第77話、懲罰の開始

 方々へ送った手紙の返答を定めた期日までは、緊張感がありながらも通常営業を普通にこなす。

 酷い目にあった本部にいた見習いたちは、気合も新たに訓練に熱を注いでる。キキョウ会は例え事務班であろうとも命懸け、というのを実感したことだろう。

 事務所の内装はまだ注文してる商品の製作に時間を要するとかで、最低限しか整ってない。ちょっと殺風景で初期の頃を思い出す。


 襲撃なんぞで一々狼狽えてられない私たちが平常運転で日常を過ごす中、少しずつ手紙の返答が戻って来た。

 真っ先に返答を寄越したのは、五大ファミリーを中心とした大きな組織。

 ざっくりとした内容は、キキョウ会の報復に異存はなく、手出しはしないってことらしい。それどころか、襲撃に加担した組織の親分だったところについては、手を貸すとまで言ってくれたところもあった。それは丁重に断るけどね。


 それから一応、マクダリアン一家からの返答もあった。

 まるでテンプレートのような、協定破りについての非難と報復への支持が書いてあったくらいか。まぁ、これで奴らの傘下であるマルツィオファミリーに対する攻撃にお墨付きを得たわけだ。後から文句は言ってこまい。


 相互不可侵協定の提唱者であるクラッド一家からは、最も苛烈な返答があった。

 今回の襲撃には、木っ端組織ではあるものの、クラッド一家傘下の組もあったからかもしれない。

 それは懲罰の代行を正式に要請するものだった。全てはキキョウ会の望むままに、そしてクラッド一家が全てのケツを持つとのことだ。

 これで私たちは思うがままに、後腐れなく報復できる。



 襲撃実行犯の組織からはまだどこからも無回答。

 ジョセフィンたち情報班によれば、そいつらは連日集まってはお互いに責任を擦り付け合うような、不毛な話し合いに没頭してるらしい。まるで現実逃避ね。

 最早まとまりもなく、そんな状態じゃ再度の襲撃なんて有り得ないだろう。

 私たちと再戦する気力や根性があるのは少なそうだし、おそらく期日前には恭順の意を示してくるのが大半だろうと思ってる。

 大手組織からの返答を見るに、奴らには絶縁状のようなものが届きつつあると思われるしね。


 奴らが生きる道は、キキョウ会への恭順のみ。

 それが気に食わないというのなら、とことんやり合おうじゃない。

 最低でも多分、マルツィオファミリーは私たちに下りはしないと思う。これまで散々痛い目に合わせて来たし、今更キキョウ会へ下るなんてのはあり得ないだろう。



 そうしてほぼ全ての返答が届いた頃、約束の期限がやって来た。

 もう夕刻で日が沈む。ここまでね。

 居並ぶ幹部一同と、最後の状況確認だ。

「全員揃ったな。ユカリ殿、改めて教えてくれないか。奴らの返答や如何に」

 最近板についてきたジークルーネの進行役に一つ頷いて話し始める。

「まず、マルツィオファミリーからは返答なし。これは予想通りと言っていいわね」

「あいつらとは因縁が結構あるからな。だが、それも今日でお終いだぜ!」

「こちらとしても期待通りです。今更彼らと手を結ぶなんて考えられません」

 フレデリカが珍しくちょっと攻撃的。

 マルツィオファミリーからは、ちょこちょこ小さな損害を被ってたから、事務班としてはかなり迷惑な存在だったに違いない。

「それからあと二つ、カークチュール組とスタンベリー会からは返答なしね」

「どっちもマルツィオファミリーとは縁が深いところですから、それも予想の範疇ですね」

 ジョセフィンが言うように、情報班の予想通りの展開になった。

 その二つはマルツィオファミリーと、いわゆる兄弟分のような間柄ということらしい。どっちもキキョウ会とは同程度の規模の組織だ。

「その他は交渉を願い出てきてるわね。今日のところはそこはいいわ。マルツィオファミリーを始めとした、カークチュール組とスタンベリー会。これを今日、潰すわ」

「待ってたぜ」

「やってやりますわ」


 今日まで時間を空けたのは、潰した後のことを考える時間を取るためでもある。

 速やかにシマをキキョウ会のものとするための算段。

 そのシマを代表するような人物への内々の接触や、取った後の人員の割り振りや運営方針。経済や治安の状況確認。調べることや、やるべきことはたくさんある。準備だけでも大変だ。

 その準備は完璧には程遠いけど、それなりには目途も立った。実際にやってみないと分からないことも多いしね。


「ターゲットは3つか。どうやる?」

 最後まで敵対するのが予想できてただけに、もちろんそれも考えてある。

 五大ファミリーがキキョウ会の報復を支持してる以上、後顧の憂いはないと考えていい。マルツィオファミリーにしろ、今更キキョウ会を襲撃してくる可能性なんて無きに等しい。ならば、守りに割く戦力は最低限で良い。

「ジークルーネと見習いの半分は本部で待機。何かあるとは思えないけど、万が一のために本部を頼むわ」

「わたしも出撃したかったが、ここは我慢しよう。皆、頼んだぞ」

「それから、第一戦闘班には支部と六番通り、賭博場の護衛も全て任せるわ。負担は大きいけど、残りの見習いの半分も付けるから、なんとか頼むわね」

「ああ。残念だが、そっちも必要だからな。引き受けよう」

 班長のアンジェリーナと副長のヴェローネが残念そうにしながらも頷く。

 支部に詰めておく人員はもちろん、賭博場の警護も重要な仕事だからね。こればかりは見習いだけに任せておくわけにはいかない。

 いずれ別の機会に暴れてもらおう。

「残りの戦闘班は全力出撃。やるわよ」

「おう!」

 実行は深夜。それまでは準備と休息だ。



 襲撃は敵対組織の全てに対して同時に行い、一気に壊滅させる。

 まず、カークチュール組に対しては、第二戦闘班が襲撃を掛ける。

 ここはハッキリ言って大した組織じゃない。戦力評価としては、第二戦闘班だけで十分お釣りがくるし、何ならメアリー単独でも殲滅できるはずだ。


 スタンベリー会に対しては、第三戦闘班と遊撃班で強襲。

 一応、武闘派で鳴らす組織らしいから、念のため遊撃班も付けた。過剰戦力かもしれないけど、すぐに片付けばマルツィオファミリーの襲撃や他の班に合流してもらう手筈だ。こっちもアルベルトとオフィリアだけでも十分以上に過剰な戦力ね。


 そしてマルツィオファミリーに対しては、第四戦闘班と第五戦闘班を主戦力として、私とヴァレリア、グラデーナが加わる。さらに戦闘班ではないけど、逆襲に燃えるリリィも同行する予定だ。

 マルツィオファミリーは、大きな拠点が二か所あるから、第四戦闘班とグラデーナにはその片方を担当してもらう。残った本拠地の方を第五戦闘班と私、ヴァレリア、リリィで担当する。

 他にも小さな下部組織やアジトなんかもあるらしいけど、そういうのは後回しでいい。


 それから、各班に対してそれぞれ戦闘支援班の人員がサポートに付く。


 情報班によれば、今のところ逃げ出したところはないらしい。

 襲撃に行って、もぬけの殻ってことは無さそうだから、闘争に燃える各員もきっと満足してくれるだろう。

 今回の襲撃に当たっては、降伏は受け入れない。

 降伏のための猶予は十分に設けたはずだからね。それをないがしろにしたからには、相応の形で終わらせないと他への示しがつかない。


 抵抗するからには、今回ばかりは慈悲はない。その代わりに、逃げ出す奴がいた場合には放っておく。

 そして各組織のボスについては、どうしてもの時以外は命は取らない。報復の連鎖を避けるためであり、残った人員をまとめさせるためでもある。

 残った末端の雑魚どもから散発的な報復や嫌がらせを受けるのは面倒だし、そいつらを虱潰しに探し出すなんてこともやりたくない。

 ボスには残存勢力をまとめさせてエクセンブラからは退場してもらう。まぁ、敗軍の将に部下をまとめられるだけの力があるかは知らないけど。



 時間が来て、次々と出撃して行くキキョウ会メンバー。

 それを見送りながら、私もすっかり定番となった剛槍を携えて、ヴァレリアと一緒に大型ジープに乗り込む。

 同乗するのはポーラとシャーロットを筆頭にした第五戦闘班とリリィ、最後に戦闘支援班のメンバー。

「ついにマルツィオファミリーの息の根を止める時が来たな」

「ええ。でも小競り合いが無くなると思えば、少々寂しい気持ちもありますわね」

「目にもの見せてやりますよ!」

「班長と副長に後れを取るなよ!」

「あたしは会長より戦果を挙げてやりますよ!」

「昼間に食堂で聞いたんですが、マルツィオファミリーが凄い人数集めてるらしいですよ。楽しみですね」

「今日は本気でヤっていいんですよね? ね?」

 ポーラとシャーロットが余裕の発言をすると、若衆たちも勇ましく気合を入れる。若干、アブナイ奴も混じってるみたいだけど。

「うぅ~、報復です~~~!」

 第五戦闘班が勇ましく盛り上がる中、リリィは自らの店にされた事の恨みから切実な怒りを燃え上がらせる。

 私も、もちろん気合十分。先頭に立って戦うつもりだ。



 マルツィオファミリーの本拠地まではそれほど遠くはない。

 戦闘支援班の若衆が運転するジープに揺られて少しすると、ほどなく目的地が近づいてきた。

「会長、みなさん、そろそろ到着します!」

 郊外の住宅地といった装いの場所に目的地はある。

 このまま真っ直ぐに進んだ、町役場のような建物がそれだ。

 その敷地の前に鎮座する一台の大型トラック。まだ距離はあるけど、ヘッドライトが灯されたまま停まってるのが見える。

「あれは……」

 だれかの呟きと共に、大型トラックがゆっくりと動き始めたのが分かった。

「ジープを停めなさい。降りるわよ」

「え? でもまだ」

「いいから。来るわよ」

 理解はできずとも、忠実な戦闘支援班の娘が停車させると、すぐに降車する一同。


「ユカリ、始まったな」

「そうね。なかなか面白い開始の合図じゃないの」

「どういうことですの?」

 元貴族のお嬢であるシャーロットには分からないか。まだまだね。

 徐々に加速する大型トラック。明らかに違法改造されたスピードだ。

 その目的は当然、私たち。

「突っ込んで来ますよっ」

「ユカリ、どうする? 防ぐのか?」

「そうね、それでもいいけど、最近肩がなまって来てるし、準備運動にはちょうどいいかな」

 手に持った剛槍をくるりと回してもてあそぶ。

「おいおい、勢いあまって、後ろの本拠地までぶっ飛ばすなんてのは勘弁してくれよな?」

「分かってるわ」

 冗談気味にを言うポーラに軽く頷く。

 よく分かってない、まだ新しく入った若衆は困惑してるようだけど、今に分かる。


 私はスピードに乗り始めた大型トラックの正面の進路に立つと、おもむろにジャンプ一番。

「よっと!」

 身体強化魔法を用いた高いジャンプ力で舞い上がる。

 上空から見下ろす形にトラックを見つめると、力を込めて剛槍を構える。

 大型トラックを突っ込ませる野蛮な戦法は豪快で私好みではあるけど、キキョウ会には通用しない。存分に分からせてやろう。

「はっ!」

 短く息を吐きだしながら、流星のように剛槍を投擲した。


 爆砕。

 地面ごと抉る大きすぎる衝撃に、大型トラックは大破どころじゃなく、文字通り爆砕した。


 私はもちろんフォローを忘れないから、周囲に被害が及ばないよう、トラックの周りには多重に防護壁を展開してたけど、意外な発見があった。

 第五戦闘班の若衆が風の防護幕を作って、衝撃波と破片から一同の身を守ろうとしたのが見えたんだ。それを見て感心する。

 結構やるもんね。私以外にも防御に優れる戦闘班のメンバーが育ってたとは。

 見た感じでは防御力は悪くなさそう。今回は私の防護壁のお陰で空振りに終わったけど、防御力、魔法の展開速度、判断力も良かった。こうしたメンバーの成長を実感できるのも今回の収穫になるわね。


「さ、行くわよ」

 ジャンプから着地すると、何事も無かったように言ってのけて歩き始める。

 同じく何事も無かったように頷いて私に付いて来るヴァレリアとポーラ。一歩遅れてシャーロットとリリィ。

 それに遅れじと続く若衆。

「ジープの守りはお任せ下さい! ご存分に!」

 戦闘支援班のメンバーたちが見送ってくれる。

「あ、私の槍だけど回収しておいてくれる? 手が空いてたらでいいから、頼むわね」

 ふと思いついて頼んでおく。穴に埋もれた槍を掘り起こすのも今は面倒だ。やっといてもらおう。

「はい、そちらもお任せを!」

 元気のいい返事を背にして、悠然とマルツィオファミリーが待ち構える本拠地に向かって歩く。


 歩き始めると花弁がひらひらと舞い散り始めた。

 綺麗な赤い花びらは薔薇だろう。明らかに自然発生したものじゃない。

 何を思ったのか、リリィが薔薇の花びらを花魔法で撒き散らしてるみたいだ。

 予想外の出来事にちょっと驚いたけど、これはいいわね。綺麗だし何か格好いい。ずいぶんと面白い趣向だ。

 自然と笑みが浮かび気分が高揚する。どういうつもりでやってるのか分からないけど、これは思わぬ効果ね。

「なんですか、これ!?」

「す、すごいです!」

 これからすぐ殴り込みを掛けに行くとは思えない、かしましい声が聞こえる。

 だけど、キキョウ会はこれでいい。しかめっ面でいるより、メンバーが笑ってる方がいい。それがどんな場面であってもね。

 笑いながら敵をぶん殴って、つまらないプライドごと粉砕してやろう。


 これは対等な戦いなんかじゃない。懲罰だ。キキョウ会は一方的に蹂躙して、敵対者を討ち滅ぼす。

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