魔杖


           *


 最強の魔杖。


 その言葉に、クラークはゴクッと唾を飲む。魔杖工を志す者は、必ず一度はそう夢を見る。だが、子どもの頃に、無謀な妄想は卒業するものだ。


 そして……そんな途方もない夢想を、大陸一の現実主義者リアリストであろうヘーゼン=ハイムが言い放っているのだ。


 だが。


 口にするだけならば、子どもにでもできる。クラークは、震える気持ち……そして、芯から湧き起こる興奮を必死に抑え言葉を発する


「さ、最強の定義は人の数だけあります。肝心なのは、どう描くということでは?」

「君なら、どう描く?」

「……」


 そう尋ねられて、クラークは黙り込む。いつ以来だろうか……『帝国最高の魔杖工になりたい』とは思ったが、『最強な魔杖を造りたい』と思ったことなど、それこそ子どもの時以来だ。


 だが、ヘーゼンは、まるで自分の思考を導くように言葉を続ける。


「感覚でいい。いや、むしろ、感覚で答えて欲しい」

「……最も強力な魔法を放つ魔杖」


 思い描いたのは、単純明快なものだ。子どもの頃に漠然と考えていた答えだ。どんなに強固な魔法壁でも打ち破る魔法。自分は、それに憧れた。


「それも、一つの答えだな。だが、それを放つ前に動きを止められたら?」

「そ、そんなものは卑怯です」


 いつもならそんなことは言わない。だが、先ほど童心に返ったような感覚に襲われたクラークは思わずそう反論した。


「だが、戦う相手を『人』と想定すれば、そんな大層なものを造らなくても、目と鼻を塞ぐだけで殺せてしまう」

「……」


 不粋な話だ。だが、暗殺系の魔杖には、そのようなものは多い。


「じゃんけんのようなものだ。魔杖には相性がある。グーを出せばパー。チョキを出せばグー。弱点を晒せば、強いと思ったものでも容易に負けてしまう」

「……俺に、そういう魔杖を造れということですか?」


 自然と質問に棘が入る。


 ならば、なぜ『最強の魔杖』などと問うたのか。そんな気持ちにもなる。クラークの気質上、あまり好まない種類の魔杖だ。


 だが、ヘーゼンは首を横に振る。


「違う。君は、まず、どのような魔杖があるかを知るべきだということだ」

「……」

「帝国には、魔杖の種類が少ない。目下、より多様な魔杖を派生させる必要がある。大陸トップ級の魔法使いたちに立ち向かうためには、単純な出力だけを追い求めていてはダメだ」

「……」

「例えば、ミ・シル伯の魔杖『蒼穹ノ鎧そうきゅうのよろい』。アレは素晴らしい設計だ」

「あ、当たり前でしょ、あんなもの」


 アレは、歴史上でも屈指の名工ガウスが製作した大業物だ。常時体内の魔力を放つことで、魔法、精神、物理攻撃を弾くと言われる。


 当然、特級宝珠を携えた大業物である。


「魔杖工のわざはもちろんだが、装着するだけで効果を出すのが素晴らしい」

「い、いや……アレはミ・シル伯にしか着込めないです。常時膨大な魔力を発する必要があるし、魔力操作の難易度も高度にこなさないといけない」

「魔杖という概念を破ることが大切なんだ。最強の魔杖を造るためには、魔杖そのものを変革させるという意識を持たねばならない」

「……」


 それは、非常に難しいことに思えた。ヘーゼン=ハイムは、今まで培った捨てろと言っているのか? いや……積み上げたものの先に良いモノは造れる。自分は、そう考えて今までやってきた。


 ヘーゼン=ハイムは、自分に何をさせる気なのか。


 そんなクラークの戸惑いを見透かすように、ヘーゼンは工房を歩いて案内する。


「ここにいる若い者たちは、学院を卒業したばかりだ。君のような豊富な魔杖製作の経験はない」

「……」


 確かに若い。


 いや、若過ぎるくらいだ。同世代としては、信じられないほどの腕は持っているように感じる。だが魔杖16工のクラークから見れば、荒く、拙さが目立つ。


「彼らを中心にすることで、多様な魔杖を模索できる。彼らに求めているのは、大陸トップ級を複数人で制圧できる魔杖だ。多人数戦を想定して、あらゆるバリエーションのある魔杖の試作を造らせている」

「だから、多様な魔杖を造れってんでしょう!?」


 クラークは苛立ち怒鳴る。


 要するに、ヘーゼン=ハイムは、自分をお守り役に据えようというのだ。もちろん、奴隷の身分ではやるしかない。勝負に負けたから……自身の魔杖工としてな腕をあきらめろと言っているのだろう?


 だが、ヘーゼンは首を横に振る。


「違う、君はを造りなさい」

「……っ」

「チョキであってもグーに勝つ。相性など小賢しいことなど、すべてぶっ放すほどの魔杖。クラーク=マーラー……どうやら君は、


 ヘーゼンはそう言って、奥の扉を開ける。


 そこには、白髪の老人が瞑想しながら座っていた。


 ゴラン=ギラン。


 魔杖組合ギルドの元マスターであり、帝国最高の魔杖工である。


「彼は、もうすでに準備をしている。そして……僕のわざはすべて伝えた。それから……数日間、ずっとそうしている。君には、彼の補佐をして欲しい」

「……」


 間違いない。大業物を造る準備をしているのだ。


「大陸における戦いの流行トレンドは、常に移ろっていく。を勝ち抜くためには、より豊富な種類が必要だ」

「……」

「だが、、君らが描く魔杖も必要なのだ」

「……」

「クラーク……まず、君は多数を知りなさい。若い思考を柔軟に取り入れ、より深い見識でゴランの製作する魔杖に反映させなさい。君にしかできないことだ」


 そう言ったヘーゼンは、クルリと振り返り、若手の魔杖工たちに叫ぶ。


「いいか? 次の時代を君たちで創るんだ。この大陸を制するためには、絶対に魔杖の種類で勝たなくてはいけない。これは、戦争だ」

「「「「「……」」」」


 誰も何も答えない。だが、彼らの目により熱が灯っていくのを感じた。それは、まるで、少年のような……魔杖工を志した時のような瞳だ。


「反帝国連合国の魔杖は、帝国よりも……我が陣営よりも多様な魔杖を開発しつつある。数では彼らに及ばない。旧来のやり方では、やがて、競り負ける」

「「「「……」」」」

「だから、君たちは、質と発想と情熱で勝て」

「……ううっ」


 クラークもまた、己の胸をギュッと掴む。若手を鼓舞するヘーゼンの言葉には、確かな熱がある。それは、魔杖工として人生を懸けてきた自分にも、消し難い炎だった。


「寝ても覚めても魔杖のことを考えろ。君たちが思うほど、全盛期ピークは長くは続かない。今、この瞬間……各々が考える最強の魔杖を常に描け」

「「「「「はい!」」」」」


 ヘーゼン=ハイムの檄に、全員の言葉が一つになる。まるで、これから戦場に行く兵隊のように、決死の表情を誰もが浮かべている。


 そして。


 黒髪の青年は、最後にこう締めくくる。


「幾千……いや、幾万の負けを覚悟しろ。最強の魔杖とは、常に負け続けた先にあるものだ」

「……」


 クラークは、しばらく目を瞑っていたが、やがて、腕をまくって、雄叫びをあげる。


「よっしゃあああああああああああっ! やってやらあああああああぁ!」


 最強の魔杖……面白い。


 若いヤツらの発想を喰らって血肉にし、ゴランの腕をも盗めというのだろう? 自分の腕が千切れるまで、脳が情熱の炎に焼かれるまで夢想し続けろと言うのだろう?


 いいさ……やってやる……その熱に乗せられてやる。

































「へっ……当分、俺のチン○ンはチン○ンできねぇな」

 

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