第16話、金とコネ

 貰えるものを貰った盗賊にもう用は無い。お次はトラックの運転手だ。

 このチョビ髭のおっさんには私たちを巻き込んだ落とし前をつけてもらう。座り込んでほっとした様子でいるけど、無関係の私たちを巻き込んだんだからね。ただで済ますつもりはない。

「そこのあんた、ぼけっとしてんじゃないわよ! 分かってんの? あれだけの数の盗賊団を相手に私たちを巻き込んだんだ。タダで済むとは思ってないわよね?」

「あ、その、もちろんです。女性とはいえ、助けて頂いたお礼は当然させて頂きます!」

「お礼ね。こっちは子供まで命張ってんの。相応のものでなきゃ納得できないわよ?」

 睨みを利かせながらできる限り低い声で凄む。女であることを舐められないようにしなきゃね。

「もちろんですとも。商人の男に二言はありません! 実はこう見えても、エクセンブラ商業ギルドで理事を務めております。すぐにレコードで謝礼金を支払う事もできますが、それよりも便宜を図る方でお礼をさせて貰えないでしょうか。見たところ、エクセンブラに向かっているご様子。そちらの方が貴女方の利益に叶うのではないでしょうか」

 急にしっかりとした喋り方になったわね。商人ってのも嘘じゃなさそうだけど。


「……商業ギルドの理事ね。それを証明できるの?」

「はい、ギルドカードがありますので。えーと、ほら、この通りです」

 差し出されるギルドカードを確認すると、確かにそう書かれてる。名前はジャレンスと。他のメンツにも見せてみるけど、特に不審なところはなさそう。

「分かった、信じるわ。でも、裏切ったら必ず報復する。それだけは忘れないことね」

 本気だってことが伝わるように、改めて睨みを利かせて念を押しておく。裏切ったら本当にタダじゃ済まさない。

「決して裏切らないと、商売の神クレーヴァに誓いましょう。それから商人にとって信用は何よりも大切なものですし、恩人を裏切るような真似はできません」

「それなら、もっと便宜を図ってもらえるように、これはサービスしておくわ」

 いつも常備してる上級の傷回復薬を投げて渡す。見た感じ重症じゃなさそうだけど、頭を打ってるみたいだから運が悪いとどうなるかわからない。せっかく手に入れた使えそうなコネだ。大事にしないと。

「これは回復薬ですか。ありがたく頂戴します。ごくっ……おお、素晴らしい」

 こっちは完璧に治るやつだから当然。


「で、商業ギルドの理事ともあろう人が、こんな時間にひとりで何やってたわけ?」

「はっ!? そうだ! 急がねばなりません!」

「え? 急に何よ!?」

「申し訳ありませんが、急用なのです! エクセンブラまですぐに帰還しなければ! トラックを起こすのを手伝って頂けませんか!」

「ったく、あとで事情は説明しなさいよ!」

 チョビ髭のおっさんの勢いに押されつつも、本当に急いでるらしいので手を貸してやる。この礼は何倍にもして返してもらおう。


 横転したトラックの側面に向かって、勢い良く岩石を隆起させてトラックを無理矢理に押し上げて起こす。側面がボコボコになるけど、元から事故車なんだから気にしない。やたら軽い感触だったけど、積荷はなんだったのかな。

「起こしたわよ。これでいい?」

「重ね重ね、ありがとうございます! このお礼は必ずや! ではまた後日、お会いしましょう。失礼します! あ、わたしの名前はジャレンスです! 商業ギルドのジャレンスまでお訪ねください! それでは!」

 トラックは無事に起動できたみたいで、暗い中をガタガタ音を立てながら走り去る。

 嵐のようなおっさんだったわね。また別の盗賊に遭わなきゃいいけど。


 なんとなく呆気に取られてると、今度は盗賊が律儀に別れの挨拶を送ってきた。

「世話になったな。回復薬は少し余ってるんだが貰ってもいいか?」

「律儀なことね。本数分の代金は貰ってるから遠慮なく持っていきなさい」

「なんでぇ、しっかりしてやがる。もう二度と遭いたくねぇもんだ。そんじゃな!」

 盗賊もいなくなって、やっと平和で静かな夜が訪れた。



 ふぅ、取り合えず戦利品の確認でもしてみようか。

 周りをよく見れば、みんなもなんか興奮状態。予定外のお宝ゲットだから無理もない。サラちゃんも無邪気にはしゃぎまわって空気が和む。

「みんな、ご苦労様。予想外の展開があったけど、終わり良ければ全て良し。さっそくお宝を確認してみようか! あ、それから盗賊からの迷惑料ってことで、ここにいる全員で山分けね。それでいい?」

 収容所組みはお祭り状態で、はしゃぎながら異議なしと答えてきたけど、ジークルーネたちは困惑してる。

「その、わたしたちまで貰ってしまっても良いのだろうか?」

「ジークルーネ、これは盗賊からの迷惑料なの。迷惑をかけられたのはここにいる全員で、分けることに異存がある人もいない。遠慮せずに受け取っておけばいいのよ。オーケー? さ、フレデリカ頼むわね」

 お宝を前にしてうだうだ言うのは無粋ってもんだろう。


 歓声が上がる中、フレデリカがお宝を広げて見せてくれる。

 アンジェリーナが最初に見せてくれたときには、もっと大量にあったからその半分くらいって思ってたんだけど、それよりも少ないわね。まぁ、それでも結構あるけど。

「見て分かる通り、すぐにレコードへの換金ができそうな金貨や宝石類をメインに貰っておきました」

「なるほどね。フレデリカ、ジョセフィン、ありがとう。その方が分けやすいから助かるわ」

 ふたりが珍しく少し得意げだ。

「それから盗賊の宝箱には偽金や大きいだけで価値の低い宝飾品がかなり混ざっていましたから、思ったよりも量自体は少ないかもしれません」

「そういうことか。あの盗賊どもじゃあ、目利きなんかできないだろうし当然かな。でも、これだけでも結構な額にはなるんでしょ?」

「なりますよ、大戦果です。少なく見積もっても、ざっと一億八千万ジスト程度にはなると思います」

「………………は?」

 しばし時が止まった。


「待って。いちおく、はっせんまん?」

「そうなりますね。宝石類はもう少し高値で売れるかもしれませんから、それ以上になる可能性もありますよ」

「……マジ?」

「大マジです。それに先ほど商業ギルドにツテができたのは運が良かったと思います。わたしたちみたいな余所者が、いきなりこんな財宝を持っていっても、まともに換金できたかどうか」

 徐々にだけど、私も含めてみんなのフリーズが解け始める。一夜にして大金を得た現実に心が追いついてきた。

「……私たちって金持ちになったのね。 ふ、ふふふ、あーはっはっはっ! ごほっ、ごほっ」

 混乱ついでの景気づけにわけの分からない笑い声をあげると、みんなの爆笑が重なった。


 しばらくみんなで笑い転げて満足すると、笑顔で今後の展望を語り始める。

「まずは賭場だろ!」

「よし、倍に増やしてやる!」

「やめとけ、やめとけ、すっからかんにされちまうよ!」

「あたしは酒を浴びるほど飲むぞ!」

「美味いもの腹いっぱい食べたい!」

「飲んで食べて歌って、遊びまくるよ!」

「ははっ、当分は遊んで暮らせそうだぜ!」

「男よ、男! これだけ金があれば男なんてイチコロよ!」

 酷い。あまりに酷い。ロクデナシしか居ないじゃないの。

 賭場はなるべく阻止しよう。間違いなくカモられる。


「あんたたちね、もう少し将来のこととか考えて使いなさいよ」

「そういうユカリはどうするのさ」

「私は、そうね。取り合えず遊んで暮らすわ。あとは賭場荒らしかな」

 同じ穴の狢でした。

 いや、だってねぇ。焦って働く必要ないし。

「結局、一緒じゃねーか!」

 また笑いが止まらなくなる。辛いことがあったばかりで、ずっと塞ぎ込みがちだったジークルーネたちも私たちに釣られて笑ってる。


 楽しい夜だな。まさに災い転じて福となす。

 何にせよ、これだけの資金があれば当分は生活に困ることはないわね。



 ひとしきり騒いで、そろそろ就寝。

 その前に、フレデリカ、ヴァレリアと少々お花を摘みに川べりまで移動する。

「明日にはエクセンブラに到着予定だよね?」

「そうですね、このままのゆっくりとしたペースですと到着は明日の夜になりそうです。夜には街の門が閉まりますから、入れるのはさらに次の日の朝になりますね」

「ま、急ぐ理由もないし、このままのんびり行こう。ヴァレリアもそれでいい?」

「お姉さまと一緒なら、このままずっと旅をしていても良いくらいです」

「うん、旅はしないけど、街に着いても放り出したりしないから安心しなさい」

 可愛い妹分だ。この際、一人前になるまでは一緒にいてあげよう。

 嬉しそうに腕に捕まってくるヴァレリアを撫でながら、フレデリカと苦笑する。


「あ、そう言えば……」

 なんとなく納得いかなそうな声音で、フレデリカがこそっと聞いてきた。

「なに?」

「ユカリなら金や宝石なんて、どうとでもなりますよね?」

「そうね。はっきり言って、どうとでもできるわよ。でも私に頼りすぎるのも、どうかと思うからね。ああして戦利品が山分けできて良かったわよ」

 鉱物魔法は錬金術なんて目じゃないほどの便利すぎる魔法だ。貴金属が作れるってことは、無闇に人に知られていいものじゃない。

 薬魔法も同様で、街で暮らすのであれば、より一層気をつけねばなるまい。とはいえ、不便に感じるほどの遠慮をするつもりもないけどね。


「そう考えると盗賊に遭遇できたのは運が良かったですね。お金も手に入って、ユカリが無茶をする必要もなくなりましたし」

「だね。エクセンブラに着いたら商業ギルドですぐに換金しよう。住む所も紹介してもらわないと」

「ずっと宿暮らしをするよりも安上がりですからね。あ、どうせなら一緒に暮らしますか?」

 冗談ぽくフレデリカが言うけど、私にとっては渡りに船。不慣れな世界の街での生活になるし、ずっと同部屋だったフレデリカならお互いに遠慮も要らない。教えて欲しいことなんかも、たくさん出てくるはずだ。

「フレデリカがそこまで言うんなら仕方がない。一緒に暮らしましょう、心の友よ!」

「え、えっ? 本気ですか?」

「お姉さま!」

「分かってるって。もちろん、ヴァレリアも一緒にね」

「はい!」

 フレデリカよ、流されやすい女。

 三人暮らしかぁ。またしばらくは賑やかになりそうね。



 日の出前から起き出す健康優良児に釣られて、私もばっちり目が覚める。朝はまだ冷えるけど、少し冷たい空気は気持ちがよく目覚めは良い。

 サラちゃんと一緒に、体の目覚ましがてら川まで散歩して、ついでに顔も洗う。

 ゆったりした流れの大きな川だ。大河にカテゴリーされる川なのかな。それに凄く綺麗だ。もう少し暖かい季節になれば、ここで泳ぐのも悪くないかもしれない。


 ふたりで川原で遊んでると、完全に日が出てきた頃に同じように川にやってくる人がちらほらと現れる。

 寝床に戻ると調理班の朝ごはんを待って、しっかりと食べる。朝食は一日の基本、大事だからね。それにしても魚食べたい。刺身とは言わないから、せめて焼き魚を。煮魚でもよし。


 今日が最後の移動になる。早く着きたい気持ちもあるけど、安全運転のマイペースで行こう。ゴールは近いんだ、焦ることはない。


 昨日みたいなトラブルもなく、順調にジープは進んでいく。

 不謹慎だけど、盗賊カモン! みたいな空気が若干ある。昨日ので味を占めちゃったからね。


 恒例の休憩時間にはメアリーさんが熱心に体力作りに励んでる。こりゃ本気だね。基礎体力が付いたら、稽古でもつけてあげようかな。



 夕方から夜、完全に日が落ちてもまだ着かない。

 ちょっと心配になってきた頃になって、ようやく街の外壁が見えてきた。

 大分遠くて、星明りに照らされたシルエットしか見えないけど、目的地に間違いないだろう。

「やっと着いたか」

「もう街には入れませんから、この辺りで野営にしましょう」

 私が運転する先頭車両が街道から外れて停車すると、後続車両もそれに続く。


 下車して手早く調理用の魔道具なんかを準備して焚き火を囲むと、ポットに作っておいた紅茶フレーバーの体力回復薬をみんなに振舞う。

 調理班が夕食の準備をしてくれてる間には、やっぱりエクセンブラの話題が中心になる。

 滞在経験のある人が大げさに吹聴する冗談で、静かな平原が賑やかになっていく。


 いよいよか。やりたいこと、やるべきことが色々あるわね。

 何をするにも先立つ物が必要ってことで、商業ギルドに直行することは決まってる。

 理事のジャレンスが居る時に換金したいから、あんまり早い時間には行かず、ゆっくり目で街に入ることになった。


 さてさて、異世界の街か。一体全体どんなところかな? 楽しみね。

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