幼なじみは★深波ミウ!
オーロラ・ブレインバレー
第1話◆幼なじみとバレンタインデー
気温だけがサムイならマフラーを巻けば済むことだけど、心の冷たさはどれだけ服を着込んでも温まることはない。
2月14日という日が、僕のような机にかじりつくしか脳がない地味系男子にとって苦痛でしかないことは、ツイッターやフェイスブックで阿鼻叫喚の図が繰り返し掲載されることから推測するに、とっくの昔に証明済み何だと思う。
カバンから、宿題やら予習のノートを取り出して、机の引き出しにしまう瞬間、淡い期待を持ってしまう。しかしそれは、自分で淡いなどと修飾している時点で負けていると言って良いだろう。今の時代机の中にしまっておくなんて古典的な慣習はない――そう思い込むことで、僕はもしかしたら気持ちを保とうとしているのかもしれない。
情けない。
友人と談話している時も、いつでもその談話を切り上げられるように話をそこそこに切り上げて、周囲に視線を配る。呼んでくれれば、校舎の裏だろうが屋上だろうが、どこにでも行く準備はできているのだ。友人たちも、結局僕と同類で、思考ルーチンまで同じらしく、その日の会話はどれもうわの空だった。会話している風を装って、時間をただただ潰しているだけである。
午前中の授業が終わって、昼食を食べている間も、食べ終わって昼休みになってからも、そしてそれが終わって、掃除して、5限目が始まっても、僕はフワフワと血に足がついていない感覚にとらわれていた。あまりのショックに、魂が抜けてしまったわけではない。それはもう少し先に訪れる絶望だ。そうならないために、僕は目を光らせているわけだ。
仕込みはすでに終わっている。
数週間前から、義理をもらうためだけに、女子たちに慈善活動のような優しさを振りまき、笑顔を振りまき、天使のように挨拶をして回った。別に何個もらえるかを友人と賭けているわけではない。勝ち目のない賭に参加するほど、冒険心を持ち合わせているわけではない。
「松井くん」
ほら来たぞ!
呼ばれて顔を上げると、前に座っている女子がプリントを渡そうとしていた。
「後ろに配って、詰まってるんだから」
「あ、はい……」
いや、これは伏線だ。
ニキビ顔のこの女子も、話しかけるチャンスを……。バカバカしい思考というよりも妄想に、僕は今日2度めの情けなさを感じる。イケメンは、すでにカバンに入りきらないほどのチョコレートを貰っている。「虫歯になって歯抜けになればいいのに!」と毒を吐きたくなる衝動もあるが、それをしたところで、自分の顔がイケメンに生まれ変わることはない。バイトでもして整形したほうが、よっぽどかっこよく生まれ変わる確率は高いだろう。
走行しているうちに、下校時間――。
僕の2月14日は、無駄な思考の羅列によって形成されている。毎年毎年同じ思考ルーチン。最適化されていつかは、14日を感じなくなるのではないかと憂うほどである。
帰りの電車の中で、見ず知らずの女子高生が「前から好きでした」なんて言ってくれないかとチラチラと周囲に視線を送っていると、一人の女子が気味悪げに車両を変えて行ってしまった。キモ悪がられるのはなれたものだ。持ちと同じで、叩けば叩くほど、気持ち悪さが伸びていく。今日の僕は、気持ち悪さの柏餅と言って良いだろう。
「ジョークにキレもでねぇよ」
車窓から、チョコ天使が降りてきて一個でもいいから僕に恵みを分けてくれないかと望んでも、現実に天使などいるわけがない。もし羽が生えた人間が見えたら、知らないうちに病気かドラック中毒になっていると自分の思考を疑うべきだ。
家に帰るまでが遠足気分――と同じように、家の中に入るまでがバレンタインデーだと気を持って改札をくぐり、溶けかけの雪を踏みしめて家路につく。北風が冷たく、僕の心同様にほっぺを冷たくした。
「相変わらず、シケた顔してるね、あっちゃん」
後ろから呼びかけられ、僕はこわばった顔をそちらに向けた。
「ミウ」
大きな笑みを浮かべた幼なじみの顔があった。2月の冷たい風を吹き飛ばすような晴れやかな顔をしている。なんだろう、チョコを配り終えてスッキリしているのだろうか?
「よっ、暗い顔しているところを見ると、寂しい1日だったな」
軽い口調で、笑顔を振りまくとミウはカバンから包を取り出した。
「どうせ義理ももらえなかったんでしょ。これあげるよ」
ミウは押し付けるように僕にその包を渡すと、吹き抜けるように走って行ってしまった。
その年、ミウがくれた義理チョコだけが僕の獲得した唯一の戦利品だった。
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