魔王城2

 聞き覚えのない声だったが、間違いなく僕の名前が呼ばれた。

 びっくりして振り向くと、そこには僕と同じくらいの年齢の女の子が、腰に手を当て仁王立ちで立っていた。髪の色は見たこともないベリー色。しかもその髪はクルクルと綺麗に巻いて、ちょっと頭を傾けると、その動きに合わせて髪の毛とは思えない弾力を見せている。

 それに何より驚いたのは、背中にある羽だ。彼女が身体を動かすたび、チラチラとその翼が目に入る。

 ユアン先生のように、背中を覆うほどの大きさではない。それほど身長が高くない彼女の、約四分の一ほどの大きさだ。そして色が決定的に違う。いわゆる文字通りの濡れ羽色というやつだ。艶やかな黒。その為、漆黒にかかるベリー色の髪がまたひときわくっきりと際立っていた。

 まさか、あのゴスロリっぽい黒い服にくっついているファッションとかじゃないよね?

 すごい髪色と斬新な衣装(?)に釘付けになっていると、僕と目を合わせた少女はさらに大きく首を傾げた。


「なんじゃ、顔は叔母上と似ておるが、いやに小さいの? ……そなたはリュシアンの弟か?」


 思わず「小さい」に反応しそうになったが、いや、待て。子供の言うことだ、ここはぐっと我慢。

 エドガーやダリルが吹き出し、女性陣もなんだか一斉に俯いたんだけど……まあ、いいだろう。


「えと、僕がリュシアンだよ」

「……え? 妾と年は変わらぬと聞いたのじゃが」


 それにしても、女の子で「のじゃ」とか、本当に言う人初めて見たよ。

 僕が変なところで感心していると、彼女はなにかを納得したように独り言のようにポツリと呟いた。


「ああ、そなたも叔母上と同じ……」


 品定めをするように上から下まで眺め、ゆっくりと僕に視線を合わせた。気のせいか、ちょっと睨むような、拗ねているような印象を受けた。


「ビーチェ、自己紹介は後よ。私たちはお兄様に呼ばれているの」


 そんな彼女を軽くいさめたのはお祖母様だった。

 お祖母様を叔母上と呼ぶってことは、この子は魔王様の娘? え、こんな小さな子がいるの? 

 僕と同様で、思わずキョトンとなっているみんなの様子に、お祖母様は、彼女が魔王の娘であることと、名前だけを簡潔に伝えた。

 ちなみに、ビーチェは愛称で、ベアトリーチェが正式名らしい。


「じゃが、叔母上。リュシアンは、妾のチームに入るのじゃろ? 父上にそうい聞いておるのじゃ……」

「ええ、彼らは高等科の年長過程くらいだから、授業のほとんどが選択だし、お兄様が便宜上あなたのチームに所属させることにしたとは聞いたけど、リュシアンだけは、当面、私と一緒に塔の魔法研究所のいずれかに詰めることになると思うわよ」


 すると、ベアトリーチェは驚きと嫉妬が入り混じったような顔をして、次の瞬間には頬を思いっきり膨らませた。


「あの場所は、ごく一部の選ばれた者しか入れぬと、父上が言っておったのじゃ。妾も、満を持して来年度の希望を出して落ちたのじゃ……なのに、余所から来ていきなり塔の研究所に? ずるいのじゃ!」

「……リュシアンには、そのためにわざわざここまで来てもらったのよ」


 お祖母様は、咄嗟に説明しようとして、今は長くなるからと前置きをして、それだけを言った。

 事情はわからないが、どうやらこの少女は塔の上の階になにやらに憧れがあるようだ。

 ベアトリーチェはこう見えて、なかなかの研究オタクという事なのだろうか。それとも、ただ単純に最高位の研究施設だから、というミーハーな理由なのかはわからないけれど。

 

「せっかく来たのだから、ビーチェ。お兄様のところへ案内して頂戴。彼らの紹介は、ちゃんと学校で改めてするわ」


 いささか不服そうではあったが、ベアトリーチェはお祖母様の言いつけに素直に頷いた。ただ、僕を恨めしそうに睨みつけて、もう一度「ずるいのじゃ……」と言うのを忘れなかった。

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