幻聴


 ダゴルは耳を疑った。さっきから、耳に入ってくる言葉が、全て信じられないほどの暴言だったが、これは全てあの異常者から発せられるもの。そのせいで、他の者の言葉もおかしく聞こえるようになってしまった。


 しかし、今度こそは、間違いなく幻聴だ。


「おい、なにを言っている!? は、早くそこのヘーゼンを拘束しろ! 殴り倒してもいい! いや、殺せ! 殺せーーー!」

「へ、へ、ヘーゼン様。きょ、許可をいただければ、あなたに逆らうこのクズを、を、ご、ご、拷問しますが」

「……はぐぅっ」


 やっぱり、違う。


「はっ……くっ……おい、ギモイナ! どうなっている!? いったい、どうなっている?」


 ダゴルは、何度も呼びかけるが、当の本人は腰が抜けたまま、四つん這いになったまま、プルプルと子犬のように震えている。そんな中、ヘーゼンは彼に近づいて、頭に手を優しく乗せて口を開く。


「バライロ内政官。個別具体的かつ、建設的な提案をありがとうございます。しかし、ダゴル長官は、この老体だ。あなたの拳だと、誤って死んでしまう可能性がある。ギモイナ内政官」

「ひっ……」

「お願いできますか?」


 まるでペットかのように。ギモイナの頭をポンポンと叩く。


「おい、貴様! いったい、なにを言って――「ご、ご、ごめんなさいぇえええええええええええ!」


 ダゴルが叫び終わる前に、ギモイナが泣きながら四つん這いで突進して、馬乗りになる。そして、その顔面に向かって、何度も何度も殴りかかる。


「ひぐっ……ひぐっ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「がっ……おまっ……やっめ……こんなっ……こと……ただ……すむ……なぁ……っだいっ……」


 えずきながら、泣きじゃくるギモイナは、ダゴルをひたすら殴り続ける。鮮血が舞い散りながら、顔面が弾かれながら、口からジンジンするような痛みと鉄のような味を噛み締めながら、なんとかこの非現実的な事象を頭で理解しようとする。


 しかし、なにが起きているのか。


 まったく、理解不能わからない


         ・・・


「ギモイナ内政官。ご苦労様でした。もう、結構ですよ」

「ひぐっ……ひぐっ……ごめんなさぁい……ごめんなさぁい」


 本気で涙しながら、ギモイナは、やっと血まみれの拳を止める。


「ぎ……ぎざまぁ……なにをやった?」


 血塗れのダゴルは、首をなんとか上げながらつぶやく。


「お二人から、非常に熱いご指導を頂きましたので。私も彼らに対してそれを実践した。それだけですよ……他ならぬ彼らにですが」

「……そんな、ば、バカな」

「へ、へ、ヘーゼン様。今日のヘーゼン様はお優しい……」 


 ボソッとバライロがつぶやく。


「優しいだと! き、貴様正気か!?」

「……」


 ダゴルの声には、まったく反応しない。まるで、人形になったかのように、微動だにもしない。


 そして、代わりにヘーゼンが尋ねる。


「バライロ内政官。どういうことですか?」

「は、は、はい。い、いつも、いかなる時も、ヘーゼン様は、な、斜め上から私を見てます。そして、わ、わ、私が役に立たなければ、私に厳しい鞭をくださいます。ありがとうございます」

「……貴様、なにを言っている!?」

「で、で、でも。きょ、今日のヘーゼン様は、こんな役立たずな私を、な、殴りません。け、蹴りません。さ、さ、刺しません。ありがとうございます」

「……はっ……くっ……」


 なんという悪魔か。ギモイナは典型的な文官で力はないが、バライロは軍に所属していた時でも、何人も暴力で潰した悪名高い男だ。それを、ここまで人格破壊するなんて、『悪魔』という形容以外でしか表現ができない。


 その時、目の前にいた、黒髪の青年が、まるで聖者のような満面な笑みを浮かべてダゴルに近づく。




















「さて。お話をしましょうか?」


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