第18話、拠点
一番の目的だった盗賊から巻き上げたお宝の換金が無事に済んで、ひとつ肩の荷が下りた。
今度はミントフレーバーの回復薬を少し注いで気分をリフレッシュ。ほっとするわね。
「話は変わるけど、あの時なんでひとりでトラック運転してたわけ?」
商業ギルドの理事なのに、不自然な形で出会ったからね。経緯が気になる。
聞いてみれば、唐突な出会いでしたね、なんて言いつつジャレンスは語り始めた。
「実はギルドの会合で隣街に居たのですが、どうしても早く帰らなければならない事情がありましたので、単独で隣町を飛び出して来たのです」
「急用って言ってたわね?」
「……お恥ずかしい話なのですが、妻の誕生日です。思いのほか会合が長引いてしまって、予定通りに帰れなかったものでして。移動用の魔道具も空いていたのがトラックしか無かったので仕方なく。想定外のトラブルに遭遇しましたが、お陰様で間に合いました」
それで下手をすれば死にかけたってのか。呆れるしかない。
大切な奥さんなんだろうけど、誕生日のために命までかけるのはやりすぎだ。価値観は人それぞれだけどさ。まぁいいけど。
愛妻家だからこそ、私たちが女でも見下したところがないのかもね。
「そうだったんだ。でも気を付けることね」
「はは、そうですね。助けられた話をしたら、妻にもこっぴどく叱られましたよ。ところで、あとは住む所というお話でしたか。宿ではなく、定住されるということですか?」
「うん、まぁ。できればね」
「ほう、それはそれは」
ジャレンスの目がキラーンと輝き始めた。商人の目って感じ。
「なによ、なにかあんの?」
「ええ、現在どの街でも戦力が不足しております。貴女方ほどの実力がおありなら、女性とはいえ、どこの街でも歓迎されるでしょう」
「私だけじゃなく、ほとんど全員が"街のために"なんて殊勝な気持ちは持ってないと思うわよ」
跳ねっ返りの集団が、そんな献身性を持ち合わせてるはずがない。
「そうかもしれませんが、降りかかる火の粉を払わずにはいられないでしょう? 治安維持部隊や対魔獣の騎士団、傭兵、冒険者が少ない今、その実力だけで住民申請は通りやすくなります。宜しければ住民申請も代行しますので我々にお任せください」
「……願ったり叶ったりね。で、他にも思惑があるんでしょ?」
「お見通しですな。こう言っては何ですが、貴女方からは金のにおいがするのです。商人のカンってところでしょうか」
当然といえば当然か。前に渡した回復薬の件もあるし、今もなにげなく使ってるアルミのカップも注目されてる。
年頃の女の集団で実力者が揃ってるのもポイントが高そうだ。
「そのカンが当たってるといいわね。どっちにせよ、お互い良い関係を築いていけることを期待してるわ」
ウィンウィンの関係ってやつね。今のところ、この人となら上手くやっていけそうな気はする。
「それで、住む所なのですが、何かご希望はありますか?」
呼び鈴型魔道具で物件資料と思しき書類の束を持ってこさせたジャレンスは、素早くページを捲りながら候補を探してくれる。
さてどうしたもんか。隣に座るヴァレリアの頭を狼耳ごとわしゃわしゃ撫でながら、うーんと考え込む。
別に普通でいいからいくつか候補が見たいかな。立地とかまだ良く分からないしなぁ。
「特別、これといったご希望が無いようであれば、良さそうな物件がありましたのでご紹介致しますが?」
私が答えあぐねてると、気になる物件でも見つけたのかページを捲る手を止めて資料を見ながら提案してくれる。
「どんなところ?」
「物件としては十分な大きさです。ちょっと事情がある物件でして、価格が非常に安くなっております。そう遠い場所でもないので街の見物がてら、見に行きませんか?」
実際に見られるんなら話が早いわね。
「ヴァレリア、フレデリカも連れて行って、現物を見てみようか」
「はい、お姉さま」
「ジャレンスさん、案内頼んだわ」
「ええ、早速参りましょう」
一階に降りてラウンジに移動すると、イカツイ女連中が高級感のあるラウンジの真ん中で思い思いに寛ぐ姿が目に入った。場違い感が凄い。
「お待たせ。無事に換金できたから、あとでレコードで分けるわね。ちょっと物件紹介してもらいに近くまで行くから、その後でいい?」
みんな特に異論もないようなんで、商業ギルドを出てからジャレンスの先導で移動を始める。
なんか流れで全員ぞろぞろと付いてきちゃってるけど。
中央広場からいくつかの路地を通過していくと、どんどん雑多な街並みになってくる。
「この辺りは職人街です。個人でやっている工房や店がたくさんありますから、あとで行かれてみてはどうでしょうか。装備品に服、魔道具から日用品まで大抵のものは揃いますし、頼めばオーダーメイドもやってくれます。中央通りに並ぶ大店とは違った魅力の商品がありますからお薦めですよ」
へー面白そうね。
あとでチェックしに行くことは確定ね。
通りかかる場所の説明を受けながら、思ったよりも長い距離を歩いて行くと、ようやく目的地に着いたらしい。
「あちらの建物です。中もお見せできますので入ってみましょう」
路地の四つ辻を曲がると奥は袋小路になってるらしい。その一番奥の建物が紹介してくれる物件みたいだけど、なんか思ってたのと違う。
アパートとかマンション、あるいは一軒家を想像してたんだけど、どう見てもそんな雰囲気じゃない。周囲の生活感がある建物とは違った、何というか、石造りのオフィスビル?
一階はシャッターとかはないけど、ガレージっぽい開けたスペースで、端には割と広めの階段がある。そこから上がった二階以上が居住スペースみたいだ。
階段を上っていくジャレンスを追ってぞろぞろと後を付いていく。
カードキーのような魔道具で入り口を開けると、だだっ広い事務室の様な空間に出た。
「この建物って何? 普通のマンションとかじゃないみたいだけど……」
「いえ、相場からは考えられない程に安値で放出されているビルなのです。少々問題はありますが、貴女方であれば問題にならないのではないかと紹介させて頂きました。皆さんで住まわれるには丁度いい大きさではないかと」
色々とおかしいところがあるわね。
「おっ? 皆で住むのか?」
「それはそれで面白そうだな!」
「お買い得ならいいんじゃない?」
「そうそう、なんたってあたしら金持ちだし!」
「楽しそうっすね」
収容所組はもうその気になって盛り上がり始めてるわね……どうしたもんかな。
「ユカリ殿、我々もご一緒させて貰っても良いだろうか?」
ジークルーネたちも一緒に住む気満々みたい。
フレデリカは仕方なさそうに、ヴァレリアは迷惑そうにしながらも少しだけ楽しそう。
もうそれでもいいか。
気に入らなければ勝手に出てくだろうし、その前に私が出てくかもしれないしね。
新しい街で束の間の集団生活をしてみるのも、悪くはないかな。
「そう言えばジャレンスさん、さっき問題があるとか言ってたけど、それって……」
あ、誰か来たわね。勝手に入って来るみたいだけど。
「あれ? 開いてるじゃねーか」
「だから言ったじゃないすか。入っていく奴を見たって」
「おう、誰かいるのか?」
どやどやと数人のガラの悪い男たちが入ってきた。
さっきまで楽しそうにはしゃいでたみんなも、今は静かに侵入者を観察してる。
「なんですか、貴方たちは? ここは私有地ですよ。すぐに出て行ってください」
ジャレンスが前に出て大人らしく対応する。
私はみんなに目配せだけして、とりあえず様子見だ。
「はあ? なんだこのジジイ」
「おめぇこそ誰だよ! 俺たちゃブルーノ組だぞ!」
「おう、おっさん! 商業ギルドの関係者か? なら丁度いい。さっさと俺たちの組に引き渡すように言って来いよ」
「なんだぁ? ついでにそっちの姉ちゃんたちもオマケしてくれるってのか?」
「結構いい女もいるじゃねぇか。おう、その胸のデカい奴! 俺の女にしてやってもいいぞ!」
下品な笑い声をあげながら、不愉快な目でこっちを見てくる。
あーもう駄目だ。
「ジャレンスさん、この物件の問題ってコレのこと? もしそうなら、今すぐに解決してもいいけど?」
「はぁ、その通りなのですが、タイミングの良いやら悪いやら。それに見たところ、この人たちは末端のチンピラです。この場だけでは解決にはなりませんよ?」
「それならこいつらの親玉に落とし前つけさせるから問題ないわ。みんな、私は念のためサラちゃんたちを守るから、そっちの雑魚は任せるわ」
アンジェリーナとヴァレリアを筆頭にした武闘派が前に出る。
街中だし相手も武器を持ってる様子はないから素手でやりあうみたい。
素手ならいつも私の訓練を受けてるみんなにかかれば問題ないだろう。それにチンピラどもは大して強くもなさそう、というよりもはっきり言って弱そう。鍛えてる私からしてみればね。
戦う人数はちょうど同数、チンピラは完全にこっちを舐めきってる。その様子にヴァレリアたちは怒り心頭だ。
「みんな、殺したらダメよ! 痛めつけるだけにしておきなさい!」
自分たちの新居になるかもしれない場所なんだ。そこで人死には避けたいと思うのは当然よね。
うーん、みんな無言だけど、分かってくれたんだろうか。まぁ死んでなければどうにでもなる。適度にストレス発散してもらっても別にいいか。
元祖喧嘩っ早い女ナンバーワンのアンジェリーナが巨体とは思えぬスピードで、一番体の大きなチンピラに突撃した。
どうするのかと思いきや、そのままショルダーチャージを食らわせて相手を吹っ飛ばす。
それを皮切りに怒号をあげながら大勢で激突するけど、呆気無くチンピラどもは沈黙した。骨がなさすぎる。
不法侵入者が座り込んだり倒れたりしたまま、痛てぇだのなんだのと言っている中、アンジェリーナがチンピラのリーダー格を捕まえると引きずって連れてきてくれた。
有無を言わせぬパワーと迫力は、粋がってるチンピラでも下手には逆らえないらしい。
「痛てぇ、おい、やめろ! こんな事してタダで済むと思うなよ、てめぇら、ぐあっ!」
放り捨てられるように私の前に投げ出された哀れな奴。
喚き始めるんで、私と横に来たアンジェリーナ、ジークルーネで威圧して一旦黙らせる。
「お前たち、ブルーノ組とか言っていたな? そこのボスと話がしたい。どこにいるか教えてくれないか」
なぜかジークルーネがチンピラの髪の毛を掴みあげてノリノリで尋問を始めた。元青騎士も私たちのノリに染まってしまったんだろうか。
でも、意外と楽しそうで何より。
「お、親父は、そ、そうだ! 旅行中だ! 旅行中だから今はいねぇんだ。それに女の分際でこんな事してタダじゃ済まねぇぞ? 今なら許してやるからよ」
やれやれ、何を言い出すかと思えば。
完全に嘘だ。親父とやらに、私たち女にボコボコにされて負けたことがバレたくないだけだろう。
ジークルーネが悪い笑みを浮かべながら、置いてあった剣を取り出して抜剣する。
ゆっくりと肩口に剣先を置きながら、もう一度問いかける。
「わたしは嘘吐きが嫌いなんだ。覚えておいてくれないか。いいな? ではもう一度聞こう。ボスはどこにいる?」
役者が違いすぎる。ジークルーネの冗談とは思えない脅しにチンピラは簡単に屈した。
こいつらの話によれば、なんとこのビルの真裏がそうらしい。随分と近い場所に親玉がいるってわけだ。
建物は横もびっちりと隙間なく立ってるからショートカットはできず、真裏の建物でも一旦は路地まで出て向かわないといけない。
察するに、このビルを手に入れて事務所の拡張でもしたいんじゃないかな。向こうの事情なんかどうでもいいけどさ。
実際のところ、ブルーノ組の事務所はジャレンスさんが知ってたらしいから、本当はチンピラに聞くまでもなかったんだけどね。
「じゃあ、とっとと乗り込んで話を付けて来ようか。面倒事はできるだけ早く片付けたいし」
「ユカリ殿、わたしも今回は同行させて欲しい」
うーん、ジークルーネにはここで非戦闘員を守ってて貰いたかったんだけど。そうね、せっかくやる気になってるのに水を差すのも悪いか。
戦力的には少数で乗り込んでも十分だと思うんだけど、今後のことも考えると十分に脅しをかけておきたいところね。中途半端が一番ダメだ。
集団で乗り込んで威圧するのが効果的かな。どうしよう。
「ユカリ、いっそのこと全員で行きませんか? わたしやサラちゃんたちはさり気なく守って貰える位置にいれば大丈夫でしょう? それに、むしろこの全員の顔を覚えておいて貰いましょう。わたしたちの誰かに手を出したら報復すると、最初にガツンとやるのが良いと思います。どうせ身内は調べられたらすぐに分かってしまうのですし、隠す意味はないでしょう」
さすがフレデリカ、いいアイデアね。
「ならそうしようか。あ、でも行きたくない人は残ってても構わないわよ」
一応そう言ってはみるけど、残る人は誰もいないらしい。
「チンピラどもを何人か連れて行くわ。力自慢は適当なのを抱えて一緒に連れて来て」
私はリーダー格の首根っこを掴んで引きずって歩き出す。苦情は全部無視。嫌なら自分でキリキリ歩け。
みんなのやる気に満ちた熱気が心地いい。私もこのノリは結構好きみたいだ。
さてと、街についた初日から一発かましてやりますか。
ちょっと引き気味のジャレンスには一応釘を刺しておく。
「というわけなんだけど、なにか文句はある?」
「ゴホン! いえ、何も問題ないでしょう。多少のいざこざは日常茶飯事ですから。しかしやりすぎは禁物ですぞ。それだけ留意してくだされば、役人が出てくるような面倒事になったとしても、こちらで対処致しましょう」
「気が利くわね。じゃあ行ってくるから、少しだけ待っててくれる? このビルの説明がまだちゃんと聞けてないし、後で説明して欲しいからね。そう長い時間、待たせるつもりはないわ」
「かしこまりました。お待ちしています」
身体強化魔法を使ってるせいなのか、高揚感しか感じない。
これから見も知らないブルーノ組とやらに殴り込もうってのに、少しの恐怖も感じないのはなんでだろう。それどころか楽しみで仕方ない。
私はおかしくなってしまったんだろうか。
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