道徳


          *


 朝5時。エマは小鳥の囀りで目が覚めた。大きくあくびをして、ベッドから飛び降りて大きくため息をつく。

 学院生活2日目。初日は、上々とは言い難い立ち上がりだった。


 目指せ友達100人。そんな風に息巻いて、意気揚々と登校したのはいいが、変な緊張が邪魔をした。すでに仲良くなっているグループを見て、萎縮してしまったのだ。


 ただ、幸いにも隣にボッチの男の子が一人。もちろん、同性がよかったが、近くはグループで埋め尽くされている。

 仕方なく……と言っては失礼だが、格好のボッチだった。これ見よがしに読書をして、『自分は一人でも寂しくありませんよ』アピール。


 間違いなく同類だとエマは確信した。


 なにより顔がいい。もしかしたら、ロマンチックなラブストーリー展開もあり得るのではと密かに抱いた想いも否定しない。あくまでナチュラルに。できるだけスマートに。


 声をかけた時点で、明るい学院生活が始まるはずだった。


「それが……どうしてこんなことに」


 友達は、できた。仲良く、なった。一緒に授業も受けることになった。放課後も共に過ごした。ついでに、顔も凄くいい。それなのに。


 ヘーゼンという男子は凄く変な子だった。


 まずは、そもそも魔法が使えない。なのに、自分を守ると豪語する厨二病感。性格は若干……いや、かなりの自己中。しかし、それはまあいい。人間、誰しも嫌な部分も、合わない箇所もあるものだ。


 だが、雰囲気から滲み出てくる異常感。


 こればかりは、言葉では表しようがない。同じ学院の一年生なのに、万物を熟知しているかのような。魔法の初歩の初歩を学んでいるのに、森羅万象の理を解析しているかのような。誰よりも魔法が使えないのに、雲すら見えぬ遥か頂を追い求めるかのような。


 彼は、あらゆるものがチグハグだ。


「変な……人と友達になっちゃったなぁ」


 エマは困ったようにつぶやいた。他の人に比べれば、自分も十分に変わり者であるという認識はある。学院長である父は、教科書にすら載っている人物。だからこそ、この学院に来れば腫れ物扱いされることは目に見えていた。


 自分には父のようなカリスマはないのに。圧倒的なプレッシャーもないのに。戦闘向きの性格でもないのに。魔法使いとしての能力の適正もないのに。


 それなのに、自分に集まる輩が、主に、自分に媚びる者。自分を嫌う者。この二択であることは。


 でも、そんな自分など比べものにならないほどの異物。どこか、ヘーゼンには父を思わせるほどの匂いがする。それは、長年近しく同じ時を父と過ごしたエマにしかわからないのかもしれないが。


「そんなわけないのに……ばっかみたい」


 同じ15歳のクラスメートだ。それを、百戦錬磨の父親と似ているだなんて。そして、そんな彼を最初の友達として選んでしまったなんて。まるで、自分がファザコンみたいだ。


 シャワーを浴びて、朝食を済ませ、制服に着替えている時、気づいた。昨日過ごした校庭の木に、大事なスカーフを忘れてきた。そう言えば、魔法を使う時に外しておいたんだった。


 ちょうどいい。授業までは、まだ時間がある。散歩がてら、取りに行こう。エマは、颯爽と身支度を整え、寮を出た。


 寮からそこまでは15分とかからない。エマは、散歩しながら今後の学院生活を夢想する。不安も大きいが、学院を見ているだけで、あれこれ希望も湧いてくる。


 そして、目的地へと到着した。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「……っ」


 そこにいたのは、ヘーゼンだった。そこにいた彼はなんら変わっていなかった。昨日と変わらない位置で。昨日と変わらない服装で。昨日と変わらないほどの情熱で。


 昨日と変わらずに、魔法の放出を試みていた。


「な、なにしてるの?」

「はぁ……はぁ……っと、エマ。おはよう」

「おはようって……いつからやってたの?」

「いつからって、昨日見てたじゃないか」

「……っ、やっぱり。なんで!? なんで、そんなになるまで」

「いや、エマが魔法イメージを作ってくれたから。それを脳内に刻み込んでやってみているんだ」

「不眠不休で!? ずっと?」

「ん? 身体の休養はちょくちょく入れてたけど。寝てはないな」

「な、なんで! 明日でいいじゃない!? いや、昨日の明日だから、今日でいいじゃない!?」

「……我慢できないんだ」

「な、なにが?」

「自分が魔法を使えないという状態が。僕は、魔法使いだから」


 そう答え。


 ヘーゼンは魔杖をかざす。

 

 炎の球体が浮かび上がった。それを確認した彼は、魔杖を一本の木に向ける。炎の球体は、木に向かって高速で移動を始めた。球体が木に触れた瞬間、発火が始まり、瞬く間に火だるまになる。


「……やった。やったぁ! やったやったやったーー!」


 屈託のない笑顔で。


 純粋なる喜びを。


 黒髪の青年は爆発させる。


「……」


 単に初歩の魔法を成功させただけ。クラスメートの誰もが、それを滑稽だと笑うだろう。事実、ヘーゼンが成し遂げたことは、単に炎の球体を飛ばしただけ。この学院の誰もが幼少の頃にできたことだ。


 しかし、エマにはどうしてもそう思えなかった。ヘーゼンの踏み出した一歩が、稀代の偉業かのような。大いなる破滅のような。まるで、美しさと禍々しさが同居するかとような。


 しばらく、エマは呆然と彼を眺めていたが、やがて思い出したよう慌てふためく。


「あーーーーっ! じゅ、授業! 授業どうするのか!?」

「えっ……このまま受けるけど」

「滅茶苦茶汗だくのその制服で!? 泥んこまみれのその顔で!?」

「僕は気にしないよ」

「みんな気にするのよ!? さっ、来て」


 エマは、急いでヘーゼンの手を引っ張って走る。授業まで余裕があると言っても、もう一時間もない。代えの制服に着替えさせて、シャワーを浴びさせて、朝食を取らせて。


「う゛ーっ……どう考えても、寝させるだけの時間がないなぁ」


 少女は、息をきらしながら唸る。どうしてこの子は、こんなに無頓着なんだろう。クラスで浮いてしまうことが怖く……ないんだろうなぁ。


「……ああ、睡眠時間だったら心配ない」

「えっ」
















「睡眠時間を道徳で確保する」


 

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