九十九神示『祭の巻』①

『九十九神示』全文掲載 【祭の巻】①

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 今回は祭の巻の①です。最後まで重要な話が続きますので、ちゃんとした内容を知りたい方は是非上記リンク先で読んでくださいね。



 万有ばんゆうくくって真釣まつりの世を開く、結びの文の『祭の巻』です。


 令和六年、辰の年が御代みよはじめ、七年が大峠だと言いました。四方八方に龍神様が飛び交っておられる事も、分かる人には分かるでしょう。

 大峠を越せばまことのミロクの世が始まりますが、それもこれもあなた達の魂相応たまそうおううつる事を忘てはなりません。天国はあなたの内側から現れるのです。心のあり方、身魂の磨かれ方相応に映り出すのですから、外ばかり見ていては何も分からないのです。


 既にうれしたのしの天国を生きている者は大勢おられます。この神示を書かせている人も二十年のうつを抜け、今では雲ひとつない日本晴れの心になりました。

 一時はみょうふちまで落ちかけたのですが、神との約束を忘れる事なく、自分は何故生まれて来たか、自分は何者なのかを解き明かすため、九分九くぶくりんのいよいよの苦しみの中で一心不乱に真を学んだのです。


 毎日死ぬ事しか考えられなかった人が、この世の苦の一切を断たんと心のてんをひっくり返し、うれしたのしのミロクの世へと至る事が出来る事をその身をもって証明してみせたのです。全てと対話する心、全てに奇跡を見る心になって日々感謝と感動にむせび泣いています。

 この人は生きてどこまでも高みに行く事を求めているので、ますますその道を進んで行けるのです。誰もが求めれば与えられます。これは魔法でも神頼みでもなく、宇宙の働きなのです。


 あなた達がこれまでの世で隠されて悪用されて来た根本原理は、霊主体従のお仕組みです。良くも悪くも、あなた達が見ている全ては、自分自身の元なる氣によって具現化しているのです。

 分かつとらわれたよくの心で求めるものは、常に苦しみと表裏一体のせつてき喜びになって現れます。御魂の喜び、宇宙の喜びを願うごころで求めるものは、分かたれるもののない絶対的な喜びになって現れ、ただうれしうれしになるのです。

 今の世は地獄の断末魔の様相になっていますが、あなたがそれを天国にまつえようと求めれば、どこまでも天国がひらけて行きます。


 無理に思い込み、やせまんする事ではありません。何もかもひとつである事を知り、みんな家族である事を、みんな自分である事を知り、善も悪も、光も闇も、苦も楽も、自分も他人も、美しきもみにくきも、全てが働き合い、助け合う神の姿すがたである事をはらおさめて生き方にすれば、どんな地獄も自ずと天国になっていくのです。

 自分の氣の周波数が変わる事で、見るもの、感じるもの全てが天国的体験に書き換わっていきます。今までと同じ家、同じ仕事場にいても、別の次元の家や仕事場に移るのです。


 ミロクの世とは祭りの世です。祭りの世とは、全てが互いに互いを祀り合う世と言う事です。人と人だけではなく、草木も土も、鳥も獣も、魚も虫も、石も微生物も、何もかもが互いに祀り合い、対話する世なのです。雨の神と語らえば雨が降り、風の神と語らえば風が吹きます。

 草木も喜ぶまつりの世と伝えてきたでしょう。生命の一切が対話する世をたいの世と言うのです。生命の一切と対話する民を大和やまとの民と言うのです。


 人は太古のように霊と祀り合い、神と祀り合い、対話、交流しながら生きて行くのです。神人かみひと共に、かみ霊人ひと共にと伝えてきたでしょう。

 神は人にって神になり、人は神に依って人になります。霊人も同じです。現界げんかい霊界れいかいは共におうし、支え合ってこそ成り立ち、弥栄いやさかになるのが真の世です。


 今の世は祭りのない世、祀り合いのない世。誰もが心の真ん中に神を祀り、身と魂の釣り合った世を『真釣まつりの世』と言います。今は悪神あくがみあくりょうの道理で人心じんしんを動かし、誰もが悪の釣糸つりいとられた『魔釣まつりの世』です。

 今は神も仏も形ばかりの末法の世。この地獄の世を九分九厘まで潜り抜け、陰極いんきわまって陽に成すのが岩戸開きです。元の元の大神のちからによって何もかもをひっくり返し、元のはじめの『真釣りの世』に戻すのです。


 年に一度の祭りとは、神との祀り合いを忘れないための日です。神や霊に生かされている事に感謝し、日々のれいあやまちをお詫びし、共に支え合っている事を確かめ合う日です。

 その日だけ祀り合ってもダメなのです。日々神と霊と祀り合い、天地と祀り合って生きるのが真の人の姿です。それが出来れば祭りはいらないのです

 今の世はどうですか。年に一度の祭りすらなくなってるでしょう。残っていても形ばかり。魂の込もっていない祭り、日常の憂さ晴らしのための祭りばかりです。これは由々しき事なのです。


 祭りの世とは、全てがうれしたのしになる世。生きるための労働も金もいらない世の事です。働きたい人は喜びのためだけに働きます。遊びたい人は心行くまで遊んでいられるのです。

 だからと言って、身勝手なきょうらくの世ではありません。みんな神のことわり、宇宙のせつのっとって生きる世になるため、社会の調和のため、人々の幸せのために生きるようになります。世のため人のために生きる事が真の享楽になる世です。世のため人のために尽くす人だけがまつりごとを出来る世になります。


 自由な世と言っても、何でも好き放題に放言し、好き放題する事が自由だと思っている今の世の悪自由とは違います。厳しい秩序、厳しい法の中にこそ咲く真の自由と喜びの世です。

 法と言っても、今までのような法律や戒律はいりません。みんなが自分で自分をを律する事が出来る世です。律すると言ってもまんし、いましめる事ではありません。

 身魂が磨かれた人は戒めずとも自ずと調和の心、神心で生きられるのです。変わり者はいても悪人はいない世です。悪人は住めない世になります。身魂相応にふるいにかけられると伝えてきた事もこれでよく分かったでしょう。


 博打ばくち娼妓しょうぎ、夜の世界もなくなります。金がなくなるから、商売も税金もなくなります。それぞれに作りたいものを作り、やりたいことをやり、それを与え合う無償奉仕の世になるのです。

 これまでの金のため、身欲のための生業なりわいと言うものは全て必要なくなる道理もこれで分かるでしょう。文字通り、生業と言う考えがあなた達のあやま知のごうであったのです。


 ミロクの世では霊能力が当たり前になります。そこかしこで天地の交信が始まるのです。人々の想念もすぐに現実になります。みんな自分が神であった事を思い出してください。悪い想念を持つ人はいなくなるため、善い事ばかりが現実になってうれしたのしですよね。

 半霊半物質になって、どこでも自由に行き来する人が出て来ます。五感は超五感になり、見えない色が見え、聞こえない声が聞こえ始めます。


 人の見方も変わります。これまでのように生まれや学歴、社会的な地位や功績で人を見る人はいなくなります。身魂が磨かれ、それぞれの本性が見え透くようになるため、人は互いを魂の輝きで認識し合い、それぞれの霊格が分かるようになります。

 これまでの世では落ちぶれさせられていた霊格の高い人達が、いよいよ本領を発揮する世になるのです。

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