人は何故お告げを求めるのか

 お告げ、予言、預言、神託、神典、神示……広義な意味で言えば、占いもそれに含まれるでしょうか。時に人はそう言う目に見えない存在からのメッセージを求めます。それは何故なのでしょうか。

 結論から言うと、不安を払拭したいからです。安心したいからです。予言を例に取ってみると分かりやすいですが、未来に不安がなければ知りたいとは思いませんよね。


 もちろんそれに付け込んだ詐欺も数多く発生し、様々な被害も発生しています。人は望ものを信じがちなので、騙される人は出てしまうのですよね。きっと、これからもずっと……。

 騙されないためには冷静な判断力が大事です。それがない人は何度か騙されて経験を積むしかないのかも知れません。直感で回避出来る人もいる事でしょう。


 お告げを求めるのは安心したいからですが、何故お告げにそれを求めてしまうのか。何故見えないものに託してしまうのか。身近な人や偉い人、誰かの言葉ではダメなのか。それは、見えない世界からのメッセージが、どこか抗えない絶対的なもののようにも感じてしまうからなのでしょう。

 そして、証明が出来なくとも、一度受け入れてしまうとその後も信じ込んでしまう。人にはそう言う習性みたいなものがあるのかも知れません。


 そもそも、宗教とは神ありきです。なので、世界中で神が乱立しています。それが必要な時代も確かにありましたが、常に権力者に利用されてきました。見えないものを信じる人の習性を利用されてきたのです。

 本来の宗教とは言語のようなものだと私は考えています。言語には優劣はありませんよね。本来は万教同根で、同じものを違う名前で呼んでいるだけ。争いは一神教が起こしています。しかしこれもそのように改竄されたから。


 話を戻します。人が見えないものに救いを求めるのは、それ以外の手段で救われなかった場合が多いのですよね。特に怪我や病気、貧困や八方塞がりになった時など、どうしようもなく苦しくなった時。困った時の神頼み。なので、焦って藁を掴んだら詐欺だったと言う事もある訳です。

 ただ、そう言う状況になったからこそ響く言葉もあります。届く言葉もあります。


 お告げは何でも有難がらなければならないものなのでしょうか。そんな事はありません。お告げの内容も千差万別です。判断するのは冷静な判断力と直感です。鵜呑みにするのではなく、しっかりと吟味する事が大事です。

 言葉を降ろす存在が全て偉い訳ではありません。人の世界と同じなのです。一旦は受け入れても、違和感を覚えたら拒否していいんです。自分の感性を信じましょう。


 人生の全ての経験はより良く生きるための学びになります。縁あってお告げに触れる機会があったなら、それもいい経験になる事でしょう。特別に有難がる事も恐れる事もなく、当たり前に接すれば正しく見極められるのではないかと思います。

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