たいくつな毎日
与えられた部屋は、馬鹿みたいに広かった。
扉で仕切られた小部屋がいくつかあり、そのうちの一つがこの寝室だ。
おぼろげな記憶の中では、寝室、客室、居間、キッチン、ダイニングすべてを兼ねたワンルームが、俺の住まいだったはずだ。それなりに稼ぎはあったようなので、普通に将来に備えて貯金でもしていたのだろう。
もっとも、自分が今こうしているということは、すべてはご破算になったということだろうけれど。
と、まあ……己の置かれた状況を考えてみた。
いわゆるあれだろうか、前世の記憶があるとか、異世界転生、転移とか……いや、転移ではないか、少なくともこの姿は日本人ではありえないし、俺は間違いなく成人していた。
周りは記憶が混乱していると思っているが、正直言って混乱ではない。この身体で過ごしてきた幾年かの記憶が引き出せないでいる状態なのだろう。
自分で言っていて頭がおかしくなるが、現実なのだから泣けてくる。
そして、ここで接している人たちをそのまま信じていいのかも分からない。
唯一、俺の従魔だという少女ペシュだけは契約によって結ばれているせいなのか、無条件で受け入れることができた。
彼女が魔族であろうが何だろうが、だ。
そして、数日前に目覚めた時にそばにいた男二人組が、再び現れた。なんだっけ、枢機卿と司教だったか。とても偉い人みたいだけど、馴染みのない職業なのでどの程度偉いのかさっぱりわからない。
いろいろ説明されたが、俺にとっては「世界が違う」といった情報ばかりで、ほとんどがちんぷんかんぷんだった。
ざっくりまとめるなら、ここは大神殿と呼ばれる場所で、教皇が統べる宗教的な機関ということ。何とかいう儀式に俺の存在が必要だということ。当面はただ黙って座っているだけでよいということ、くらいか。
「ご記憶がはっきりせずご不安もおありでしょうが、ゆっくりと体を休めるいい機会だと思い、今しばらくはこのお部屋にて安静にお過ごしください」
……要は、しばらく大人しくしてろってことだな。
どうやら俺は、もともとこの神殿の住人ではなかったらしい。ここへの旅の途中に野盗に襲われたのだそうだ。つまり、ここへ来ること自体は最初からの予定通りだったというわけだ。
それが本当でも嘘でも、今は自分自身のことが一番あやふやで、何を基準に動いていいのかすらわからない。少なくとも、ここの人たちは俺を害するつもりはないようなので、様子を見るより他はないだろう。
「……それで、魔法の方は?」
数歩下がった扉前で待機していた司教が、その傍に控えていたメリッサに小声でつぶやくのが聞こえた。メリッサとエレは顔を見合わせてから、彼に向って小さく首を振る。
あからさまにがっかりした顔をしたが、こちらを振り向いた時はすでに笑顔になっていた。
「では、私達は失礼します。ここ数日、あまりご体調もすぐれないとのこと、どうかくれぐれも無理はなさらぬように」
それで全ての用が済んだとばかりに、軽く会釈した枢機卿はメリッサが寝室の扉を開けると、二人はそのまま出て行った。
「魔法……ね」
ため息交じりの独り言に反応して、扉を閉めようとしたメリッサがこちらを見たが、俺はすぐに布団をかぶって横になった。
そう、ここは驚いたことに魔法という力が存在する世界なのだ。
異世界転生なんていう荒唐無稽な仮説を思い描いたのも、まさにそれが原因だった。
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