大師 へーゼン=ハイム(3)


「……ヘーゼン=ハイム。それはどういう意味だ?」

「そのままですよ、イルナス皇子殿下。ゼロから派閥を作り、彼らと対抗するのです。私とともに」

「……っ」


 イルナスには言っている意味がわからなかった。彼には後ろ盾がなく、皇帝陛下からも疎まれている存在だ。何より、現状は魔力すら発現しておらず、姿は5歳の童子である状態。


「何を企んでいる? そなたに、なんの得があるというのだ?」

「大ありです。と言うより、今さら他の派閥に入ったところで、旨味が少ない。残りかすをなめるような生き方は私には我慢ができない。それよりは、むしろ派閥を立ち上げ、新興勢力として帝国への影響力を強めた方がいい」

「……」


 その言葉に、イルナスは疑念を抱く。今日初めて出会って、1時間も会話していない。相手は知らないが、こちらはヘーゼンの人柄に好印象は持っていない。


 そんな薄弱な間柄にも関わらず、そんな荒唐無稽な提案。3流の詐欺師でも、この男よりは時間をかけて相手を口説く。


 そんなに上手くいくわけがない、イルナスはそう思った。


 しかし、同時に願望めいたものも浮かびあがる。それは、決して希望などという甘いものではない。夢想とも言うべき蜃気楼のような淡い期待。


 自分が見たい光景が、ただ目の前に浮かびあがっているだけのもの。そんなイルナスの想いを見透かしたように、ヘーゼンは綺麗な笑顔で笑いかける。


「どうせ、あなたに失うものなどないでしょう。婚約者まで兄に奪われて、周囲がどんなにあなたを笑っているか」

「……っ、なんでそれを?」

「天空宮殿にいる者なら、誰でも知ってますよ。と言うか、エヴィルダース皇太子がこれ見よがしに吹聴しているんですがね」


 その答えに、イルナスの表情は真っ赤に染まる。


 しかし、同時に想いが吹っ切れていく。現時点で、婚約者からも見放された幼児体型の皇子。確かに、もうこれ以上は落ちようがない。


「例え失敗したとしても、今よりは惨めな気分ではないでしょう。保証します。まあ、今の境遇より悪くならない保証はできませんが」

「……その皮肉屋な感じはなんとかならないのか?」


 イルナスが苦言を呈すと、ヘーゼンは『もともとの性格なんです』と笑った。たとえ、派閥を作ったとしても、友人にはなれそうにないとイルナスは大きくため息をついた。


「わかった。ヘーゼン、そなたの提案に乗ろう。まずは、何をすればいい?」

「待機ですね」

「はぁ!?」


 期待外れの言葉に、ずっこけそうになるイルナス。せっかく、気持ちが盛り上がってきたというのに、一番盛り下がる発言をしてくるヘーゼン。決心をして5秒も立たずして、即座に後悔が押し寄せてくる。


「2週間後に真鍮の儀式があります。イルナス皇子殿下も出られるでしょう?」

「……ああ。しかし、それが?」

「そこで初めてグレース様以外の星読みが、あなたの潜在魔力を計ることになります。もちろん、彼らの選考基準は彼らにしかわかりませんが、私はかなり上位に行くのではないかと思っています」

「馬鹿な。の魔力がそなたの見立て通りであったとしても、家柄も、武力も、血筋も最下位なのだぞ?」


 皇位継承候補第1位――現皇太子であるエヴィルダース、第2位デリクテールは2人とも皇帝の息子に恥じない魔力を発現している。


 もちろん、武芸も勉学も達者だ。3位以下でも家柄、魔力、武芸など申し分のない候補ばかりである。


「皇太子とはなれなくとも、皇帝陛下が崩御されなければ、真鍮の儀式は5年毎に行われます。仮に、今回5位以内に入れれば周囲の見る目が変わる。順位が高ければ逆転することもあるし、何より宮殿内の要職につくことができる」

「……しかし、それをどうやって取るのかが問題ではないのか?」

「今から準備したからと言って、やれることはありません。イルナス皇子殿下の魔力を急に発現させることは不可能ですし、身体を急に成長させることも無理です。なので、好機が来るまでは待機です」


 ヘーゼンはキッパリと言いきった。何を根拠にここまで自信満々なのか問いかけたくなるが、今はこの自信に救われている部分もある。イルナスは、深々と頷いた。


 すると、ヘーゼンはイジワルそうな笑みを浮かべて、グレースの方を見た。


「まあ、一つだけ手立てがないこともないです。あなたが心から信頼しておられる、そこのグレース様から情報を入手してくださいませ」

「……グレース」


 イルナスが上目遣いでそう言うと、彼女はニッコリと笑って首を振った。童子はガックリと肩を落とした。真鍮の儀式はこれまでに3度行われたが、全て見事に最下位を喰らっている。


「まあ、好機というものは何年も訪れぬことなどザラです。それを考えれば3週間など、あっという間ですよ」


 ヘーゼンはそう答えて、笑った。


           *


 イルナスが部屋を出た後、へーゼンは複雑そうなため息をつく。側でいた秘書官のラスベルは、普段見ないような彼の表情を見ながら尋ねる。


「どうでした、童皇子は?」

「正直、震えたよ。待ち焦がれたと言っていい」

「……それほどですか?」

「魔力量は、ヤンと君には劣らないだろうな。逸材だ。理性的で、思慮は深い。世間知らずの皇子面は、これから直していくとして、現状に鬱屈した『飢え』を持っているのがまたいい」

「……」

「なにより、彼には君たちにはない非常に大きな魅力がある」

「なんですか?」

「血だよ」


 へーゼンはキッパリと答える。


「帝国の皇族であるというこの一点において、僕は君たちよりも遥かに彼を評価する」

「……皮肉なものですね。血筋による縁故、忖度を誰よりも否定するスーが、誰よりも血筋を求めていたなんて」

「人は、人の上に人を造りたがらない。同じ土俵の者であると、どうしても頭を下げるのを拒んでしまう。ラスベル、君なんかがその典型じゃないか」

「……」


 図星。能力至上主義の彼女は、それこそ皇族でもない限りは、心から頭を下げたりはしない。帝国将官になってからの方が、それは、強く思うかもしれない。


「だが、厄介だな……」

「どうかしたのですか?」

「いや、予想以上だった……もしかしたら……」

「……」


 ヘーゼンは1人でブツブツとつぶやき、やがて、ラスベルに向かって尋ねる。


「ところで、は?」

「泣き叫びながら、現地に向かってましたよ。可哀想に。『わーん、私の休みが、なんで魔飛小竜の討伐に!』って」

「ふぅ……性格面が全然成長してない。最悪だな」

「と、飛び級で半年で超強制的に学院生活終わらせといてよく言いますね」


 当然、ヤンも全力で老害たちを駆使して挑んだが、コテンパンにされた。だが、そうして嫌々受けた帝国将官試験を首席で取ってしまうあたり、彼女らしいのだが。


「何が不満なのかわからないな。親友のヴァージニア=ベニスとロリー=タデスも、同じく帝国将官試験を受けさせたのに」

「……」


 なにが不満なのかが、わからないあたり、超異常者サイコパスだとラスベルは思う。この人の策士なところは、友人まで地獄のようにシゴキ、飛び級させて、彼女たちに説得をさせたところだ。


 特に向上心の強いヴァージニアの強い説得により、泣く泣くヤンは自発的という名の強制で帝国将官試験を受けることになった。


「あの小娘は、友達には易々と信頼して心を許すからな。イージーで助かる」

「そ、そこまでして、早く卒業させる必要はあったのですか? どの道、イルナス様が天空宮殿内で力をつけるのにはかなりの時間がかかりますよね?」


 反帝国連合国との戦から1年。エヴィルダース皇太子とデリクテール皇子の派閥拡大争いはめざましく、ロクに身動きを取れていないヘーゼンは大きく取り残されてしまった。


 ゼロから……いや、マイナスからのスタートで、かなりの長期戦になることが予想される。それなのに、あんなに学校、学校とはしゃいでいて、ウキウキしていたヤンの楽しみまで奪うことはーー


「保険だよ」

「……」

「……」


           ・・・


「……え?」



























「念の為だ」

「……っ」

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