十年目くらいの真実
「分かんないよね。分かんないと思う」
「え?」
「中原くんはね、自分がみじめになったの」
「……?」
そこまで言われても、俺は自分が何をして彼にそう言わしめたのかが思い出せなかった。
「あのとき……、あんたは、カンニング疑惑を吹っ掛けられるきっかけをつくったのは俺だし、殴ったのも俺が悪かった、ごめん、って言ったの」
「…………」
そういえば、たしかにそのような内容のことを言ったし、実際そうだと思った。だから、中原くんに殴ってごめんと言った。
それでどうして中原くんがみじめになるのだ。
「分かんないの、あんたみたいな人種には、人気者に成り上がろうとする日陰の人間の気持ちは」
意味が分からなかった。俺みたいな人種に、日陰の人間の気持ちが分からない?
俺自身が日陰の人間で、大坂千寿や中原くんにあこがれているというのに?
「あたしや中原くんみたいなのは、自分を偽らないと、人が寄ってこないの」
「……」
「あんたは違う。放っといても、気づけば誰かがそばにいる。素の自分でいつも勝負できる。性根がいいから」
「……」
彼女が何を言っているのか、まるで分からなかった。
だって、俺にとって大坂千寿は太陽みたいに明るくて、かわいくて勉強もできてスポーツ万能で、先生にも受けがいいし友達もたくさんいて、でも俺みたいな底辺の嫌いな人間にも間違ってることと正しいことをしっかりと区別して接してくれるような人間で。
そう、もごもごと伝えると、彼女は自嘲するように息を吐いた。
「おかしいと思わないの?」
「え?」
何が。
「あたしが、あんたにこうやって暴言吐いてるのが」
「……それは」
たしかに彼女らしくないとは思っていた。でも、それはあまりにも俺のことが嫌いだから、俺の存在が彼女をそうさせているのだと、思っていた。違うのか。
「これがあたしの素だってこと」
「……」
「友達や、ほかの人の前ではつくって、明るくいるんだってこと」
思考がぐるぐると回る混乱の渦に突き落とされて、うまく考えることができないでいた。
俺が、いいなと、うらやましいと、強いと、かっこいいと、そう思っていた大坂千寿は、つくられたものだった? ほんとうは、卑屈で、弱くて、かっこ悪くて、俺みたいなやつにまで嫉妬する人だった?
「千寿! 彰吾くん!」
名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。警察の事務の人に連れられて、大坂千寿の父親がこちらに向かってきている。
ラフなシャツにチノパン姿の彼を見て、大坂千寿があからさまに肩の力を抜いた。
「千寿、大丈夫だったのか? けがはない?」
「うん」
「彰吾くん、ありがとうね、千寿についていてくれて……」
「あ……いえ、俺は警察を呼んだだけで……」
「警察に、千寿が犯人を懲らしめようとしていたって聞いて肝が冷えたよ。止めてくれて、ほんとうにありがとう」
「そんな……」
じわりと顔が熱くなる。感謝されることは、いつだって気持ちがむずむずと落ち着かない。
「帰ろう。夕飯は食べた? おなかはすいていない?」
「……そういえば何も食べてない……」
結局、カツ丼にはありつけなかったので、俺たちは空腹だった。おじさんの顔を見て緊張がほどけたのか、急にそれを意識する。
腹を押さえた俺と彼女に、おじさんは笑って、どこかに食べに行こう、と言った。
全力で遠慮したい気持ちがあったものの、彼女も空腹のためか乗り気で、とても断れる空気ではなかった。嘘だろ、こんな状態で大坂千寿と食事をするのか。
むり。
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