第11話、冬の訪れ、研鑽の日々
季節が変わり、新たに入って来る者、出て行く者があった。
ローザベルさんを始めとした治癒師と、オフィリアの冒険者チームは本格的な冬到来の前に、めでたくシャバに戻った。
そもそも彼女たちは旅人であって、特別な理由もなく不当に拘留されてたんで当然と言えば当然。でも居なくなるとやっぱり寂しいもんね。
「ユカリ、お前はあたいの命の恩人だ。いつか必ず恩は返すぜ! じゃあまたなっ!」
オフィリア、ワイルド系エルフ、おっとり系エルフ、穏やかなお姉さま、獣人少女の冒険者パーティ。最後の晩にオフィリアが言った言葉は本気と受け取った。ふふっ、必ず恩は返してもらおう。
ローザベルさん、エルフのコレットさん、ちょっと年嵩のお姉さま二人の治癒師も同時に去った。ローザベルさんには約束通りに回復薬を渡すし、早い内に交流がありそう。
旅立つ全員と挨拶を済ませ、またいつかの再会を約束した。
ロマリエル山脈の大半が雪に包まれる頃、収容所もまた一面の銀世界へと様変わりする。
その銀世界の中で、膝上までずっぽり埋まるほどの積雪の中を数十人の女が列を成して走り回る。
「ペースが落ちてる! まだ半分も行ってないわよ!」
先頭で雪を掻き分けながら、背後に向かって活を入れる。
一部というか今では大半の収容者にとっての日課と化したトレーニングの時間は、現在の季節は雪上訓練となってしまってる。
別に雪山登山や雪中行軍をするわけでもないけど、異常に体力を使うんでトレーニングにはもってこいなんだ。それに根性を鍛えるのにも丁度良いでしょ?
なんだかんだ、身体の強さとは別に心の強さもあるに越したことはない。文字通り弱肉強食の世界なんだ、女もタフでなくちゃね。
誰に強制されてるわけでもない自由参加だから、無理をする必要はない。途中で帰ったっていいし、最初から来なくてもいい。
体力に個人差はあるし、体調もその日によって様々。毎日来る人もいれば、一日休んでも翌日には参加してる人や数日置きに参加するペースの人もいる。だけど、出席率は異様に高い。
何が彼女たちをそうさせるのか。
悪いことじゃないから私は特に気にしない。たくさんいる方が楽しいしね。
そして、過酷なランニングが終われば少し休憩して雪合戦の時間だ!
雪合戦。雪だまをぶつけ合うだけの簡単な遊び。
私が適当に作ったルールでだけど、娯楽に飢えた女たちには大層受けてしまった。
チームをふたつに分け、自陣に大きな雪だるまを作る。敵陣の雪だるまを先に破壊した方が勝ちの単純なルール。
互いに雪だまをぶつけ合って、ぶつけられたら即退場。判定は審判が行う。残念ながら審判は私で、選手としての参加は全員一致で認められていない。当然と言うかなんというか、投擲術が強すぎるせいなんだけど。
適当にチーム分けを済ませると、各陣地に分かれて早速試合開始。
「おらぁっ! 死ねやっ!」
「ヘボい球投げてんじゃねぇ! そんなん当たるか!」
「痛っ! 痛い、痛い、もう当たってるって!」
戦術も何もあったもんじゃない。血気盛んな連中が雪だまを投げ、罵り合いながら突進する。
ここのメンツではキャッキャウフフと言った光景にはならず、ご覧の有様である。
私は審判の務めを果たすべく、被弾した者を容赦なくどんどん排除する。ここには紳士なんて居ないから、被弾の自己申告なんて全くないんだ。実力行使あるのみ。
試合が終われば、みんな疲労困憊でぐったり。
でも、勝った方も負けた方も満足げだ。楽しんでトレーニング、良いことよね。
ちなみに負けた方は、罰ゲームでスクワットが待ってる。ここでもまたトレーニングとはね。これは私が言い出したわけじゃないからね。
そしてトレーニングの後には、新聞雑誌からの情報収集。
雪の季節で国際情勢に特別な動きはない。娯楽の記事が目立つ。
今、一番熱いのは北方の大国ベルリーザの第四王女様。フルカラーで、デカデカと載せられた女の子の写真に目が惹き付けられる。
見た感じは十代後半くらいだろうか。赤みがかった長い金髪に、挑戦的に輝く赤紫の瞳。赤黒いドレスを身に纏った自己主張の激しいスタイル。不敵に笑う表情。かなり目立つだろう、物凄いド派手な印象の女の子だ。
「最近多いですよね、悪姫の記事。わたし、実は結構ファンなんです」
意外とミーハーなフレデリカ。
「そうなんだ。私も結構好きなんだよね、この子。見た目も、やってることも豪快で面白いわよね」
話題のお姫様は自国民にも周辺国にも、
悪姫がターゲットにするのは隠れて悪いことをしてる連中だけなんだけど、近隣の商会や民家に少なくない被害が出るのが玉に瑕。被害の補填は国王がやってるみたいで、国に対しては余り文句も出てないらしいし、国としても悪姫を好きにさせておいた方が良い理由が色々とあるっぽい。
黄門様じゃあるまいし、仮にもお姫様ともあろう者が悪者退治に精を出すとか面白すぎる。色んな意味で、注目せずにはいられない子なんだよね。
男社会の中でも例外的に目立ちまくってる女の代表と言える存在だ。
「ちょっとユカリと似ているかもしれません」
「そうかな? でも気が合うタイプかもね」
そんな機会はないと思うけど、会うことが出来たら楽しそう。いつかベルリーザを訪れてみるのもいいかもしれない。
夕食後の図書館は以前にも増して人で溢れ返ってる。
トレーニングだけじゃなく、勉強にもしっかりと取り組む人が多くなったみたい。
私はといえば、参考資料や図鑑を開きながら魔法のイメージを膨らませることに毎日取り組んでる。
まずは私の適正魔法である薬魔法。
傷回復薬は実践して効果も自分で確認済み。その他の回復薬は実際に試せてはいないけど、上手くできる自信はある。
ローザベルさんから教わった回復薬の作成は、一度の実践を経て、ほぼ問題ないと思える。
でも、よくよく考えると私の魔法適性は"薬魔法"なんだ。"回復薬作成魔法"じゃあない。
ということはだ。回復薬以外が作れてもおかしくないんじゃない?
治癒師たちと話していても一度も話題には出なかったし、資料でも確認できないけど、新しい回復薬や回復薬以外の薬を作れる可能性は排除すべきじゃないと思う。
例えば既存の回復薬を組み合わせて複数の効力を持つものや、これまでは液状の薬しかなかったけど粉末や錠剤が作れる可能性だってあるかもしれない。液体から固体にできれば、これは革命的なんじゃないか。
それから回復薬以外の薬。例えば、各種能力を上昇させるものや逆に低下させるものなんかも。
さらに攻撃に使えるものはどうか。元の世界のニトログリセリンは薬としてのほかに爆発物でもあったはずだ。そしてニトログリセリンが作れるならば、別のニトロ化合物も作れる可能性まで出てくる。より大きな威力を持つ爆薬を作れるってことで、魔法戦においての火力に期待が持てるようになる。
薬学の知識はあんまりないけど、魔法とはイメージこそが実現の大きな鍵。自身の魔法において肯定的なイメージはそのまま力となるし、研究する価値は十分にある。
あとは毒。もっといえば化学兵器。実際に使うつもりはないけど、切り札として有効だし考えておく価値はある。
薬魔法にはもっともっと多くの可能性が秘められているのではないか、そう思えてならない。
そして鉱物魔法。これも考えれば考えるほど奥が深い。
前にフレデリカから、空中に浮かぶ盾のアイデアを貰ったんで、そのイメージをできるだけ具体的にする考察。
鉄よりもずっとずっと頑丈な盾。素早く、一瞬で、不意をつかれても盾を作りどんな攻撃をも防ぐ。常時展開できればベストだけど、さすがにずっとは厳しい。省エネといっても限度があるだろうし。だけど毎回手順を踏んでから盾を作るんだと、間に合わないかもしれないからね。とにかく素早く、一瞬で防御できるようにイメージは完璧に、考えなくてもとっさに実行できるように。速度が肝心だ。
盾自体のクオリティも当然追求する。硬いだけじゃ駄目。柔軟さも必要になる。理想は戦車の複合装甲を真似したい。物理攻撃にも魔法攻撃にも完璧に耐えるんだ。
何しろ魔法はあるし、超人だっている世界なんだ。徹甲弾やミサイル並みの威力の攻撃だって当たり前のようにあるかもしれない。魔獣だっているし。
武器を持った敵からの斬撃、刺突、殴打、魔法攻撃の炎熱、氷結、雷撃、耐衝撃性と爆風の威力軽減など様々に想定する。
硬度、靭性、劈開(割れやすい方向の性質)、鉱物同士での摩擦電気、磁性のある鉱物、ファンタジー鉱物だってあるし、色々組み合わせて研究を重ねる。この想定だけでも、まさに無限の可能性がある。
でも最初の試作品としては、単純な構造が望ましいかな。やっぱり単結晶のダイヤモンドはイメージしやすい。それができれば次はハイパーダイヤモンド。透明なら使い易いってのもあるかも。ただ熱には弱いし、それこそ対魔法戦には不足かな。
防御力に重点をおきたいからやっぱり、ゆくゆくは合金の装甲を目指したい。この複合装甲を基本として、大きさは一メートル四方程度で不意打ちを想定し、一瞬で展開できるようにイメージを固める。
盾の大きさを変えたいときには、投入する魔力とイメージ次第なんで特に問題ないと思う。必要に応じて大盾、小盾と作ればいい。
あとは複数展開。同時複数攻撃への備えは必須よね。
まだまだ研究とイメージ確立が必要な構想段階だけど、摩擦電気や圧電気を応用して、強い磁性を帯びた鉱物から強力な電磁石が作れないか。さらに複合装甲に組み込めば、金属製の武器や防具を使う敵と接近戦になった場合、圧倒的に有利になれるんじゃないか。
魔力に対して反応する鉱物なんかもあるから、それを利用したアクティブ装甲とかも面白い。
薬魔法との兼ね合いになるけど、もしニトログリセリン的な薬品が作れるようになれば、爆発反応装甲の実現も可能かもしれない。本来の爆発反応装甲の用途とは全く違うけど、接近攻撃に対する切り札として有効だろう。
これらの実現には相当な時間と努力が必要だろうけど、ちょっと楽しみだ。そもそも不可能なことかもしれないけど、何しろ時間はたくさんある。気長に行こう。
また、身体強化魔法を併用した投擲術の可能性もまだ多いにあると思う。今のところ、投石しかやったことがないけど刃物を投げたり、対人戦では変化球も有効になるかも。さらにニトロ化合物の実現がなれば……自分でも恐ろしい。
身体強化魔法自体の向上もまだまだできるに違いない。やっぱり基本は大事だからね。近接格闘術を生かすためにもとっても重要。この基本こそが私の生死を分けることになるかもしれない。
まぁこんな感じで、研究・考察・妄想を膨らませてはいるけど、実際に石礫を飛ばせなかったように、イメージ次第でなんでもできるってわけじゃないみたいだから、実際にやってみなくちゃ分からないけどね。何事も実践ね。
こうした日々のイメージを確立する考察と研究、身体の鍛錬をこなして時はすぎる。
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