第21話、スタートライン
ひと騒動やらかした後、ご近所の視線を感じつつも極力普通に、むしろ堂々と歩いてジャレンスの待つビルまで戻る私たち一行。
施錠されてた入り口を開けてもらい、ジャレンスに帰還報告だ。
「ブルーノ組と話はつけてきたわ。金輪際、このビルには手は出させない」
「先日の盗賊との戦いを見た時にも感じておりましたが、凄まじいですな。まさか、こんなにも早く解決してしまわれるとは。お疲れでしょう、少し休まれますか?」
「大して疲れてないわ。それよりもさっきの続きを頼むわ」
「そうですか。では先ほどの続きと参りましょう」
ざっと建物内を見て回りながら説明してもらうと、第一印象はそう間違ったものじゃなかった。
元は王都の大商人がエクセンブラでの事務所として構えたのがこのビルで、そこそこ昔に建てられたものらしい。古めかしいのは気のせいじゃなく、単に古いだけだった。
ビル自体の基本的な構造は、私の常識に照らし合わせても、特におかしいところはない。
一階はガレージ、二階は事務室や大きなキッチンを含めた食堂、三階は会議室や資料室、四階は居住スペース。地下にもかなりの広さの倉庫があって、確かにこの大人数でも十分に生活できそうだった。
私たち全員が住むなら、三階と四階をメインにリフォームをする必要がある。四階以外は普通の部屋として利用できそうなのが少ないからね。その辺はジャレンスが懇意の業者を紹介してくれるらしいから、そこに任せておけばいい。
どうせなら家具やなんかは目の前にある通りの店や工房から揃えたいと思ってる。一応、これからはウチのシマになるわけだし、挨拶がてら注文するのも良いだろう。
「ジャレンスさん、大体分かったわ。なかなか良さそうな建物ね。ちょっと古いけど、リフォームさえすれば広さも十分ね」
「はい、問題さえ解決できたのなら、ここほどの安くて良い物件はありませんよ。もちろん、貴女方に対して急に値上げをすることはありません」
ま、それは当然ね。
すでにみんなは住む気満々で、内装をどうしようかなんて話で盛り上がってる。
「さてと、みんなでここに住むかどうかの前に、ブルーノ組との話がどうなったのか話しておくわね」
「色々あったって言っていましたね。なにか問題でもあったのですか?」
フレデリカが早く教えろとばかりに聞いてくると、ざわざわしてたのがすぐに総員傾注の態勢に。みんな気になってたみたいね。
「問題、というかね。まず、ブルーノ組のボスに私たちが何者かって聞かれた時に、ジークルーネが言ってた"キキョウ会" だって答えちゃったのよ」
「キキョウ会ですか? それはそれは。ユカリノーウェ様とお仲間の皆様で新たに発足されるという事でしょうか?」
ジャレンスは商業ギルドの幹部として気になるところだろう。
ついやってしまったけど、もう引くに引くけない状況だ。
「ユカリ殿、是非に!」
「お姉さまに付いていきます」
「もう一蓮托生でしょ」
「おおっ、そいつは面白そうだな!」
「いいじゃねぇかいいじゃねぇか、やろうぜ!」
ジークルーネは凄く嬉しそうに、他は深く考えてない完全にノリと勢いで。こればっかりは、人のこと言えないけど。
とにかく全員一致で問題ないらしい。跳ねっ返りどもとは違う、村人組のソフィさんやメアリーさんまでも乗り気なのは、この跳ねっ返りどもの勢いに当てられてしまったんだろうか。どういう心境の変化なのかよく分からないわね。
「ふぅ、だったら私も覚悟を決めるしかないか。今日から私たちはキキョウ会として、一緒にやっていく仲間になる。みんなでね。それでもって、キキョウ会っていうからには、会長が必要になるかな。その会長は……」
「もちろんお姉さまに決まっています」
ヴァレリアが率先して答えちゃったけど、みんなも頷いてる。
「うん、成り行き上、私がやるしかないわね。でも、みんなにもしっかりと働いてもらうから、覚悟はしておいてよ」
「ユカリ殿、働くとは具体的にはどうのような事をすれば良いのだろうか?」
なるほど。なにをする会なのかも分からず、キキョウ会は結成となったわけだ。
さっそく仕事っぽいのはできそうだけど、さてさて。後悔しなきゃいいけどね。
「悪いけど忙しくなりそうよ。その前にブルーノ組から持ってきた話をするわ。みんなの意見が聞きたい。ジャレンスさんもいい?」
「もちろんです。して、どのようなお話なのでしょう?」
ブルーノから譲られたシマの話をすると唖然とするどころか、面白そうにするのが大半だ。
ま、こうでなくちゃね。きっと上手くはやっていけない。
この状況を面白そうと受け止める連中となら、どんなことでもできそうな、そんな予感すらしてくる。
ただ、目の前の通りのシマはともかく、やっぱり抗争中で莫大な儲けが期待できるシマをぶん獲って来たってのは、さすがに驚いたようだ。
ジャレンスの商業ギルドでも、例のシマについては問題視されてるらしい。
実際に街中での小競り合いが何度もあって、商活動に少なくない影響を与えてるらしいしね。
ギルドにも苦情が届くし、どうにかしようにも街の治安維持部隊の方が戦力が弱い現実もあって、ほとんど野放しになってたんだとか。
「ユカリノーウェ様、街に着いた初日によりにもよって、六番通りを手に入れられましたか。いやはや、何と言いましょうか」
「話に聞いただけじゃ実感は湧かないわね。実際に乗り込んでみなきゃ」
「……とにかく力を示せばいいんだろ? 簡単な話だ」
「そうです。お姉さまが出るまでもありません」
「そうだぜ、邪魔する奴は殴って黙らせればいいんだろ?」
「いつもの事じゃねぇか」
「余裕、余裕」
勇ましいことを言う脳筋ども。
でもね、それだけじゃあ金は稼げないじゃないのよ。
「ユカリ、最初の内はそれで良いと思います」
「ふーむ。フレデリカ、力を示すのは必要なことだけど、職人への挨拶周りや空き店舗の視察もあるんだけど、そっちは後回し?」
「ええ、まずは徹底的に力を見せつけてしまいましょう。あらゆるトラブルをわたしたちが解決して見せてしまうのです。十分にキキョウ会の存在が知れ渡った頃に挨拶回りを行えば、頑固な職人にも快く受けて入れて貰えるのではありませんか? 幸いトラブルには事欠かないようですし」
さすがは頭脳労働担当。力でもって説得力を持たせる。しかも間接的にってのは悪くない作戦ね。
「最初はその方が良さそうね。当座の資金はあるし、金儲けは準備が整ってからでもいいか」
ブルーノ組にも話は通しておかないと。現地を一番よく分かってる奴らだし、最初は案内が欲しい。それに敵対勢力についての情報も。
やることがどんどん増えるわね。
「ところでユカリノーウェ様、このビルはご購入される、という事でよろしいでしょうか?」
「あっと、そうだったわね。うん、ここまで来て買わないとは言えないわ。お買い得って言ってたけど、具体的にはいくらなの?」
そういや、聞いてなかった。
一括で買えない金額だったらローンか。いきなり借金は嫌ね。とは言え、できれば当座の資金は残しておきたいし、ローンも致し方なしか。
「本来ならば、億は下りません」
「ふーん。本来ならば、ね」
「そうです。ですが、買い手のつかない瑕疵物件であったため、最低価格での売り出し中です。締めて五千万ジストになります」
そう言われたところで、その価格の妥当性とか安さとかが分からないんだけどね。まぁここまで来てジャレンスを疑うつもりもないけど。
「……五千万か。それが最低価格なのね?」
手持ちの資金がかなりあって、どれだけお買い得価格であっても、さすがに五千万は高く感じる。
暗に値切ってみるけど、ジャレンスの表情は硬い。
「はい、商業ギルドとして今以上の値下げは不可能です。しかし手数料など、その他諸経費はこのジャレンスが引き受けますので、これ以上は頂きません」
五千万の物件購入にかかる諸経費となれば、馬鹿にできない金額になるはずだ。それを個人的に引き受けるなんて、なかなか言えることじゃない。
よし、ここまで誠意を見せられたら、これ以上は野暮ってもんでしょ。
「待って下さい。ユカリ、まだ聞いていませんでしたけれど、盗賊から奪った宝はいくらになったのですか?」
しまった。これも言ってなかったわね。みんな、後だしでゴメン。
「実はかなりの金額になったわ……二億よ」
どよめく声から徐々に歓声へ変わる跳ねっ返りども。
「予想よりも多かったですね。五千万ジストを差し引いても、ひとり当たり一千万ジストの分配金ですか。良いと思います」
「異議がなければ、フレデリカが言ったようにするわ。どうする?」
全員一致で賛成ということで、我がキキョウ会は早くも拠点を手に入れることが決まった。
実際のところ、その場ですぐに買えるわけじゃなく、手続きが必要ということで一度商業ギルドに戻ることに。
さらに、住民登録の申請が必要になるんで、こっちもジャレンスの口利きで商業ギルドに代行してもらう。
審査が通れば、レコードの書き換えが必要になるから結局、行政区には全員で一度は行かねばならないらしい。面倒だけど、こればかりは仕方ない。それでも面倒事の大半はジャレンスに任せられるから、かなりの楽ができることに変わりはない。
商業ギルドに戻ると、五千万ジストを即金で支払って購入手続きを終え、キキョウ会の拠点をあっさりと手に入れた。
なんだろう、こう、ドキドキ感とかワクワク感みたいなのを味わう間もなく、手に入れてしまったわね。大した苦労もしてないのに。まぁ嬉しいっちゃ嬉しいし、いざ住むときになってみれば、もっと楽しい気持ちになるとは思うけどね。
ただリフォームが必要だし、家具類もないからまだ住むことは当分できない。
所有権を手に入れたとはいえ、実際に拠点に住めるようにならないと、色々と不都合が多いからね。さっさと必要なことを済ませないと。
まずはジャレンスにお薦めのリフォーム業者を紹介してもらって、内装はフレデリカやソフィ、あとは興味のあるメンバーに一任してしまう。私はそういうのは割とどうでもいい方だから好きにしてもらうことにした。
その辺の細かい費用は全部、私持ちに。せっかくキリよく一千万ずつ分けたのに、細かく徴収するのは気分がよくない。会長としてそのくらいの負担は許容範囲だ。決して安くはないけどね。
リフォーム中は宿暮らしになるから、その間の宿も紹介してもらった。
宿暮らしの間に目立ったことをして、その宿に襲撃をかけられたりすると色々と面倒なことになりそうだからね。さすがに迷惑すぎるから自重しなければ。弁償とかも嫌だし。
しかもジャレンスの口利きで少し安くしてもらってる関係上、なるべく良好な関係を維持したい。
エクセンブラに到着してから、初めての夜。そして文明的な夕食。
今日は忙しくて食事もろくにとれなかったからね。すっごくお腹が空いてる。
目の前には至極標準的、一般的な宿で出されるものと思われるけど、私たちにとっては見るからに食欲を誘う見た目と香りの食事があった。
はしたないことに涎が垂れそうだ。顔をあげてみれば、長いこと収容所にいた連中はみんなが同様に夕食に釘付けだ。収容所では一度も食べることが叶わなかった魚料理。それが今、目の前に。
「……じゃあ、頂きましょうか」
半ば呆然としながら一同は、食事に口をつける。決して豪勢とは言えない、一般的な家庭料理なようなものであるはずだけど、私は思わず涙を流した。
止めどなく溢れ出る涙に構わず、至福のひと時を夢中で満喫する。
本当は食事の後は酒場にでも行こうかと話してたんだけど、ほぼ全員が食べすぎてそのまま寝込んだのは仕方のないことだ。
早く寝てしまった分、翌朝は早く目覚める。
今日もやることが一杯あるけど、まだ早い。優雅に朝食としゃれ込もう。同室でほぼ同時に起きたヴァレリアとフレデリカを伴って食堂へ。
焼き立てのパンにサラダと具沢山のスープ、デザートには数種類のフルーツ。これだけでも一品一品のクオリティの高さに感動してしまう。素晴らしい。文明的な食事はそれだけで感動をもたらす。
これも多分、宿としては標準的なレベルの内だと思うけどね。いかに収容所が酷かったかってことになる。
食後は久しぶりに新聞を読んだ。宿らしく、新聞と雑誌が完備されてたのは僥倖だ。ここ数日分の社会情勢を補完しておきたいからね。
読んでみると、数日程度じゃ良い意味でも悪い意味でも大勢に動きはなかった。
隣国のレトナークはいつまで内戦を続けるんだろうね。
旧ブレナーク王国の領土は放置されすぎて、世界中からロクでもない連中が集まってきてるらしい。まぁ、そのロクでもない連中である私たちは人のことは言えないんだけどさ……。
地元の新聞ギルドが発行してるからか、収容所の新聞とは違ってローカルニュースも載ってるみたい。これは面白い。最近話題の店舗や商品から、街の問題まで細かくまとめられてる。今後も閲覧の価値がありそうだから、ぜひ個人的にも定期的に購読したいところだ。
午前中はのんびりとすごし、全員で昼食をとってから行動開始。今日もやることは山ほどある。
「私はまたブルーノ組に行くわ。ジークルーネとヴァレリア、ジョセフィンも同行して」
「はい、お姉さま」
率先して答えるヴァレリアと頷く二人。
まだ昨日の今日だから、戦力としてジークルーネとヴァレリアには同行してもらう。ジョセフィンには必要であれば頭脳労働を期待して。
「残りのみんなは商業ギルドでリフォームの打ち合わせをしておいて。そっちは任せるから」
「予算はなるべく抑えめにしますけれど、みんなで好きにやらせて貰いますね」
「それで構わないわ」
フレデリカがいれば、みんなの無茶な要求も適度に抑えてくれるだろう。自分たちの住む場所だから、なるべく良い環境にしたい気持ちは分かるし、余程おかしな案でもなければ、少々高くても飲むつもりだ。
それと念のためにアンジェリーナを含めた武闘派にはそっちを護衛して貰いたい。
「終わったら夕食までには宿に集合で。それじゃ、よろしく」
早速行動開始。ソフィさんと繋いだを手を引きながら、明るく笑って駆けていくサラちゃんが眩しい。子供はこうでなくちゃね。
「私たちも行こうか。と、その前に」
「ユカリ殿?」
私たちはキキョウ会なんだ。全員、キキョウの紋を付けなければならないでしょ。
キキョウのアクセサリーは収容所組にしか渡してなかったし、ジークルーネにはブルーノ組に行く前に渡さないと。あとでソフィさんたちにも作ってあげないとね。
「ジークルーネ、このキキョウのアクセサリーをつけてもらうわ。これからは全員にね」
考えてることとして、このキキョウの紋に喧嘩を売ったらタダじゃ済まない、と街の連中に認知させたい。
特に裏社会の連中には。それなりに時間はかかるだろうけどね。
そして、ゆくゆくはこう思われたい。
――キキョウ会はアンタッチャブル。
これが成れば私たちの可能性も大きく広がると思う。だいぶ先のことになるだろうけどね。
「ありがたい。実はわたしも欲しかったのだ。これで漸くユカリ殿たちの一員になれる」
そんなに大したもんじゃないけどね。でも仲間意識の確立は大事なことか。
「どの形がいい? なるべくリクエストには応えるわよ」
「ふむ、そうだな。ではブローチでお願いする。一番目立つ場所につけておきたい」
「小さいから目立つかどうかは分からないけど」
言いつつ、手早く生成して見せる。もう何度もやったことだし慣れたものだ。
さっそくジークルーネに渡すと、嬉々として収容所から着てる作業着の胸につけた。
服も新調しないとね。いくら浄化魔法があるとは言え、私も着の身着のままは嫌だったし、あとで服屋にでも行こう。
「そういえば、ジークルーネは鎧を着るんじゃないの? それだと他の形の方が良かったんじゃない?」
必要に応じていくらでも作ってあげられるけど、どうするつもりなんだろうか。
「鎧はもう着ないつもりなんだ。青の鎧を脱いだ時点でそうすると決めている」
「そうなんだ。でも違うのが欲しくなったらいつでも言ってね」
「ああ、そうさせて頂こう」
今日は私もコートの胸にキキョウ紋をつけてる。すると、仲間はずれに感じたのかヴァレリアが物欲しそうに見てるのに気が付いて、お揃いのものを作って胸につけてやる。
「あ、ずるいですよ。わたしも胸につける用のが欲しいです!」
調子に乗ってジョセフィンまでもが便乗して催促するから仕方なく作って渡す。
見事に全員の胸に揃ったキキョウ紋は、なかなか良い感じに。うん、なんか満足。
同じく満面の笑みを浮かべるヴァレリアとジークルーネ、ジョセフィンを伴って、そろそろブルーノ組にお邪魔しに行きましょうかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます