第9話、延長戦

 窓から差し込む夕日の眩しさに目が覚める。

 最近じゃ、かなり日が短くなってきたしね。そろそろ秋も終わりか。

 大した時間は寝てないはずだけど、すっきりとリフレッシュできたみたいだ。


 ベッドの周りには誰もいない。それを良いことに少しだけだらける。

 戯れに水魔法で小さな水球を作って口に放り込むと、うん、おいしい。

 魔法って便利よね。これを日常的に使う生活に慣れてしまったら、魔法封じの腕輪を付けられるのは、かなりの罰に感じるだろう。


 ……カプロス、どうなったのかな。

 なんとなく、もう終わった気でのんびりとしてたら、騒がしい声と音が聞こえてきた。

「負傷者はそこに寝かせておけ! まだ大丈夫じゃ、治癒魔法で治せる。これだけ治癒師がいるんじゃぞ、問題ないわ!」

 なにごと!?


 不穏な様子に飛び起きて隣の大部屋に移動すると、負傷した職員と収容者が数人運び込まれてくるところだった。ひと目で重症だと分かる人もいる。

 彼女たちを運んできたおばさん職員と目が合うと、切羽詰った様子で救援を求められた。

「ユカリノーウェか! 強力な魔獣と戦闘中なんだ、手を貸せ」

「なんなのよ。カプロスはどうなったの?」

「カプロスはもう通りすぎたが、相当な数を殺したからな。死体漁りに山から魔獣が下りてきているんだ」

 ロマリエル山脈からか。面白いのがいるかもね。

 負傷者が出てる中、悪いとも思わずワクワクしてくる。


「その中に強力な魔獣がいるってわけね」

「そうだ。みんな疲れているし、見てのとおり負傷者も出ている。いけるか?」

「当然。ちなみにその強力な魔獣ってのは?」

「ブライトエイプだ。しかも五匹いるぞ」

「上等な獲物じゃないの。すぐに行くわ」

 勉強家の私はもちろん知ってる魔獣だ。


 ブライトエイプは全身に白銀の毛を纏ったゴリラみたいな魔獣だ。雪男やビッグフットといった風情かな。

 ただ、口元がピラニアみたいに突き出していて、牙がびっしり生えてるのが凶悪で気持ち悪い。見た目を裏切らないパワーがあって、毛皮が鋼のように頑丈らしい。

 その頑丈で美しい白銀の毛皮は思いのほか軽く、冒険者や傭兵の装備品としてだけじゃなく、貴族を中心とした金持ちの装飾品としても人気が高い。そんな魔獣ね。


 さっきまでの、のんびりした気分なんて吹き飛んだ。

 私は不謹慎にも胸を躍らせながら、再び戦場に向かって駆け出した。



 まずは戦場の観察から。塀の上に飛び乗って睥睨すると、いるいる。

 ざっと数十匹ってところの色んな魔獣と、収容所のみんなが戦ってるのが見える。


 乱戦だから下手に投擲はできないわね。なんか高速移動しながら戦ってるのもいるし。というか、あれはゼノビアね。雑魚を蹴散らしながら、ブライトエイプを圧倒してる。さすがは優秀な傭兵といったところか。


 他にもオフィリアたち冒険者組みも活躍してる。大物は彼女たちが引き受けてるから、何とかなってるみたいだ。

 だけど雑魚魔獣の多さに対して、収容所側は戦闘員が少ない。乱戦になってるから、まとめて魔法で殲滅ってわけにもいかないし、そもそもカプロス戦で大規模魔法を使ってた人たちはガス欠みたいだ。


 取り合えず私は雑魚を減らしにかかろうかな。

「とぅっ!」

 塀の上から中型のトカゲ魔獣に向かって華麗な流星蹴りをお見舞いして吹っ飛ばす。

 ここからは念願の近接戦闘。身体強化魔法の影響で力が湧き出してくるように漲る。魔獣相手に手加減の必要もない。


 問題は対人戦闘しかやったことがないから、魔獣相手に上手くやれるかどうかってこと。

 さっきの蹴りの感触じゃあ、今の私の打撃じゃ一撃で倒すのは無理っぽい。かといって、魔獣に極技ってのも難しいような。首を狙うしかないかな。へし折ればさすがに倒せるよね。


 雑魚魔獣どもはこっちの物思いに構わず、次々と襲いかかって来た。

 鹿型魔獣の突進を避けると、続けて蛇型魔獣の噛み付きを避ける。観察しながら魔獣の動きに少しずつ慣れていこう。

 魔獣に知性は感じられない。本能のまま単純に力任せに向かってくるだけだ。これなら問題なさそうね。


 突進してきた鹿型魔獣を避けながら角を掴むと、強引に引き倒して頚椎を思い切り踏み抜く。

 いかな魔獣とて首をへし折られれば、大人しくなるようだ。即死はしてないけど、ほっとけば息絶えるだろう。このやり方は使える。

 魔獣の角や毛を掴んでは引き倒して、地道に一体ずつ排除していく。しまったな。ガントレットとグリーブ、装備してくれば良かった。


 哺乳類型みたな魔獣はいいとして、問題は蛇の魔獣だった。

 どうしたもんか。ぐねぐねしてるし、素手と運動靴の打撃だとあんまりダメージを与えてる感じがしない。鉱物魔法を近接戦闘でどう活かすかは、今後の重要な研究課題になるわね。


 そんなことを考えてたとき、近くで柄の長い大斧を振り回して戦ってる女が目に入った。

 狼型魔獣に囲まれて苦戦中、しかも全身血だらけだ。よく見ると、いつもイライラして喧嘩を売り歩いてる巨漢の女だ。タフさだけはあるようで、血だらけになるまで負傷していてもまだ戦えるらしい。


 ちょうどいい、蛇はこいつに任せよう。

「そこのあんた! この狼どもは私に任せなさい! 代わりに蛇の魔獣を頼んだわよ!」

 狼型魔獣を二匹同時に引き倒しながら、巨漢の女に向かって一方的に告げる。

「お前、武器を持っていないのか!? 分かった!」

 意外と素直に聞いてくれたわね。普段とは違って、命のかかった戦闘中だからなのかな。

 私が作った隙を突いて狼の包囲を抜け出すと、そのまま蛇に向かって切り付け始めた。あれなら大丈夫そうかな。



 そのあと、手馴れて来た手順で狼型魔獣を全滅させると、少しだけ気が緩んだ。

「ユカリ!」

 ゼノビア? と思った瞬間、意識が飛ぶ。

 すぐに地面に叩きつけられた衝撃と激痛で目が覚めたけど。


 ……痛い、熱い、苦しい。

 何が起こったのか、少し離れたところにいるブライトエイプを見て瞬時に理解した。


 あれにやられたのか。背中側から攻撃された左の脇腹が酷いことになってるのは見るまでもない。呼吸が上手くできないし、身体も動かない。ヤバイ、また気絶しそう。気が遠くなる。

 だけど、ここで終わることと死への反発が私を奮い立たせる。幾らなんでも、あんなエテ公に殺されたんじゃカッコ付かない。

 こんなところで死んでたまるか!

 朦朧としながらも意志の力で、魔力を練り上げる。動かない左腕じゃなく、激痛に耐えながら右手を左脇腹まで伸ばす。


 イメージ。

 私は薬作りに特化した魔法使いだ。どんな傷だって治せる。

 骨、神経、血管、筋肉、脂肪、それに遺伝子に刻み込まれた身体の設計図。魔力が生み出すアミノ酸が設計図の通りに細胞の全てを補完し人体を再生する。失った血液さえも例外じゃない。

 私の生み出す回復薬に不可能はない。

 全ては元の通りに。


 イメージのままに全力で練り上げた魔力を解放する。

 生み出した回復薬が身体に触れると、麻酔にでもかけられたように痛みが遠のく。

 身体に吸い込まれるようにして吸収される回復薬は、左脇腹だけじゃなく全身の傷を瞬く間に修復した。


 すぐに意識が完全に覚醒する。

 吹っ飛ばされてから大して時間は経ってないと思うけど、ゼノビアがブライトエイプや他の魔獣から私を守ってくれてたみたい。

 ありがたい。彼女がいなかったら回復する時間はなかっただろう。


 起き上がって脇腹を中心に体の調子を確かめるけど、何も問題ないようね。これなら大丈夫。

「ゼノビア、ありがとう。助かったわ」

「ユカリ!? 大丈夫なのか!?」

「守ってくれてたからね、その間に治せたわ。それより、そいつ貰うわよ」

「貰うって……やれるのか?」

「当然。もう油断はないわ。ゼノビアは他のをお願いね」

「それはいいんだが、無理はするなよ」

 やられたら、やり返す。もちろん、それが魔獣でも。あれは私の獲物だ。


 周りを見渡すと、残った魔獣の数はかなり少なくなってるわね。みんな満身創痍みたいだけど終わりは近い。

 他は任せて私は目の前のブライトエイプに集中しよう。



 ピラニアみたいな口で、よだれを垂らしながら咆哮を上げるエテ公。

 威嚇のつもりなんだろうけど、それがなんだというのか。

 油断が招いたこととはいえ、こいつには殺されかけたばかりだ。だけど恐怖は全然なくて、闘争心だけが湧き上がってくる。

 身の丈は二メートルほどの人型に近い魔獣だ。私にとって正面切って闘う分には、他の爬虫類みたいのよりか随分とやりすい。今までにできなかった技で全殺しにしてやる。


 エテ公は威嚇の咆哮のあと、獣らしく雄叫びを上げながら真っ直ぐに突っ込んでくる。拳を地面につけながらの四本足みたいな走り方で、本当にゴリラっぽい。

 近づくと勢いのまま乱暴に右腕を振り回してくるけど、余裕をもって回避。怒ったように今度は左腕を振り回す。

「ふっ!」

 それを掻い潜りざまに腕を掴んで、腋に肘撃ちを叩き込む。

 頑丈だという毛皮越しでも多少はダメージはあるようで、悲鳴じみた鳴き声を上げる。本能なのか咄嗟に離れようとするけど、私はがっちりと腕を掴んでそれを許さない。続けざまに脇腹に拳の連打を浴びせる。


 今度は右腕で掴もうとしてくるのを同じように掻い潜りつつ逆に捕まえて、腋に肘撃ちを連打。学習能力がないのか、同じように逆の腕を振り回してくるから、嫌がらせのように捕まえてまた肘撃ちを食らわした。


 ここで離してやると、飛びのいてから怒りの形相でまた威嚇してきた。

 噂に違わぬ頑丈な毛皮らしく、痛みは与えてもダメージは少ないようだ。だけど、それでいい。全然構わないし、むしろ望むところだ。

「この程度じゃ終わらないわよ。もっと楽しませなさい」

 私は自分でも分かるほどに獰猛な笑みを浮かべた。



 よし、その毛皮がどのくらい頑丈なのか試してやる。

 猛然と襲いかかる。一対一ならエテ公程度の攻撃はもう完全に見切れる。避けては痛烈な打撃を狙ったところに正確に打ち込む。拳と肘だけじゃなく、足と膝も使って徹底的に上半身だけを狙って叩きのめす。


 すると徐々に動きが鈍くなって、攻撃を受けるのを嫌がるようになってきた。表面上、傷はないけどダメージは十分に蓄積できてるみたいだ。毛皮に傷ができなくても、筋肉や骨にダメージは十分に通る。

 時間はかかってもこのまま殴り殺すことは可能だろう。強力な魔獣に対する、私の素手の打撃の程度は理解できた。身体強化魔法をもっと習熟すればさらに強い打撃も放てるだろうか。

 そろそろ次の段階かな。


 今度はエテ公の下半身を攻撃する。それも左膝を集中的に。

 毛皮に包まれたぶっとい足と関節は見るからに頑丈そうだけど、ダメージは通ってるはず。嫌がるようなエテ公のぶん回しを避けては、前蹴りや回し蹴りを左膝に次々と打ち込む。

 もう破壊するつもりで蹴り込んでたけど、その前に限界がきたみたいでエテ公が膝をつく。私のプランとは違うけど、まぁいい。次だ。


 膝をついて動けなくなったエテ公が我武者羅に抵抗するけど、無駄な足掻きだ。

 今度はこめかみに一撃を叩き込む。ちょうど良い位置に顔面が下りてきてるから、連続で顔面、鼻へと毛皮のない場所へ肘と拳を叩きつけて、文字通りボコボコにしていく。


 情け容赦ない怒涛の攻撃に、とうとうエテ公は体育座りでもするように、片膝に顔を隠すようにうずくまってしまった。

 凶悪な魔獣に対して、もちろんここで終わらせたりしない。

 うずくまるエテ公の背後に回って頭を抱える腕を力ずくで引き剥がすと、その腕を交差させるように伸ばす。両の肩と肘関節が極まった状態の背負い投げで、気合を入れながら思い切り引き倒す。

「こんの、エテ公ー!」


 ゴギャ! ボギッボギボギボギボギボギッ!


 気分の悪くなるような音を立てさせながら、エテ公の両腕を完全に破壊すると同時に脳天から地面に叩きつける。

 声も出ないエテ公の代わりに、誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 何かと思えば、手の空いた暇人が見物モードで私の戦いを観戦してるじゃないか。

「うわー、あれはないわ。痛そうなんてもんじゃないぞ」

「なんかあたし、あの魔獣に同情しちゃうかも」

「ていうか、あれ、素手だよな……やばくね?」

 などなど、相変わらず勝手なことを言ってくれる連中だ。なんとなく毒気を抜かれた気持ちで、エテ公に止めを刺しに行く。

 最後は首を極めてへし折ると、ゼノビアが駆け寄ってきた。

「一応聞くが、大丈夫か?」

「うん、怪我はないけど少し疲れたわね」

「本気で戦ってるところを見るのは初めてだったが、凄いもんだ。武器もなしに、よくブライトエイプを倒せるもんだな」

「まぁね。でも装備があればもっと楽に勝てたと痛感したわ」

「だろうな。ガントレットだけでもあれば、もっと余裕だったろうに」



 ギャラリーの方をよく見れば、何人かが倒れこんでるようね。

「ちょっと、倒れてるのがいるじゃない。治すわよ」

「ああ、命には別状ないはずだが、治癒師を待つより早くていいだろう。治してやってくれ」

 駆け寄ると、特に巨漢の女とオフィリアの怪我が酷そうだ。

 他のみんなも多かれ少なかれ怪我をしてるみたいだけど、ふたりほどじゃない。一番平気そうなのがゼノビアで、伊達に名の知れた傭兵ってわけじゃないようね。


 まずはオフィリアから手を付けよう。

 すぐ側で心配そうに介抱してた、ワイルド系エルフに声をかける。

「大丈夫よ、すぐに回復薬で治すから」

「頼む」

 言葉少なに場所を譲ってくれる。

 ぱっと見ただけでも重傷。重体か? ともかく酷い有様だ。擦り傷、切り傷、至るところにある痣、あらぬ方向に曲がった腕。さっき私が死にかけたときと同じように、とにかく全力で回復薬を生成してオフィリアの身体に吸収させる。

 見る見るうちに傷が治ってくのを目の当たりにすると実感する。やっぱり魔法って凄いわ。

「凄いな、上級魔法が使えたのか! ありがとよっ、これでオフィリアも大丈夫だ」

「そうね。一応あとで専門家の治癒師には診せた方がいいと思うけど」

「ああ、後はあたしが運んでくよ」


 意識の戻らないオフィリアをワイルド系エルフに任せると、今度は巨漢の女の番だ。

 オフィリアと見た目は大差ないような酷い具合だけど、こっちは意識があるみたいね。苦しそうな顔でこっちに視線を送ってくるけど、しゃべるのも辛そうだ。

「すぐに治るから少し待って」

 もし私が蛇型魔獣を任せたせいでこんな怪我をしたんだとしたら、さすがにちょっと申し訳ない気持ちになる。

 本日三回目、全力での回復薬作成。結構魔力の消費が激しいけど、もう戦闘もないし他の負傷者は治癒師に任せるから出し惜しみする必要はない。何もかも全部治してやる!

「……よし、これで大丈夫。まだどこか痛いところある?」

「あ、ああ……な、い」

「どうしたの?」

「ない……痛いところが完全になくなったんだ」

 驚いたように、そしてどこか呆然としたように呟く巨漢の女。

「上級魔法らしいからね。さっき自分が死にかけたときも治せたから、効果は保障できると思うわよ」

「ああ、すまない。ありがとう」

 なんか人が変わったみたい。憑き物が落ちたと言うかなんというか。普段のあのイライラはどっか悪いところでもあったからなのかな?

 機会があったら聞いてみようかな。


 気が付けば、そろそろ日が沈む時間。夜になる前に終わってよかった。

「やっと終わった」

「何を言っている、まだ終わっていないぞ」

 おばさん職員が私の呟きに水を差す。この人も戦闘員として活躍してたけど、まだ終わってないって?

「もう魔獣はいないわ。何があるってのよ」

「周りを見ろ。これを放っておくのか?」

 うーむ。おびただしい数のカプロスの死骸と、さっき倒した魔獣どもの死骸。確かに放っておくわけにもいかないけど、こんなにたくさんどうしろってのよ。

 いやいや、私に出来ることなんてないと思うんだけど。なにをどうすれば、これだけの後処理ができるってのよ?

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