螺旋ノ理


          *


 やがて。グライド将軍の血も肉も骨も……灰すらも残らなくなり。その場に残されていたのは、火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎ……そして、螺旋ノ理らせんのことわりだけだった。


 一方で、ヘーゼンは自身の壊れた魔杖、火龍ノ咆哮かりゅうのほうこうを見つめながらつぶやく。


「やはり……5等級の魔杖では、耐えきれないか」


 宝珠にヒビが入っている。炎魔精霊イフリートは中位精霊だ。より高位の魔杖でなければ、複数回の使用は無理ということか。


 とは言え、西魔法で放つ極大魔法の効果は超えられたか。やっと1つ。この東大陸に来て成果らしい成果をあげられたと言っていいだろう。


「ん? なにをボーッとしてるんだ?」

「「……っ」」


 ヘーゼンは二人の弟子、ヤンとラスベルを見ながら首を傾げる。


「い、異常者」


 やっと。気持ちを落ち着かせた黒髪の少女がそれだけ吐いた。一方で、ヘーゼンは小さくため息をつき、その頭を優しくなでる。


「そう言ってやるな。死者に鞭打つような真似を、僕は好まない。グライド将軍は、グライド将軍なりの信念に基づいて、懸けて、死んだ。それでいいじゃないか」


 あの圧倒的な殲滅力は惜しかった。火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎをあそこまで巧みに使いこなせる戦士を、今後育てられるだろうか。


 そんな風に思考していると、ヤンは首をブンブンと横に振り、ビシッと指を指す。


「違います、すーです! 圧倒的にあなたしかいないんです!」

「なんで?」

「……っ」


 ガビーンと。いつも通り、ヤンがガビーンとする。


 そして。


 いつも通り、変わった少女だと思いながらも、ヘーゼンは2人の弟子に笑顔を見せる。


「それにしても、ラスベル、ヤン。よくやってくれたな。君たちのお陰で、無事に戦を勝利に導くことができた」


 グライド将軍の死は大きい。瞬く間に戦況はこちらへと傾くだろう。そして、士気が低下した敵兵を蹴散らし首都アルツールが包囲できれば、その中にいる諸王たちも捕えることができる。


 望んでいた完全勝利が、やっと見えてきた。


「もちろん、安心するのはまだ早い。だが、少しくらいはグライド将軍との激闘に勝利した余韻に浸ってもいいと思うが……浮かない顔だな」

「ぜ、全然素直に喜べないです」


 ラスベルは絶望的に絶望的な表情を浮かべる。


「なんで?」

「わ、わからないですか!? あれだけの実力を持っているんだったら、すー一人でやれたでしょう!」

「先ほども言っただろう? 西大陸の魔法は異端としか見られない。さすがの僕も東大陸の全勢力を単独で敵に回し勝てると思うほど傲慢じゃないさ」

「た、大陸全土と戦うことを想定してる」


 ガビーンと。やはり、ラスベルもガビーンとする。


「にしても素晴らしい魔法使いだったな。まさか、西大陸の魔法まで使とは思わなかった」

「べ、別にいいじゃないですか。勝ったんだから」

「……いや、負けたよ」


 この東大陸で戦い抜くのに、西大陸の魔法を使っているようでは駄目なのだ。危機的な状況であっても、魔杖のみで勝ちきらなくては本当の勝利とは言えない。


「相手の執念と想いには脱帽したよ。命すら燃やし尽くされた時に、これ以外に勝利の選択が思い浮かばなかった……まだまだ未熟を思い知らされた。本当に強かった」

「なにその死に尽くした後の手放しの賞賛!?」


 ヤンがガビーンとツッコむ。


「失礼な。僕は優秀な魔法使いに対しての敬意は心得ているつもりだ」

「あ、後の祭り感がとんでもないんですけど。魂まで、その人生ごと全否定して消滅させた後に、今更そんなこと言われても浮かばれないでしょうに」

「んー……すまん、よくわからん」

「なにがですか!?」


 今度はラスベルがガビーンとツッコむ。


「僕は戦闘中に私情は持ち込まない。戦いは心の読み合いでもあるからな。常にグライド将軍の感情を読んで、揺さぶって、逆撫でして、弱めて、折って、絶望させる。別に、そう思ってて言っていた訳じゃない」


 相手の行動を単調にすることこそ意味があった。グライド将軍は、紛れもなく強敵だった。そして、魂まで燃やす相手は危険だ。


 万が一でも、億が一でも、逆転の可能性があるなら徹底的に潰すべきだ。なにがあるかわからない相手に容赦などするほど甘くはない。


「そ、それじゃ敬意が伝わらないじゃないですか!?」

「仕方ないな。まあ、伝えたい訳でもないし」


「「……っ」」


 そんなドン引きの二人を差し置いて、ヘーゼンは、螺旋ノ理らせんのことわりを拾う。グライド将軍の身体に埋め込まれていた時は、かなり大きく禍々しかったが、今では親指ほどの大きさの玉になっている。


「あの炎でも消滅しないか……恐ろしい魔杖だ」


 火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎも、グライド将軍の身体から引き離したが、螺旋ノ理らせんのことわりはあの蒼き炎を、まともに浴びたはずだ。


 ……いや、果たして魔杖と呼べるのだろうか。特級宝珠は様々な形で出現すると言われるが、その法則は今でも解明されていない。果たして人が作った魔杖なのかも定かではない。


 2人の弟子も興味深々のようで、無防備に近づいてそれらの魔杖を眺める。


「ふーん。これが螺旋ノ理らせんのことわりですか」

「……ヤン」

「はい? なんですーー」


 コクン。


「んぐっ……」

「……」

「……」


          ・・・





























「ええええええええええええええっ!?」


 ヤンが絶叫した。

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