エヴィルダース皇子



           *


 皇太子の自室で、エヴィルダースはこの時を待ち望んでいた。日々、権謀を駆使し派閥の頂点へと君臨し、武芸や魔法の修練を絶え間なく行った。


 前回の真鍮の儀式で、見事皇太子の座を勝ち取った。もう一度トップになり、連続で皇太子の地位を勝ち取れば、誰も異を唱える者はいない。


 父である皇帝レイバースも、さすがに、もう認めるはずだろう。あの方も、もうお年だし、何より自分以外に目ぼしい者はもういないのだから。


「エルヴィダース皇太子殿下、ご機嫌麗しく存じます。本日は、任命式を執り行うために、内定順位をお伝えしたいのですがよろしいでしょうか?」

「わかった」


 星読み兼家庭教師のシャバールの言葉に、エヴィルダースは満足げに頷いた。やっとこいつら星読みどもから解放される。次期皇太子を選ぶ権限があるからと、何かと意見する彼らに辟易としていた。


 自分が皇太子となれば、もうシャバールなどには用はない。敬意を払う必要もなければ、礼を尽くす必要もない。


「クク……」


 なんにもわかってないような、アホ面を引っさげて、シャバールは淡々と説明する。


「内定順位は秘匿事項です。エヴィルダース皇太子殿下の他に、準備頂く2人を決めなければいけませんが、選定頂けますか?」

「……では、婚約者のマリンフォーゼと母様を」


 エヴィルダースはそう答えて、もてなしの準備を始める。特に母親であり正室でもあるセナプスは労ってやらなくてはいけないと思った。


 ああ、あのイルナスおもちゃも遊んでやらねばいけないな。


 婚約者を奪ってやった時の情けない顔は、見ていて爽快だった。


 正室である母親が、皇帝の寵愛を受けていないという事実。それはエヴィルダースには、苦痛そのものだった。


 それに、あのヴァナルナースという身分の低い側室。あの卑しい女が、母親がいるべき席にいるのが、耐えられなかった。


 しかし、今回も皇太子となれば、もう大きな顔はさせない。


 もう命のカウントダウンをしておけとでも言っておくか。皇帝が崩御されれば、ヴァナルナースに未来はない。その日中に牢獄に入れて、イルナスなど一生飼い殺しの玩具として使ってやる。


「クク……ククククククク……ハハハハッ!」


 いや、ヘーゼン=ハイムが非常に面白い提案をしていたな。


 奴隷の奴隷。


 現在の帝国法において、最下級は奴隷しかない。その中で、貴族が使用する奴隷を『上級奴隷』と表現することはあるが、『奴隷の奴隷』などと言う表現は使わない。


 この世の中で最も下等な存在。帝国の底辺である奴隷たちのストレスの捌け口。奴隷の玩具おもちゃとなり続けるだけの存在。全ての人間の中で最も下等で下劣で忌むべき存在。


 それが……奴隷の奴隷。


「クククククククッ……アハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 ヤツ自身がそうなる運命にあるのを知らないで。エヴィルダースは笑いが止まらなかった。本当に滑稽……本当に滑稽な愚か者どもだ。


 そんな妄想を繰り広げている間に、二人がやってきた。


「っと、来てくれたな。今日は祝いだ。が皇太子となる瞬間をそなたと母様で祝いたいのだ」

「それは、嬉しいですわ」


 マリンフォーゼは、頬を赤らめて頷く。エヴィルダースは満足げに彼女の頬をなでる。彼は婚約者である彼女を本当に気に入っていた。


 あのイルナスおもちゃには過ぎた存在だと心の底から思った。


「……では、発表させて頂きます」

「少し趣向を凝らそう、シャバール。の順位は最下位か?」


 エヴィルダースは聞く前に、質問した。


「……いいえ」

「エヴィルダース皇太子殿下。そんなことあるわけないじゃないですか」

「そうか……あの席は最下位が大好きなイルナスの指定席だったな」

「フフフ……」


 嘲るようなエヴィルダースの笑いに、マリンフォーゼは呼応する。今頃、イルナスは絶望に泣き暮れているだろうか。それを想像するだけで幸せだった。


「では……7位かい? 6位かい? それとも5位? 4位?」

「……いいえ」


 エヴィルダースはニヤリと笑った。そんなことはあるわけない。自分ほどの実力があれば、移ろいやすい順位とは言えど、3位以外などあり得ない。


「そうか。それならば、3位かい?」

「……いいえ」


 ジャバールの答えを聞いて、エヴィルダースは満足そうに頷く。もはや、確定。デルクテールは魔法使いとしては円熟期だ。もはや、自分の順位が2位であるはずがない。その可能性はあり得ない。


「なら、もう2位と1位しか残ってないな。マリンフォーゼ、発表と同時にシャンパンを開けてくれないか?」

「はい、もちろんでございます」


 マリンフォーゼは、シャンパンのコルク栓を抜く準備を始める。

 

「さてジャバール……は……1位なんだろう?」

「……

「……あんっ?」


 ポン。


「……」

「……」


          ・・・


 シャンパンのコルクが吹き飛ぶ音だけが空しく響いた。


 そして、コルク栓は地面へと落ちる。


 一斉に沈黙が拡がった。マリンフォーゼも、セナプスも呆然としているが、何よりエヴィルダースが呆然としていた。


「……ん……あん?」


 言っている意味が、まったくわからなかった。1位じゃないと言うことは、いったいどういうことなのだろうか。


「あの……ジャバール。1位じゃない……と聞こえたが?」

「……ええ、そう言いました」

「1位……では、ないのか?」

「はい」

「本当か?」

「ええ」

「だとすれば……いや、でもジャバール。冗談だろう?」

「エヴィルダース皇太子殿下……冗談ではありません」

「いや、冗談だ。デリクテールが2位では1位。そうでなければあり得ない……ありえないのだ!」

「……エヴィルダース皇太子殿下。いえ、エヴィルダース殿下」

「ふざけるなー―――――――――! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ―――――――――――!」


 そんなエルヴィナースの発狂を無視して。ジャバールは無機質な表情を浮かべながら宣言した。






























「あなたが、帝国の皇位継承権2位です……エヴィルダース皇子」

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