第81話、たまにはこっそり

 地下の拷問部屋から敵の居場所を感知すべく、魔力感知に集中し始める。

 すると、いきなり拷問部屋の扉がガバッと開かれた。


 別の拷問吏らしき男が、無造作に扉を開いて部屋に入って来たんだ。

 なんで拷問吏と分かったかと言えば、刃物やペンチなんかの器具をいくつもトレーに乗せて手に持ったマッチョな男だったから。ついでに言えば、既にぶちのめした拷問吏と同じような風体をしてたから。

「……あ」

「……なぁっ!?」

 その入って来た男とバッチリ目が合った。一瞬の硬直から直後の突撃。瞬きする間に接近すると、みぞおちを強く殴りつける。

「げほっ!?」

 突然の邪魔者と私に使うつもりであったであろう不穏な器具の数々に、怒りが込み上げてついカッとなる。

「こんの外道!」

 さらに胸ぐらを掴むと、部屋の中の壁に叩きつけるつもりで放り投げた。

 散らばる器具の数々と人体が石壁にぶつかる鈍い音を背にしながら、開いたままの扉をそっと閉める。


 男の声なき声の悲鳴が遠ざかるような感じに振り返ると、どうやら床に穴の開いた部分の壁に向かって投げてしまったようだ。

 続けて微かな落下音。そこそこの深さもあるみたいね。その後に何か魔獣っぽいものの鳴き声が聞こえた気がしたけど、まぁいいや。私は切替が早い。



 仕切り直して魔力感知に集中する。

 身体強化魔法を使ってなくても、生物であれば多少の魔力はあるから微かな反応で存在は確認できる。魔道具やなんかの非生命体の魔力反応も拾うけど、生物とは全然違う反応だから区別も問題ない。


 感知の領域をどんどん広げる。

 私の現在地は拷問吏によれば地下一階。これより下にはあの穴を除けば施設と呼べるものはないらしいから除外する。

 対象はこの拷問部屋と同じ地下一階、水平方向には複数の生物がいる。これは人間ね。夜中だから寝てるんだろうか、ほとんど動かない。地下牢があるらしいから、私と同じように捕まってる人たちだろう。こいつらをどうするかも問題ね。放置するのは寝覚めが悪そうだから、できれば助けてやりたいところだけど、どうしたもんか。

 まずは我が身が大事だし、お荷物抱えてたら余計な被害が出そうね。今は放っておこうか。その他に人はいそうにない。


 今度は感知を上階に広げる。一階はさすがに見張りと思われる反応が複数ある。他には就寝中らしき反応が数人程度。一階には入り口と思しき場所を除いては、あんまり人数はいないらしい。

 奪われた荷物を放置して、単独で脱出するだけなら簡単にできそう。


 ここまでは良かったけど、二階と三階は問題だった。

 どっちも人数が多すぎる。就寝中のも動いてるのも多いし、身体強化魔法を使ってるわけでもないから、ただの使用人なのか戦闘員なのか区別がつかない。ついでにあの中年貴族の居場所も全く分からない。

 もっと人数が少なかったり、一ヵ所に固まっててくれたら一網打尽にできるのに。個別に倒してたら途中で絶対に気付かれる。そうして睡眠ガスをばら撒かれたら終わり。


 私自身の薬魔法を使った毒ガス戦法は却下。できなくはないけど、無差別に毒ガスをばら撒く気にはなれない上、実戦で使ったことがないから制御に甘さがあるに違いない。自分の毒ガスで自分がやられる可能性が否定できないとなれば、到底使いものにならない。

 参ったわね。一旦撤退してから、人数揃えて出直そうかな。だけど、それも癪に障るわね。せめて自分の荷物くらいは回収してから帰りたいんだけど。


 とにかく地下に籠っててもしょうがないか。様子を見に行ってからどうするか決めよう。イケそうなら荷物を取り返すし、場合によっては盛大にぶちかましてやろう。まぁ、出たとこ勝負ね。役に立つか分からないけど、折角の機会だし、バレるまでは隠密行動でもやってみようか。

「さーてと、おっぱじめよう」

 指をぽきぽきと鳴らすような真似はしない。関節が太くなるっていうし。代わりに掌に拳を打ち付けて気合を入れた。



 地下にはうろついてる奴もいないから、まだそれほど気を使うこともない。

 拷問部屋の扉を開くと、そこは狭い部屋。前室のような存在かな。ここには特別なものは何もない。

 次の扉を開くと通路があった。まぁこれも予想通りね。一応、部屋の中から通路を覗き見ると、ちょっと離れたところに典型的な鉄格子のはまった牢屋らしきものがある。あそこに捕まってる人たちがいるんだろう。ちょっと様子を見に行ってみるか。


 忍び足で牢屋に近寄ると、そっと中をうかがう。

 椅子に座った年配の女性と同じく椅子に座って何か作業をしてるまだ若い女性。それから、寝台に横たわるのは女の子かな?

 服装からして一目瞭然。起きてる二人の女性はメイドとか侍女の類だろう。ならば寝てる女の子は、大商人の娘か高貴な身分のお姫様か。


 それにしてもこんな夜中に何をやってるのか。甲斐甲斐しく世話を焼いてる様子から、ただ寝てるだけってわけでもなさそうね。

「誰ですか?」

 しまったな。いきなりバレたか。年配の女性がこっちを振り向いて誰何した。隠れてればまだ誤魔化せるかも。

「誰かいるのですか?」

 ここに人がいることを確信してるかのような声音に隠れてても無駄と察する。騒がれると面倒なんでさっさと姿を現そう。考えてみれば、そもそも隠れる意味もないし。

「静かにして」

「……あなたは、ここにお住まいの方でしょうか? でしたら、お願いがあります」

「お嬢様がご病気なんです! 早く治癒師のところへ! どうか、どうかお願います!」

「もう一度言うわ。静かにして」

 年配の女性に続けて、まだ若い女性が勢い込んでお願いとやらを口にする。

 うるさいんで唇に人差し指を当てるジェスチャーで静かにするよう促すと、幸いにもすぐに口を閉じてくれた。年配の女性は、さらに自分が話すからお嬢様の世話をなさいと若い女性に指示を出し、私と小声で会話を続ける。

「あなたは、本当にここの方ですか?」

「違うわね。あんたたちと同じで捕まった側よ。今、抜け出してきたところだけど」

「……もしかして少し前に運び込まれた方ですか? 一体どのようにして」

「そんなことより、そっちの子はどうしたの?」

「少し前から体調を崩しております。容態が思わしくないのですが、この環境では体を休めるには十分と言えません」

 ここから見ただけでも苦しそうだし、高熱があるっぽいわね。しゃーない。中級回復薬でいいかな。それくらいくれてやろう。袖すり合うも他生の縁。儚げな可愛い女の子とくれば見捨てるのも忍びない。本当は金目の物くらいは請求したいところだけど、この状況じゃ取り上げられてるだろうし言っても仕方ない。


 スカートのポケットに手を突っ込んで水晶ビンを生成すると、サービスで超複合回復薬をビンの中に注いで一丁上がり。さも最初からポケットに入ってましたよとばかりに取り出すと、年配の女性を招き寄せる。

「これ、回復薬だから。病気に良く効くし使っていいわよ。毒なんて入ってないから安心しなさい」

「まさか、病気回復薬ですか?」

「そうよ。あの子に飲ませてやるといいわ」

 気前のいい私に品良く礼を述べた女性は、丁寧な手つきでポケットにしまった。

 多分、私がいなくなった後で毒味くらいはしてから使うんだろう。別に私の前でやってくれてもいいんだけどね。

「さてと、じゃあ私は行くわ」

「はい、その」

「なに、後で助けを呼んで来るから、大船に乗ったつもりで待ってなさい」

「……は、はい。よろしくお願いします。あなた様もどうかご無事で。この御礼はいつか必ず」

 何でもないことのように言う私に驚いたように硬直する年配の女性。

 職業意識のためか、すぐに復活して取り敢えず礼を述べられた。半信半疑どころか、女一人に何ができるって感じだろうけど、他に当てもないだろうしね。まぁ任せときなさい。



 牢屋から離れて改めて思案する。さて、どうしたもんかな。

 逃げるだけなら問題なさそう。でもそれじゃ荷物が取り戻せないし、何より私の気が済まない。何もせずに撤退なんてね。


 うーん、そうね。私一人でどうにかする必要もないし、呼び寄せたらいいか。

 光魔法のサインを打ち上げれば、キキョウ会のメンバーなら必ず誰かが気が付く。みんなのことだから、どうせ正面から乗り込んでくるはず。そこに敵が気を取られてる内に、中を制圧しよう。ざっくり過ぎるけど、所詮は出たとこ勝負。なるようにしかならない。

 そうとなれば、一度外に出よう。合図を打ち上げた後は、屋根の上にでも登って様子を見ることにしようか。


 方針が決まれば即行動。

 魔力感知に気を配りながら、地下から一階に出る。鍵なんて私にとっては何の障害にもならない。巡回のタイミングを見計らって、こっそりと廊下に出ると、そこら中にある窓からあっさりと外に出ることに成功した。


 外の見張りに警戒しつつ、"集合の合図"をド派手に打ち上げる。

「なんだ、あれは!?」

「誰だ、何をしている! 侵入者か!?」

「おい、どうなってる! 早く調べろ!」

「どこからだ! 隈なく探せ!」

 離れたところから聞こえてくる怒鳴り声を尻目に、さっさとハイジャンプで屋根に退避。広々とした屋根の上は、伏せてれば早々気付かれないはず。あとはキキョウ会の応援が来るまで星でも見てよう。



 ……おっと、いつの間にか少し寝てしまった。騒がしい気配に目が覚めるけど、どうやら建物の中にいた奴らも外に出て来てるらしい。ということは。

 姿勢を変えて門の方に注目すると、やっぱりいた。ジークルーネとヴァレリアを先頭にしたキキョウ会のメンバーが、屋敷の門越しにここの警備の奴らと押し問答してる。


 業を煮やしたのかヴァレリアが門を軽々と飛び越えると、ジークルーネと他のキキョウ会メンバーは門を破壊し始めた。こうしてはたから見ると、やっぱりとんでもない連中ね。私としては頼もしいけどさ。

 ヴァレリアは取り押さえようと押し寄せる奴らをひょいひょいと器用に避けて回りながら、どんどん奥に進もうとしてる。ジークルーネたちは門を無残な鉄くずになるまで破壊すると、まるで自分の家かのように堂々と押し通る。


 警備の側はもう手加減もせずに武器を持って襲い掛かるけど、逆にあっさりとねじ伏せられていく。

 そんな様子を面白く眺めてたんだけど、新たに屋敷の方から出て来た警備の男がラッパのような物を携えて近寄っていくのが目に入った。


 妙に気になるラッパのような道具だけど、あれがただのラッパであるはずがない。その男はキキョウ会メンバーの横手に回ると、ラッパを吹く態勢に入った。

 あれはなんだろうね。何かしらの魔道具だとは思うけど、どんな物なのか。場合によっちゃ助けに入らないと。

 警戒しながら見てると、別の方向から爆発魔法が放たれて、キキョウ会メンバーを爆炎と煙が包み込む。あの程度の魔法であれば、キキョウ会の外套で問題なく防げる。だけど、このパターンは……。


 爆発魔法のタイミングに合わせた男のラッパから吹き出すのは、音ではなく煙。爆発魔法の煙に紛れ込むかのような大量の煙だった。

「あれって、まさか!?」

 間違いない。あれは私がやられたパターンと同じ睡眠ガスに違いない。

 逃れられたのは離れたところにいたヴァレリアだけ。私はここからなら鉄球の投擲で一方的に攻撃できる。援護しよう。


 援護のために立ち上がると同時に、煙が急速に晴れ始めた。ん?

 ほどなく煙が消えると、倒れ込むでもなく立ったままのキキョウ会メンバーたち。いや、後ろの方にはちょっと倒れてるのもいるわね。あんな爆発魔法で倒れるような、やわなメンバーはキキョウ会にはいないし、やっぱりあれは睡眠ガスに違いないと思う。ならばどうしたことか。

「あ、ジークルーネか」

 そう、ジークルーネの浄化魔法なら睡眠ガスなんて問題にならない。なんせ、常時浄化魔法のフィールドを張り巡らしてるからね。

 通常なら身の回りだけのはずだけど、煙に包まれたことで、浄化魔法のフィールドを広げたんだろう。倒れてるのはその範囲から外れてたんだろうね。


 なるほど、浄化魔法か。あれがあれば、ガス系の攻撃も無効化できそうね。ならば今後に向けた対処の方法は見えてくる。さすがは我が副長、ジークルーネ。頼りになるわね。


 それから大立ち回りが始まるけど、私も高みの見物を決め込んでる場合じゃない。

 ジークルーネたちのお陰で屋敷の中の人員はほとんどが外に出てるようだし、私もそろそろ動こうか。

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