第70話、インタビュー・ウィズ・バッドレディ 前編

「本日はご足労頂き誠にありがとうございます。レディース・エル・ジャーナルのマーガレット・ゲリンと申します。えーと、」

「ユカリで構わないわ」

「ではユカリさん。本日は独占インタビューに応じて頂けるとの事で、多くの質問をご用意致しました。お時間の許す限り、どうぞお付き合いください」

 ここは雑誌社の一室。ゴシップ寄りの総合誌『レディース・エル・ジャーナル』の取材を受けるために、今回だけ特別に訪問したんだ。

 安っぽくこじんまりとした応接室には、インタビュアーの他にカメラマンと記録係がいて私を取り囲んでる。

「初めにお写真いいですか?」

 軽く頷いて了承すると、特にポーズを要求されたりすることもなく、そのまま何枚も撮られる。


 今日の私は墨色の外套に、高級感のあるフェミニン系ブラウスとタイトスカート、伸びた紫紺の髪は魔道具のかんざしでまとめてある。

 普段のスタイルと変わらないけど、今日はそれにプラスして、薄めの色をしたティアドロップのサングラスを装着。

 ちょっとだけ、それらしい感じにキメてみた。すこーしだけ厳つく見せるのに、サングラスは手っ取り早く有効なアイテムだ。

 取材を受けるにあたって、フレデリカから冗談半分に渡されたんだけど、そのまま着けてみた。


 気の済むように写真を撮らせると、席に着いていよいよインタビューが始まる。

 それにしても、目の前のインタビュアーが緊張よりも、若干興奮気味なのが気にかかる。

 ジャーナリストの端くれなら修羅場のひとつやふたつは潜ってるのかもしれないし、私の見せかけ程度に臆することはないってことかもしれないけど、何か様子がおかしい。

 口調こそ丁寧なものの、興奮した様子は表情や仕草からして明らかだ。おかしな趣味の持ち主じゃなきゃいいんだけど。

「まずお伺いしたいのは、今日のインタビューをお受け頂いた理由です。これまでにも何度かオファーを差し上げていたのですが、今になってお受け頂けたのは何か理由があるのでしょうか?」

「そうね。理由はもちろんあるわ」


 なんでこんなことになったかと言えば、そりゃあ深い……うーん、大して深くもないか。とにかく、理由があるのよね。



 まだ日も高い、キキョウ会本部の自室。

 魔法薬の試作途中に休憩がてら、お茶を飲みつつ今日発売だという雑誌をペラペラめくる。

 事務班の娘がいくつか買ってきて置いてあった雑誌だ。適当に見繕って持ち込んだ奴で、気分転換にはちょうどいい。世間の関心事もなんとなく分かるようになるしね。


 適当に流し読みしてると、我がキキョウ会に関する記事があるじゃないか。

「へぇー、今度はなんだろ」

 ウチも色々な意味で有名になってるからね。記事になるような出来事も数多くやらかしてる分、今までにも面白おかしく取り上げられることは何度もあった。

 大体は虚構の入り混じった三文記事ばかりで、相手にするのも馬鹿らしいようなものばかりだった。ゴシップ記事ってのは、どこの世界だろうと一定の人気があるものらしい。

 どうせ嘘を書くならもっと面白い記事にしなさいよってなるのが大半。

 今回も同じようなものだろうと思ってたんだけどね。

「……なによ、これ」

 冗談にしても笑えない、悪質な記事に目を疑う。


 『注目の新進気鋭 キキョウ会の暗部に迫る 緊急スクープ!』


 内容のよく分からないキャッチーな見出しはまだいい。よくあることだ。

 問題は次だった。


 『女を食い物にする極悪集団! 引き入れた女性を奴隷として他国へ輸出か!? 命懸けで逃げ出した生き証人への独占インタビュー!』


 そのあとに、つらつらと書かれる生き証人とやらの噓八百。酷い内容の記事だ。笑える部分がどこにもない。

 いくら何でもこれはない。ここまでの侮辱は今までにないレベルで常軌を逸してる。

 思わず言葉を失うけど、そんな場合じゃない。これは許してはならない。早急に対策が必要だ。

 ひょっとしたらキキョウ会を邪魔だと思う、どこぞの人か組織かが書かせてるのかもしれない。

 そうでなくても、悪目立ちするキキョウ会は格好の素材だし。


 今までのゴシップ記事だって気に入らないけど、実害がない限りは好きにさせてきた。

 大抵の人はそんなものを真に受けたりしないし、真に受けるバカが現われてもそいつを締めるだけで済む話だ。

 冗談で済む範囲で楽しむ分には、私だって固いことは言わない。

 今までは、まだ私が許せる範囲に収まってた。今までは。


 キキョウ会が受けた侮辱は私への侮辱。今回のは全く笑える内容じゃないし、許せるラインを軽々と越えてきた。

 誰に喧嘩売ったか教えてやろうじゃない。



 と、問題の雑誌社に乗り込んで、適当にしばいてきた経緯がある。

 元気の余ってる若衆に任せてみたけど、いい感じに手加減が効いた脅しは堂に入ったもので、キキョウ会の教育の成果が良く確認できた。

 次号でデカデカとお詫びと訂正記事を載せてくれるってことで話が付いたところだけど、まったくもって面倒をかけさせる。

 ただ、一度広まってしまった話はどんなに酷い嘘であっても、そう簡単には払拭できないのが世の理不尽。


 気にしない、というのもひとつの選択肢ではあったんだけど、今後もこんな記事が出続ければ、きっと無視できない影響が出てしまう。

 毎回しばきに行くのも面倒だし、しばく事そのものが良くない噂に拍車をかける可能性だってある。


 ならばどうするか。

 ペンにはペンで対抗するのが、最も省エネで私たちの負担が少ない。

 根も葉もない記事と、ご本人登場の記事とではインパクトが違う。どっかの取材を受けて、真っ当な記事を書いてもらおうってことだ。


 注目を集めるキキョウ会には、様々な取材のオファーがやってくる。

 今までにも三流雑誌を中心に取材のオファーはあったけど、全て断ってきた。

 私はマスコミのオモチャになるつもりはないし、世間に向けて何かを発信したいなんて気持ちもない。あってもウチがやってる店の宣伝くらいかな。軌道に乗った今は、それさえも必要ってわけじゃないし。


 だからこそ、取材をする側を選ぶ余地がある。

 どっかの組織の息がかかってそうなところは全部ダメ。その上で、できればキキョウ会に対して好意的なところが望ましい。

 選定は慎重に。情報班の手腕が必要になる。


 情報班は機密保持の観点からも、事務班と同じところで仕事をしたりはしない。

 専用の『情報室』を設けて、そこで働いてもらってるんだ。

 キキョウ会の中でも関係者以外立ち入り厳禁の室内に会長権限で突撃すると、室長のジョセフィンを捕まえて仕事の依頼をする。

「え、取材ですか? どういった風の吹き回しで?」

「今日発売の雑誌見た?」

「いえ、まだ。何か書かれてました?」

 状況説明と私の考えを説明すると、看過できないのを理解して調査を引き受けてくれた。

「数日は待ってくださいね。今現在オファーのあるところを中心に調べてみます」

 早速、部下の若いのを呼んで話し始めるジョセフィン。あとは結果を待とう。



 調査の結果、比較的大手のところは全部ダメ。どこかしらの息がかかってて、私たちが期待するような記事にはなりそうにない。外国に本部を持つようなところもダメ。何かあった時に、国外まで行くのは負担が大きい。

 そうすると、エクセンブラに本拠地を構える中堅か弱小のところしかない。そのなかでもキキョウ会に好意的か、少なくとも中立的となるとさらに絞られる。

 残ったのは、中堅どころが一件、弱小が四件。元々は数十件はオファーがあったはずなのに、わずかこれだけだ。

 実際に取材を受けるのは会長である私自身。好きなところをひとつだけ選ぶことにした。


 選ぶにあたって最低限の基準はすでにクリアしてるところだから、どこを選んでも問題はない。

 ならば、なるべくいいところを選びたい。

 さて、そもそもオファーにあたって、どんな条件を提示してきてるか。それを見て目星を付ける。


 まずは取材料の提示。一応、無報酬ではなく時間当たりどのくらいっていう提示がどこもあるみたい。

 正直これはどうでもいい。私の心が動く様な金額じゃないし、どこも大差ない。金は好きだけど、小遣い程度じゃね。

 じゃあ他に何があるか。一社だけ、とっても心惹かれる報酬の提示があったんだよね、これが。

 偶然か、どっかの酒場で話してる内容でも聞かれたか。とにかく私の心をがっちりと掴む報酬。


 それは《悪姫》のサイン入りブロマイド。

 北方の超大国ベルリーザのお姫様。そのサイン入りブロマイドをエサに、インタビューを受けることを決めた。

 かのお姫様の破天荒さは、ゴシップ誌を通じて今でも追いかけてる。まんまとエサに釣られてしまうミーハー振りを発揮するけど、仕方ないよ。これは。


 事務班には雑誌社とスケジュール調整や質問内容の事前確認、NGの通告なんかをしてもらって、いざ取材を受けに行くことに。

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