくてはならない。
そして、彼女を家から追い返さなくては。
トイレを流して、洗面所による。
そこでしっかりと口をすすいで、自分の部屋の前に戻る。
すると、中からなにやらぶつぶつ声が聞こえてきた。
「トイレ流してからこれだけ帰ってこないってことは、まだトイレの中かしら。そんなにひどくおなか壊してるのかな、心配ね」
心配してくれるのはありがたいのだが、すべてあなたの影響ですと本当は僕は声を大にして言いたい。
けれど、僕はそんなことも言えない小心者で、そして卑怯ものなので、彼女を追い出すヒントになるかもしれないと扉に耳を当てた。
「にしても、このノート3冊。筆跡が同じってことは、書いたのは同一人物がそれに準ずるもの。まさか、このタイミングで? 早すぎないかしら……」
けれど、マミのつぶやきは思わぬ方向に進んでいく。
どうやら、先ほど僕が閉じたノートを開いて確認していたらしい。それはわかったのだが、そのあとのマミの言葉に僕の理解が追い付かない。
同一人物とそれに準ずるものってなんだ。どういうことだ、どんな可能性なんだ。この世の中で同じ筆跡で普通に書くことが出来るのは本人だけだろうに。
中二病でもあるまいし、変な言い回しだ。
それに早すぎるって?
僕の頭の中で何度も言葉が響く。
そして響いていくごとに、僕の中で一つの疑念がすくすくと育っていく。
もしかしたら、この僕にとってトラウマそのもの、天災のような人間の彼女は。
ずっと昔から僕にうるさく付きまとってきた彼女は。
今回の件、異世界転移から戻ってきた”僕”のことについて、何かを知っているのかもしれない。
長年、彼女が僕に抱いてきた執着の正体が、わかるかもしれない。
そして次の彼女のつぶやきは、その疑念を推論に昇華させるに十分であった。
「まさかもう、転生者が来てしまった?」
昨日、何度も聞いた転生というその言葉。
けれど、勘違いしていた”僕”とも、話題に出しただけの父さんとも違う。
明らかに何かが起こることを知っているような彼女の口ぶりに、僕は扉の向こうでひとり震えた。
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