刃物

 ザクッ――心地良い音色だ。酩酊した動物の臓物を掻きながら啜るのも最高だ。されど私は満たされず、新たなる獲物を求めて漂う。得物は刃物一本で、誰もが恐れる光輝の放出。催眠に堕ちた私は揺れる脳味噌と共に、愛すべきものを眺める。滴――誰の赤色だったか。誰の錆びた彩だったか。現の私には判断不可能だが、彼か彼女に違いない。冷える肉の塊。垂れる汚物の濁々。めまいのように畏れた、私の大切な宝物。月が沈む。十字に裂けた黄金が沈む。鎮まる己を携えて、脳天を晒す太陽アザトースを拒絶し――世が騒がしい。殺人鬼だとか。獣の夜だとか。迷信に呑まれた人間の群れが、街の隅々を支配して在るのだ。僕は苛々を隠せず、過ぎ去った貌に眼を注ぐ。怯えた肉の袋は玉の汗を流す、歯車じみた現実の駒よ。忌々しい。僕の貌に黄の印でも憑いて在ったのか。莫迦な。在り得ないな。此処には退屈な日常だけが存在し、僕の思考回路を阻むのみ。強烈な狂人任侠も無い。愉快な正気探索者も無い。無い有るを計る、千の器も虚空の彼方だ。奈異在留等! 異質の奈落で在り留まる等よ。僕の精神に愉快を齎し給え。月が霞む。十字架だ。虚空に浮かぶ磔刑クトゥグアだ。解放せねば。混沌の――美しい。私は輝く銀の罠。此度の遊戯は誰目当て。目玉の飴球舐ろうか。何て。AHAHA……Haa……可笑しい。十字の月が笑みを魅せないとは。気力が削がれる。殺ぐが生まれぬ。仕方がない。私自身の終焉だ。私自身の終幕だ。死を受け入れる猟犬が渦を描いて現れた。疲れた。奈異在留等。


 ――異質の奈落で在り留まる『彼』『彼女』等。

 ――刃物を携え太陽アザトースの膝元へ。

 ――世界と共にバーラバラ!

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