転生世界のクズとゴミ
成亜
"聖剣使い" ポロウド・マーデナー
「本当に、転生できた――勇者になったんだ!」
浅井弘信は"勇者"である。正しくは、今この瞬間そうなった。
彼は興奮していた。人目を忘れて街の真ん中でガッツポーズを取るほどに興奮していた。
勇者。勇者である。念じれば視界にはステータス画面が表示され、スキル一覧を開けばそのには"勇者"の表示がある。展開すれば、そこには【経験値増量】【魔法適性(全)】【武器習熟】【天性の直感】etc……これがどれほど強力なチートスキルかが伺えるだろう。
彼が何故ここにいるかと問われれば、異世界転生という他あるまい。しかし、どのような死を迎えたかといった記憶はない。
ただ死んだ後、何者かの声がして、一通りの説明を受けたような記憶がある。それが女神様なのか、老人のような神様なのかは……わからない。「認識できなかった」と言うのが適切かと思われる。
しかしそれは些細な問題だ。大切なのはこれから実現されるであろう冒険譚である。
この世界には魔物がいて、魔族がいて、人々を襲っている。そして、それらの頂点には魔王がいる。そのような話を街行く人から聞いた。そう、この世界が求めているのは勇者だ。魔王を討ち滅ぼすヒーローだ。
きっとこれから頼りになる仲間達と共に、王様のお墨付きとバックアップを得て魔王討伐の旅に出るんだ。
「って、思ったんだけどなぁ……」
だが、現実は甘くない。某アニメ化作品のようにポンポンとテンポよくヒロインと出会えるなんて思わないことだ。
ヒロインに出会わないならば、男の仲間は見つけたかというと、そういうわけでもない。いかに勇者と言えども所詮は新人。レベル1の単なる素人と思われて当然ではある。
だが、どんなRPGだって最初から装備が充実していることはない。伝説の装備は世界を駆け回って手に入れるものだし、仲間は道中で増やしていくものである。
今後に期待をしつつも、まずは一人仕事で実績を積むとすることにした。
◇◆◇◆◇
ポロウド・マーデナー。
その悪名を耳にするのに、さして時間はかからなかった。
「やァ、メリッサちゃん。調子はどうだい?」
ギルドに入ってくるや否や、いやらしい手つきで受付嬢の肩に手を回した小太りの男がいた。その後も端から順に一人一人、受付嬢たちに触れていく。嫌な顔をされているのを気にも留めない。
「おお、エレスちゃん、お帰りかなァ? なんだったら、いいマッサージ師でも紹介するよ?」
不幸にも、このようなタイミングでギルドに入ってきた戦士然とした少女に近付けば、鎧の露出部に指を這わせる。きっと紹介先は碌なところではないだろう。触れられた彼女は、恐怖に顔を引きつらせていた。
「ちょっと、……っ!」
立ち上がってそれを止めようとした弘信を、別の女冒険者が腕を引っ張って止めた。
「将来をドブに捨てるような真似はよしな、新人」
酒の入った息に、至極真剣な眼差し。掴まれたその腕力は、今の弘信には振り解けない。
「それってどういうっ!」
「そのまんまだ。連中を見てみろ、嫌な顔こそすれど、明確な拒絶はしていない。そういう相手なんだ、奴は」
言われ、周囲を見渡してみれば実際、彼女の言う通りだった。誰も拒絶しなければ、誰も止めようとしていない。できない、のだろう。
小太りの男――ポロウド・マーデナーは、サスレト公国の冒険者ビジネスを牛耳る貴族の一人だ。セクハラオヤジとして有名で、各ギルドから高額の賄賂を巻き上げるが、彼の口利きによって国からの依頼を優先的に受けることができる他、多くの便宜が図られる。
だから、誰も文句を言えない。
上った血が下って、自分のいたテーブルの面々を見れば、誰もが腕を掴む彼女と同じような目をしていた。
『余計なことはしてくれるな』と。
「みなさんは、それでいいんですか……っ!」
「……アレに耐えさえすれば、他のどこよりも女が評価されやすい。名声を手にするには、それが一番なんだ」
名声は、冒険者にとって重要なものだ。入る仕事の質と量、そして報酬額に関わる。職業柄、女性の方が好まれ難いことは確かである。
だからと言って、彼の行為が許されていい筈がない。寧ろ、抵抗できないことをいいことにした一方的で卑劣な行為だ。
しかし、そうしてこの時は、黙って見ているしかなかったのだった。
◇◆◇◆◇
「ぐはっ……!」
「テメェはどうやら、挑む相手を間違えたようだなァ? 勇者さんよォ」
浅井弘信は地に伏せっていた。目の前にいるのは、小太りで成金趣味な格好をした、この屋敷の主人――ポロウド・マーデナーだ。
だが、今の彼はかつてギルドで見た下卑たオッサンなどではない。怒りと憐れみと呆れ、概ね機嫌が悪いと形容すべき目をし、口調も助平なものとはまるで異なる。
「レベルが上がって調子に乗ったか? チートが自分だけのものだと驕ったか? うん?」
そう言ってもう一振り、手に持った剣を振るえば、弘信の身体は呆気なく宙を舞い、床に叩きつけられた。
既に中堅、所属ギルド内ではそこそこ名前を知られてきた弘信だが、ポロウドを前に歯が立たなかった。
確かに、相手は所詮ただの貴族だとタカを括ってはいた。そこらのオッサン相手に負けることはないと思っていた。今日、ここに来たのはそれ故である。
だが、ポロウドはただのオッサン、単なる貴族などではなかった。弘信と同じくチートを持った転生者であったのだ。
ポロウドの剣は、弘信の剣に比べあまりに実用性に欠けていた。金ピカで宝石がいくつも埋め込まれ、刃に鋭さはない。せいぜい儀式用が相応しい、装飾過多の剣であった。
しかし、そんな剣でもポロウドは戦えた。戦えてしまった。彼のチートはそういうチートなのだ。
――"聖剣使い"
手にした『剣』と呼べるもの、その全てを『聖剣』として振るうことができる、ポロウド・マーデナーの持つスキルである。
「お、前……は、どうして……っ! そんな力がありながら、どうして人を助けない! どうして、卑劣なこと、ばかりを……っ!」
これ程の力があるならば、魔王討伐へ身を投じていているべきだ。人々を助けるために、その力を使うべきだ。なのに彼は、金と権力にモノを言わせセクハラを働いている。それが弘信には理解できなかった。
言われ、ポロウドはキョトンとした顔になる。
「卑劣なこと?」
数瞬、呆けた顔をした後に回答した。
「何を言うか、全く人聞きの悪い。私は準備をしているのだ。人を、いや、世界を救う、その準備を。私は力の使い所を見誤らない。そして、今はその時でない。ただそれだけのことだ」
「だからって……お前、は……」
怒りを込めた顔をする弘信に、心底呆れた顔をしたポロウド。
「……同郷の者として、教えてやろう」
カツカツと足音を立てて歩み寄り、頭を掴んで顔を近づけ、視線を合わせる。真っ直ぐな目を覗くその瞳は、ひどく濁りきったものだ。
「チートがあろうと、正義じゃァ、世界は救えないんだよ」
直後、弘信の視界は剣の切っ先と白い光に包まれた。
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