様々な教えがあるのは、様々な未来があるからなのかも

 この間、様々な新興宗教の本部の建物を空撮する動画を見つけたんです。いやはや、日本に限っても色々な宗教団体がありますねえ。ある程度の規模なものだけでも両手じゃ足りないくらいありますし、どの宗教の建物も個性的。つまりは信者とお布施が多いのですね。恐るべし集金システムと宗教法人の力。


 その動画ではざっくりとした教えの内容と、信者の義務(年会費的なやつ)の解説もテロップで表示してくれていて、そりゃあ立派な建物も建てられるわなと感心してしまったものです。信教の自由ってすごい。

 どの主教も立教した当初はとても志が高かったと思うのですけど、今もその当時の高潔さを保っていられている組織はどのくらいあるのかしら? まだ教祖が存命中は統率も保たれているところが多いと思いますけど、亡くなった後は? どんどん形骸化していきそうな気がします。儲かると堕落するのが世の常ですからねえ。


 で、それぞれの宗教はそれぞれの教義を持っていますよね。つまリはそれぞれが世界を救う唯一の道だと主張している訳です。こりゃ一体どう言う事なのでしょう。

 勿論中にはインチキ教もあったりするのでしょう。ですが、それらを除いても正当な神の導きだと主張するところは多いと思うのです。私はそれについて考えてみました。


 日本人の考えは一神教ではないので、まぁ全てが共存でも構わないんですよね。そして、一番信者が多いところが一番強いと言う事もないと思います。

 新興宗教に関して言えば、信者さんはそれぞれの教えが気に入ったから信仰しています。合わなかったからと次々に宗派を変える人もいます。それって恋人選びに近いものがあるのかも知れません。浮気性の人っていますよね。あれと一緒。


 で、私の考えなのですが、正当なものならそれらは全て本当なのかもしれないと言うものです。パラレルワールドと言う考えがありますけど、つまりそれぞれの宗派が世界を救った世界線があるんじゃないかと。枝分かれしていく未来ですね。

 その可能性の数だけ宗教の数がある――。そうだったなら面白いなと。


 今回はただの妄想ですので、軽く聞き流してくれると幸いです。私は強制的な集金システムが存在する宗教は胡散臭く感じています。それで救われている人はそれでいいと思いますけどね。

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