帰宅


          *


「絶対に殺せる?」

「ああ、そう何度も確認するなよ」


 ベッドの中で。奴隷商人のサンドバルに、裸のヘレナが何度も何度も問いかけてくる。この女、身体の相性はいいが、しつこい。気性が荒いのもマイナス点だ。


「絶対に? 間違いなく? 100%?」

「魔法も使えない不能者で、力もないんだろう? 余裕だよ」

「だけど。信じられないくらいの異常者サイコパスよ?」

「ふっ……そんなの、ここじゃ普通だよ」


 サンドバルは自らの頭を指さして笑う。奴隷商というのは、そういうものだ。頭のネジが数本抜けたヤツでないと、とてもじゃないができない。


 学生風情が、思い知らせてやる。


 元々、ヘレナから頼まれた依頼だったが、むしろ、サンドバルの目的は、そのヘーゼンという少年だった。どうやって、あのテナ学院に潜り込んだのかは知らない。


 だが、もしコイツを捕らえて奴隷にすれば、イキのいいボンボンの学生をヤク漬けにすることもできる。顔がよくて魔力の弱いヤツから攫ってーー


 そんな風に夢想していた時。


 扉が開き、黒髪の少年が入ってきた。


「ただいま」

「ひっ……」

「迎えに来たよ、義母かあさん。手紙にも書いたけど、三者面談だ」

「さ、サンドバル! こ、こいつよ!」

「ヒュー。こいつぁ、特上ものだ」


 サンドバルは思わず口笛を鳴らす。その端正な輪郭。レベルの違う、もの凄い美少年だ。


 これは、いい商品ものだ。


「合格だ。おい!」


 サンドバルが叫ぶと2人の用心棒たちがすぐさま集まってきた。多人数の挟み撃ち。そうすれば、だいたいは大人しく命乞いをする。これも、いつものことだ。


 だが。


「……義母かあさん。誰、こいつら?」


 無機質な表情で。


 黒髪の少年は首を傾げる。


「か、かか義母かあさん!? なに言ってんのよ! あんたはここで死ぬのよ!」

「……言わなかったっけ? 勝手なことしないでって?」

「ひっ……早く……早く殺してぇ!」


 ヘレナが狂ったように叫ぶ。


「ったく。慌てるなよ、おい!」



 サンドバルが叫ぶんだ瞬間、2人の用心棒たちが殴りかかった。


 だが、ヘーゼンは、瞬時にその拳を避ける。


「ちっ……ちょっとはできーー」


 サンドバルがそう言いかけた時。


 用心棒の片腕が、空中を泳いでいた。


 そして。


 少年はその腕を華麗に掴んで、もう1人の用心棒の顔面に思いきり叩きつける。


「がぐぉ……!? がば……ぎおえ……や、やめ……ごえええっ……」

「……っ」


 何度も。


 何度も何度も。


 何度も何度も何度も。


 悲鳴を上げてうずくまっている、手のない用心棒を尻目に、確かめるように。


 そして。


 用心棒の顔面が人の形でなくなったところで。


 切断された腕が、バッキバキに折れ曲がったところで。


 少年は興味を失ったようにつぶやく。 


「骨密度35。筋肉55か。せっかく、風柳だおりゅの練習台にしようと思ってたのに……平均以下の強度。コイツは要らない」


 ヘーゼンは、短く細い枝のような魔杖を振るい、瞬時に腕のない用心棒の首が飛んだ。


 途端に、顔のない首から鮮血が吹き出す。


 コロコロとボールのように転がった首は。


 口を開け青ざめた死体は。


 ヘレナの隣で、ガン開きの眼球を向ける。



























「んぎえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


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