彼氏の性格を治してー後半②

目をさますと、

ほのかに香る消毒の匂い。

そこは天国で、

ある意味地獄だった。


健二「晴ちゃん大丈夫!?」


保険医「ほら、目も覚めたし

約束通り教室帰んな」


 姉御肌な保険医に蹴り出される

ようにして健二が退室していく

のを見て、凡その状況を

把握する。


晴香(私を大切にしてくれる……凶悪なお願いだ)


頭を抱える私をにやにやと

見る保険医。


晴香「……私は?」


保険医「登校中に倒れたのを

健二君が連れてきた。

あたしとしては健二君の方が

色々アブナイ気もしたけど、

なんかあったのか?」


晴香「心を入れ替えた

そうです……」


保険医「あっそ」


 サバサバした性格の保険医で

助かったと言うべきだろうか……

それにしても、

これからどうなるのだろうか。


 私の願った"治す"は、

料理上手や頭がいいなんて

言う理想もあるが、

以外は全て幼馴染だった頃の、

一緒におママごとをしていた時

に見た様な昔の健二との

生活そのもののはずだった。


ただ、今のスペックで、

昔の健二そのものの行動をする

事がこんなに恐ろしいとは

夢にも思わなかった。


なんというか、無垢すぎる。

羞恥心がなくて、

周りが見えていなくて、

素敵は素敵だけども、

危うすぎるのだ。


 このままでは私達は

バカップル決定だが、

今の健二にそれを説明するのは

無理だろう。


事前に阻止しようにも

今の健二のピュア過ぎる発想は

私の理解を超えている。


そう、一瞬でも目を離せば

何をするか……いや、

もしかしたらすでに、

私が寝ている間だって……と、

そこまで考えて一つ、

ベタな危惧が過ぎった。


晴香「……因みに、私は健二に

どやって連れて来られたん

ですか……?」


そう言うと、保険医がニヤける。


保険医「ドラマとかでたまに

見る奴だったよ。

ほら、あの……」


晴香「分かりました。

もう何も言わないで下さい……」


 色々な意味で傷心だった私だが、うちは精神科じゃねぇと言った

保険医に追い出され教室に

向かって歩いた。


道行く生徒が妙にこっちを見る。どうやら完全に手遅れらしく……


優「よっ、姫!!元気出たか?」


 親友の第一声に心を砕かれた。


未央「晴ちゃんどうしたん?

と、言うか彼氏さんが

どうかしたんかな??」


晴香「……うん、色々、色々あったの」


 引きつった笑みで私は

そう言うしかなかった。


元の健二に受けた事も、

非合法な病院にいった事も、


どう切り出す事も出来ず、

そう言った私に2人は

何も言わずに肩を叩いて、

他愛ない他の会話を

選んでくれたのだが……


昼休みになれば、

また次の問題が起きる。


健二「晴ちゃん!

お弁当持ってきたよ」


脳裏に過るのはあの備考の

料理上手の項目。


晴香「……わぁ……」

自分でも驚くほど低い声が出た。


小箱に入ったご飯、

スクランブルエッグ、

エビフライや炒め物、

添え物のプチトマトまではいい。


メインらしいお肉は、

いつから煮込んだらそうなる

のか、箸では掴めないのでは

ないかと危ぶむ程に柔らかい

スペアリブでパックを開けると

教室中に濃厚な旨味を含む

肉ダレの香りが広がった。


そして、別の包みに丁寧に

包装されて保冷剤を適度に

敷かれていたのはホール形状の

シフォンケーキで、表面には砂糖を焦がしたザラメまで

敷かれている。


優「負けた……女子力で負けた」

未央「はぁ、羨ましいわぁ」

晴香「……」


 流石の親友もこれを見て見ぬ振りは出来なかった様で

会話に加わる。


晴香「……でも、これ多いよ?」

健二「みんなで食べればいいよ。ケーキは残ると思うけど、形良く焼くのはホールが良いし、部員に配れば残らないから」


 私の精一杯の苦言も通じず、

ニコニコとした健二は私や

みんなが食べる弁当を楽しげに

眺めていた。


そして、その頃から周囲の健二

の印象が大きく変わり始める。


部員「優しい先輩で、

面倒見も良くって最高です」


クラスメイト「ズルいよな。

勉強も運動も100点だし、

でも、勉強教えてくれるし

文句の言いようが無いわ」


女子「ファンクラブ入っちゃい

ました。でもみんな織田さん

より料理下手だし

野球の応援くらいしか

できないんですけど……」


 最初こそ突然勉強が出来、

性格の豹変した健二に驚いた

周囲もケーキに胃袋を掴まれ、

神対応としか言えない

面倒見の良さにほだされ

驚くほど早く新しい健二は

みんなに認められていった。


 ただ、私だけはそんな健二を

納得出来ない。


みんなが羨む健二といれば

それは良い扱いもある。


実際、はじめに危惧した様な

バカップルぽさは残るものの、

それを学内の全生徒が承認して

しまった今では恥ずかしがる

方がおかしい雰囲気にさえ

あるが、あれは本当に健二

なのだろうか?


 放課後、

手を繋いで歩く私には

健二の影が見えない。

まるで別人になってしまった

健二。


 今までの健二はどこへ

行ってしまったのだろう。


 手……そう言えば外で手を

繋ぐのは初めてだ。


 健二は野球部に入ってから

妙に世間体を気にする様に

なって、2人きりの時や

メール以外では態度を

変えなかった。


 今の健二はテストは全て

100点だけど、あの頃の健二は

私が勉強の世話を焼いていて、


テスト範囲から知らない

大馬鹿健二を赤点にしない為の

テスト週間はそれはもう

大変だった。


 健二は……料理も出来ない。


両親が出かけていない日、

お徳用パックの10個入り卵を

そのままレンジで爆発させて

途方に暮れた健二から電話が

来る事はもうないんだろう。


 優しくなくて、よく……間違う。粗暴で、かっこうつけで

格好悪い。


それでも、それが

今の健二だった事を

今更になって思う。


じゃあ、その健二は

どこにいったのだろう?


途端に、

寒いものが背筋を降りた。


 健二はもういないのだ。


そして、


健二を変えたのは、

無くしたのは私だった。

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