新米冒険者フィオンⅠ

 神話の時代。

 この世界に魔王が現れた。魔王はその強大な力でもって、闇の軍団を作り、世界を脅かした。

 それに脅威を抱いた神々は、この世界に生きる者達から勇者を選び、魔王と闇の軍団に対抗した。

 神々の手によって生み出された勇者たちは、神々の望をかなえ魔王を打倒し、世界に平和をもたらした。

 それから時を経ち、かつての勇者たちによってもたらされた平和に影が差し始めた。

 各地で再び闇の軍団が現れ始め、進行を始めたのだ。

 魔王の復活。多くのものがそう噂した。

 そして、それが真実だというように神々は新たに勇者を選び出し、新たにその力を分け与えた。


 勇者が再び闇の軍団を打ち払い、魔王を倒してくれると、皆が願った。


   *   *   *


 冒険者という職業がある。もともとは、未開の地へ踏み込みその場所がどういった土地かを調べ、その情報を開拓者たちに売る。そんな、職業だったらしい。

 けれど時代が進み、人の生存権が広がると、その性質も変化していった。

 世界には魔物が多く、人は常に外敵に怯えていた。基本は騎士や貴族の兵たちが、危険な魔獣を倒し、人々を守っているがそれでも手が足りない状況だった。

 そんな中人々が頼ったのは冒険者だった。魔物の多く住む未開の地を旅する性質上、魔物と戦う力を持ち、その上どこの国にも所属しない冒険者達は、魔物に怯える人々が頼るにはちょうどいい相手だった。

 そうして、どこの国にも所属せず、金さえ払えば魔物と戦う戦士たちを冒険者と呼ばれるようになった。


 魔王が復活し、闇の軍団が人の領域に踏み込んできた。それに触発され多くの魔物もまた人の領域に降りてきた。

 今や多くの者が武器を持ち戦う時代となった。そして、冒険者もまた戦う者として、求められるようになった。

 魔物と戦う者として、闇の軍団に立ち向かう者として、そして、英雄になるものとして、世界は冒険者を求めた。


   *   *   *


 背の高い草木を、音をたてないよう慎重にかき分け、薄暗い森の中を新米冒険者のフィオンは突き進む。

 そうしてしばらく森の中を進むと、ぽっかりと切り拓かれた広い空間が顔を出す。その中央には古い木造の廃墟が一軒建っていた。

 どうやら昔木こり小屋として使われた建物のようだ。

(あれ、かな?)

 開けた場所から少し離れた場所で、草木の茂みに隠れるように身を屈めながら、フィオンは廃墟を確認すると、懐からこの辺りの地図とコンパスを取り出し、現在地を確認する。

 遠くに見える山々の方角から、おおよその現在地を読み取る。少し自信はないが、おそらく目の前に見える木こり小屋が目的の場所だろうと、フィオンは判断する。

「よし」

 目的の場所を確認し終えると、フィオンは一息つき、地図とコンパスを仕舞う。そして今度は腰のあたりに下げていたヘヴィ・クロスボウを手に持ち、弦を引きボルトを装填する。

 ボルトの装填を終えると、再度木こり小屋を見据え、先ほどよりさらに慎重に、音をたてないようにしながら、木こり小屋へと近付いていく。

 木こり小屋までおよそ40フィート(約12メート)ほどまで近付くと、木こり小屋の影から小さな人影が顔を出す。

 それは身長3フィート(約90センチメートル)ほどで、緑色の肌に、華奢な体には不相応に大きな頭をした人影だった。その顔には大きな耳に、大きな口、くりくりとした赤い瞳がついており、どこか不気味で、どこか可愛いらしい姿をしていた。

 ゴブリン――この世界に多く存在する、人に近しい種族――亜人種の一つだ。人の様な文明を持たず、野蛮で臆病な種族。人里から少し離れた廃墟などに住み着き、時折人里にやってきては、ゴミを漁り、家畜や穀物を盗む。そんな種族だ。

(目標、発見)

 今回の仕事の討伐を見つけることができ、フィオンはほっと胸をなでおろす。そして、一度大きく深呼吸をして、緩みかけた気持ちを引き締める。

 身を屈め、隠れていた草陰からそっと顔をだし、辺りに他のゴブリンの姿がないかを確認する。

 2……3、4。先ほどのゴブリンの傍にもう1人、壁が崩れ中を覗くことができる木こり小屋に2人、ゴブリンの姿を確認することができた。

 数は4匹。それほど多くはない。けれど、まともに魔獣や亜人種と戦ったことのないフィオンには、それがどれほど脅威なのかうまく想像できなかった。

 新米冒険者でしかない自分に、あの数を相手にできるだろうか? 失敗すれば死ぬ。そんな不安と恐怖がフィオンの心に湧き上がる。

(恐れるなフィオン。ゴブリン討伐なんて新米冒険者が最初にこなすような仕事じゃないか!)

 フィオンは首を大きく振り、そう言い聞かせ湧き上がった不安と恐怖をかき消す。

 そして、手にしていたヘヴィ・クロスボウを構え、草陰越しに、一番近くの姿がはっきり見えるゴブリンに狙いを付ける。

 初めての実戦。期待と、抑えきれない恐怖から大きく心臓が鼓動し、手にするクロスボウを揺らす。初撃でゴブリンの1人を落せれば、それだけ有利にことを運べる。そうでなくても深手を負わせれば、それだけ有利になる。けれど、外してしまえば奇襲の優位性はなくなり、状況は悪くなる。それだけに外したくない一撃だった。けれど、その重圧がクロスボウを抱えた手を鈍らせる。

(焦るな。集中しろ)

 心を落ち着かせるようにそう言い聞かせ、大きく息を吸い、吐き出す。

しかし、焦点を絞りクロスボウのボルトの先にゴブリンを捉えようとすると、フィオンの集中をかき乱すように、崩れた石の瓦礫が遮蔽となり、ゴブリンの姿の半分を隠してしまった。

 フィオンは一度クロスボウをおろし、再度ゴブリンの姿を確認する。やはり、瓦礫が遮蔽となりうまく射線取れそうになかった。

 移動して射線を確保しようかと考えたが、だいぶ距離が近く今この場からさらに動くとゴブリンに見つかってしまうような気がした。

(仕方ない。おびき……出すか)

 フィオンは腰のベルトポーチから小さな蝋の欠片を一つ取り出した。

 ドクン、ドクンと未だに先ほど高ぶった心臓の音が耳に届く。

(大丈夫。問題ない)

 再度落ち着かせるように言い聞かせ、心臓の鼓動を押えていく。そして、それと同時に五感とは別の感覚を研ぎ澄ませていく。この世界に満たされる目に見えない力の流れ、マナを感知する感覚を研ぎ澄ませていく。

『ronda vizieto』

五感で感じることのできないマナの流れを感じ取ると、その上に流すように蝋の欠片を載せた手を少し降ろすし、小さく言葉を紡ぐ。すると、フィオンの手の平に載っていた蝋の欠片はまるで煙に変化したかのように変わっていき、目に見えなかったマナの流れが煙に変化した蝋を包むように青い波のように変化する。煙へと変化した蝋は、風が吹いていないにかかわらず、風に煽られたかのように流れていき、それと同時に煙が流された先で『ガサガサ』と草むらをかき分けるような幻の音が響いた。

 『下級幻影マイナー・イリュージョン』そう呼ばれる魔法だ。

 フィオンが作り出した幻の音に釣られてか、遮蔽物に隠れていたゴブリンが、遮蔽物から顔を出し、フィオンから少し離れた幻の音がした場所へ視線を向けた。

(よし!)

 フィオンは再度クロスボウを構え、顔を出したゴブリンへと狙いを定め――引き金を引いた。

 カシッと引き絞られた弦が外れボルトが打ち出される。打ち出されたボルトは、狙い通り真っ直ぐに飛び、ゴブリンの大きな頭を穿つ。打ち抜かれたゴブリンは、ボルトの衝撃に逆らうことなく、大きくのけぞり、そのまま倒れる。

(よし!)

 初撃を成功させたことにフィオンは安堵する。けれど、戦闘はそれで終わったわけではない。

 撃ち抜かれたゴブリンの、すぐ近くに居たゴブリンが状況の確認を始める。

 フィオンは打ち終えたクロスボウを手放し、腰に差していたバスタードソードを引き抜く。そして、草陰から飛び出し、死体となった仲間を確認しに来たゴブリンへと駆け出す。

「GOB?」

 フィオンが標的としたゴブリンが、フィオンの草むらを揺らす音に気付いたのか、キョトンとした表情のまま、こちらを向く。

 一刀。フィオンは躊躇な剣を振り下す。今まで感じたことのないような、生々しい肉を引き裂く感覚が、剣越しに伝わる。ゴブリンの体は綺麗に切り開かれ、そこから赤黒い血液が吹き出し、フィオンの視界を覆う。

 鎧などを身に着けていないゴブリンへの一撃。おそらく、即死だろう。フィオンはそう判断し、次の標的を探すため、残りのゴブリンが居る木こり小屋の室内へ目を向ける。

「GUGAAAAAA!!」

 突然のことで驚いたのか、ゴブリンの1人が、断末魔に似た絶叫を上げる。そして、半狂乱に手近にあった獲物を手に取り、フィオンに飛び掛かってきた。

 ゴブリンは恐ろしく機敏で、素早い。フィオンが想像していたより素早く、飛び掛かり、手にした獲物――何かの動物の骨を振り下した。

 ゴブリンの一撃は、防御が間に合わず、フィオンはもろに受けてしまう。ゴブリンは決して力のある種族ではない、けれど限界まで力の込められた攻撃は思った以上に痛かった。

「せい!」

 フィオンは先ほど振り下した剣を、暴れるように獲物を振るゴブリンに向け、切り上げる。剣は恐ろしく抵抗が少なく、ゴブリンの胴を引き裂いた。

「GAAAAAAA!!」

 断末魔のような叫び声をあげ、切り上げられたゴブリンは血をまき散らしながら、吹き飛ばされ、木こり小屋の床に倒れる。しばらく痛みにもがいた後、ゴブリンは力尽き動かなくなった。

 命を奪う感覚。狩りも、家畜の屠殺の経験のないフィオンには、もがきながら死んでいくゴブリンの姿は直視できるようなものではなかった。

(次……は)

 あと一人。込み上げそうになる吐き気をこらえながら、最後のゴブリンを探す。

 最後のゴブリンはすぐに見つけることができた。小屋の片隅で身を屈め、頭を抱え、ぶるぶると震えていた。

 ゴブリンは家畜を奪い、穀物を盗む、人間にとっての外敵だ。それ故に、始末しなければならない。そう分かっていても、怯えるゴブリンの姿を目にすると、殺さなければという意志が鈍ってしまう。

(これは、仕事だ。ゴブリンは、敵だ)

 強く自分言い聞かせ、フィオンは剣を振り上げ、隅で震えるゴブリンに振り下した。

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