九十九神示『祭の巻』①
『九十九神示』全文掲載 【祭の巻】①
https://note.com/nayutabooks/n/nd1c805485e39?magazine_key=m0d7666a30e66
今回は祭の巻の①です。最後まで重要な話が続きますので、ちゃんとした内容を知りたい方は是非上記リンク先で読んでくださいね。
令和六年、辰の年が
大峠を越せば
既にうれしたのしの天国を生きている者は大勢おられます。この神示を書かせている人も二十年の
一時は
毎日死ぬ事しか考えられなかった人が、この世の苦の一切を断たんと心の
この人は生きてどこまでも高みに行く事を求めているので、ますますその道を進んで行けるのです。誰もが求めれば与えられます。これは魔法でも神頼みでもなく、宇宙の働きなのです。
あなた達がこれまでの世で隠されて悪用されて来た根本原理は、霊主体従のお仕組みです。良くも悪くも、あなた達が見ている全ては、自分自身の元なる氣によって具現化しているのです。
分かつあやま知に
今の世は地獄の断末魔の様相になっていますが、あなたがそれを天国に
無理に思い込み、
自分の氣の周波数が変わる事で、見るもの、感じるもの全てが天国的体験に書き換わっていきます。今までと同じ家、同じ仕事場にいても、別の次元の家や仕事場に移るのです。
ミロクの世とは祭りの世です。祭りの世とは、全てが互いに互いを祀り合う世と言う事です。人と人だけではなく、草木も土も、鳥も獣も、魚も虫も、石も微生物も、何もかもが互いに祀り合い、対話する世なのです。雨の神と語らえば雨が降り、風の神と語らえば風が吹きます。
草木も喜ぶ
人は太古のように霊と祀り合い、神と祀り合い、対話、交流しながら生きて行くのです。
神は人に
今の世は祭りのない世、祀り合いのない世。誰もが心の真ん中に神を祀り、身と魂の釣り合った世を『
今は神も仏も形ばかりの末法の世。この地獄の世を九分九厘まで潜り抜け、
年に一度の祭りとは、神との祀り合いを忘れないための日です。神や霊に生かされている事に感謝し、日々の
その日だけ祀り合ってもダメなのです。日々神と霊と祀り合い、天地と祀り合って生きるのが真の人の姿です。それが出来れば祭りはいらないのです
今の世はどうですか。年に一度の祭りすらなくなってるでしょう。残っていても形ばかり。魂の込もっていない祭り、日常の憂さ晴らしのための祭りばかりです。これは由々しき事なのです。
祭りの世とは、全てがうれしたのしになる世。生きるための労働も金もいらない世の事です。働きたい人は喜びのためだけに働きます。遊びたい人は心行くまで遊んでいられるのです。
だからと言って、身勝手な
自由な世と言っても、何でも好き放題に放言し、好き放題する事が自由だと思っている今の世の悪自由とは違います。厳しい秩序、厳しい法の中にこそ咲く真の自由と喜びの世です。
法と言っても、今までのような法律や戒律はいりません。みんなが自分で自分をを律する事が出来る世です。律すると言っても
身魂が磨かれた人は戒めずとも自ずと調和の心、神心で生きられるのです。変わり者はいても悪人はいない世です。悪人は住めない世になります。身魂相応に
これまでの金のため、身欲のための
ミロクの世では霊能力が当たり前になります。そこかしこで天地の交信が始まるのです。人々の想念もすぐに現実になります。みんな自分が神であった事を思い出してください。悪い想念を持つ人はいなくなるため、善い事ばかりが現実になってうれしたのしですよね。
半霊半物質になって、どこでも自由に行き来する人が出て来ます。五感は超五感になり、見えない色が見え、聞こえない声が聞こえ始めます。
人の見方も変わります。これまでのように生まれや学歴、社会的な地位や功績で人を見る人はいなくなります。身魂が磨かれ、それぞれの本性が見え透くようになるため、人は互いを魂の輝きで認識し合い、それぞれの霊格が分かるようになります。
これまでの世では落ちぶれさせられていた霊格の高い人達が、いよいよ本領を発揮する世になるのです。
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