冷たいアイスバー

奈浪 うるか

真夏には方程式は似合わない

真夏の日差しが容赦なく照りつける。

髪や肩がじりじりと焼ける音が聞こえるような気がする。

舗装もされていない農道をリヤカーを引いて進むのは、特にこんな夏の日にはかなりの重労働だ。シャツもズボンもすでにぴったりと身体に貼り付き、額には何度めかの汗が乾いて、またひとすじの汗が流れた。


荷台には箱詰めされた空芯菜とドライアイスが乗っている。満載というほどでも無い。それでもこの炎天下では果てしない重しとなって腰を引き戻す。


ときおり車輪が石を噛んでガタンと揺れる。左右には段々畑にさまざまな野菜が葉をつけ、その照り返しがいっそうまぶしい。


そもそも川向こうのうっさんが来たからと言ってあのクソ親父が真っ昼間から大酒飲んで酔っ払うから、そんなときに限って農協から緊急発注なんてくるから、またそのタイミングでちょうど学校から帰ってきてしまうから、こんな目にあうことになる。


普段ならさすがにブチ切れるところだが、先月出荷用のライトバンを練習で運転してぶつけてしまったので今は強く出にくい。来月の小遣いから修理代を出すような展開はなんとしてでも避けなければならない。なにせ今月もすでに某新作ゲーム買ったので農協に着いても売店で冷たいもん買う金もない有り様だ。


田舎の中学生の生活は只々金銭法則に従う。


そんなわけで、農協への登り坂を延々とただ死者のように行進しているわけである。


少し急になっている斜面で大きめの石に乗り上げた。タイヤを取られそうになり思いっきり引き戻すと、ドスン、と揺れた。


「みゃ」


自分にしてはやや高い、子どものような声がした。


荷台から。


引き棒をおろして、荷台の後ろに回り込み、少し間をおいていっきにシートをめくる。


「…なにをしている」


汗だくになったセーラー服が野菜の箱に貼りつくようにして背中を見せている。


「あれー? まだカルネ屋じゃないよ?」


カルネ屋というのは農協の売店だ。


声の主はそんなことをいいながら、半分こっちを向いた。くりっとした大きな目が眠たげに見上げている。汗に濡れた上衣が肌に張り付き、下着がけっこうクッキリ見える。


ちょっとムラっとしたがそれ以上にムカっとした。


「みるる。てめえ、このクソ暑い中クソ重いリヤカーにさらに50キロも荷物増やすとはどういう了見だ」


「ご、ごご50キロもないよ」


「うるさい。俺さまの燃料は農協まででぎりぎりだ。密航者はすぐに降りろ」


「そんなー。こんな山の中に女の子を置き去りにするなんて、たっちゃんのひとでなしー」


「ここ、学校行く途中だろ! さっきも一緒に帰って来ただろ! だいたいお前山向こうまでサンダルで遊びに行ってるじゃねえか」


「んー」


どうもこいつはなにか抜けているというかネジが足りないというか、行動がおかしい。見た目は悪くないのに残念なやつだ。


「じゃあ、計画どおりカルネ屋についたらまたねー」


といってシートをかぶりなおそうとする。


「こらー。たまには人の話を聞け。なぜもとに戻ろうとする」


「んー」


この『んー』の時間を待つだけで自分の人生は数百日削られてるんじゃないかとときどき思う。


「じやーん。ドキドキアイスバーパイナップルスペシャル再入荷のおしらせー」


みるるはカルネ屋のLineが表示されているスマホを突き出した。


「着いたらこっそり買って二人で食べる計画だったのにー」


あ、あほかこいつ。


「カルネ屋なんかよく行くだろ? なんでリヤカーに潜んでるんだよ!」


「んー」


薄紅色のほほに汗をつたわせながら、斜め上を見揚げて考え込む。涼しい風が吹きすぎるのに、なぜか頬が火照り、心臓の音が聞こえた。


「サプライズ?」


というと汗だくの顔でうれしそうに笑う。


「ちゃーんとたっちゃんの分もおごってあげるよー。みるるはお小遣い全部ゲームに使っちゃったり車ぶつけちゃったりしないから頼れるからー」


とても最後まで聞かずに駆け出した。


「ええい、しっかりつかまってろ!」


リヤカーを引いて夏の山道を駆ける。陽の光が降りそそぎ爽やかな風が吹いた。セーラー服の少女は片手で荷台につかまり、もう片方の手を振って少年を応援した。


冷たいアイスバーが二人を待っている。



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