帝国暗部


           *


 一方で、帝国暗部では恐ろしいまでの緊張感が蔓延していた。普段、冷静沈着で他人との会話が最小限である彼らも、この時ばかりは隣同士で情報交換をしていた。


 ヘーゼン=ハイム。


 どれだけマークしても、必ずと言っていいほど逃げられるヤバい男。いつの間にか消えていて、まったく捕捉ができない男が、まさか、自分たちの上官になるとは。


「どんな人なんですかね?」

「まあ、そこまで構える必要はないんじゃないか? 上が誰でも俺たちの役割は変わらない」

「なるほど。常に冷静沈着なナルガル上級内政官らしいですね」

「……」


 嘘である。


 今度、ヘーゼン=ハイムの秘書官になるナルガルは、思い切り強がっていた。内心では、どんなことをさせられるのだろうと、かなり怯えている。


 だが。


 所詮は、そんなものではないかとも同時に思う。上が無能だろうと、有能だろうと、自分たちがやらないといけないことは、やらないといけない。


 こんな暗い仕事だが、他に誰がやるというのだ。


 数時間後、ヘーゼン=ハイムが執務室に入ってきた。ナルガルは、仮面のような無表情ポーカーフェイスを崩さなかった。


「公設秘書官のナルガルです。よろしくお願いします」


 あちらの視線を気にしつつ深々とお辞儀をした。


「よろしく」


 一方で、ヘーゼンも端的に挨拶をして、椅子に座る。噂どおり、まったく笑わない。


「ひと通り集まっている情報を把握しておきたいのだが、資料はあるか?」

「はい、まとめておきました」

「ありがとう」


 手渡された書類をパラパラと見て、ボソッとつぶやく。


「やはり、暗部を動かす権限は次官にはないか」

「はい、長官権限になります。それに、あなたは大陸で最も警戒すべき方になりますので」

「率直だな」


 つぶやき、再びパラパラと高速で資料をめくる。


「……」

「……」


          ・・・


 さっきから、パラパラパラパラ。パラパラパラパラパラパラパラパラと。


「……あの、さっきから何をしているのですか?」


 枚数の抜け漏れチェックだろうか。もしくは、密書などが挟まっていることを懸念しているのか。そうだとすると、ヘーゼン=ハイムは相当細かい性格だということになる。


 だが、


「ん? 読んでいるのだけど」


 !?


「そ、そ、それはどういう?」


 ナルガルは驚き聞かざるを得なかった。ただ、一冊の文書をパラパラパラと高速でめくっているだけだ。実に数十秒。数十万文字の書類が次々と、信じられない速度で、積み上がっていく。


速読だ。普段は1ページ1秒かかるが、要点を把握するだけなので、この方が早く読むことができる」

「……はっ……くっ……」


 意味不明。1ページ1秒!? そして、今は0.1秒もかかっていない。圧倒的に不可能なレベルで、書物が山のように積み上がっていく。


 いや、流石にそれは……


「ち、ちなみにロゼッタ地方のマークすべき執政官はなんと書かれていましたか?」

「パオーヌ=ヤリソウ」

「……っ」


 あ、合ってる。


 そんな異様な速度で、書類を読み込んでいくヘーゼン=ハイムは、やがて、ナルガルに向かって口を開いた。

































「では、君たちの魔法使いとしての腕が知りたい。30分後に、大訓練場に集合してくれ」

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