王子の今後
キンバリー辺境伯に褒章、というかほぼ罰と言っていいが、与えられ、次は僕達の番になった。
初めにニーナに勲章と、将来の爵位が約束された。もともと今回のことは国内外に内密な案件だし、学生のうちに爵位があっても邪魔なだけなので、学園を卒業した時に成人の証として叙爵が確定となった。
ある意味、国家の大事を救ったのだから、過ぎた褒章とは言えないだろう。
そして、僕にはこの国で最高位の殊勲章を、エドガーにはそれに準ずる勲章が与えられた。いずれにしても、他国の王族に爵位を与える訳にはいかないので、名誉を与えた格好である。
ニーナ曰く、国王から殊勲章を頂くことは、名誉市民の称号をも取得したことになるらしい。国境もスルー、国立施設を使用したり、王立教育機関や、研究施設などへの入所も可能になるらしい。
こちらの王立図書館にも興味があったので、素直に嬉しいご褒美だ。
他にも、金貨に、宝石、特産品などを積み上げられ、ちょっとだけ対応に困ったが、エドガーと相談して半分は薬剤師学会と、王立総合研究所に寄付することに決めた。
ただ単に人助けというだけではなく、ドリスタン王国に恩を売ることで、友好国であるモンフォール王国の立場や印象をよくするという狙いもある。
王族という職業は、あんがい面倒臭い気遣いが必要なのだ。
ちなみに、王太子の影武者サムの世話をした侍女ら数人は、他言無用の契約魔術を施され、早急に他所の離宮へと移された。けれど、各人共、破格の昇級込みだったのでむしろ喜んで移動したという。
もちろん、今回のことに関わった事情を知る功労者にも、後日、それぞれ褒美が与えられた。例の、エイブもそれなりに地位も上がって、ますます張り切っているようだ。
身分至上主義の意識は相変わらずだが、王国独自の規律や環境によるものだし、一概に良し悪しが断ぜられるものではない。ともかく、少々嫌味な性格ではあるが、仕事には熱心だし、それなりの実力もあり、何より王子の命を諦めなかった不屈の精神力の持ち主だ。
塔の医師は、お役目を受ける時と、辞退する時に、それぞれ契約魔法と軽い記憶操作の術を受ける義務があった。逆に言えば、それさえ受ければ、いつでも職場移動を申請できたわけだ。
ここでの仕事は、いつ何時王子に何があるかわからないので、寝食以外はほぼ看病と、特殊魔法を使う老魔導士の世話、夜を徹しての魔力補助の手伝いと、思った以上にブラックな環境だったのだ。
後でそれを聞いて、僕はちょっとだけエイブを見直した。
同時に、これは「同類相哀れむ」というやつかも? と、記憶の中の自分と重ねて、つい頑張れとエールを送ってしまったのである。
※※※
翌日、僕はアンソニー王子の経過を最終的に確認するために、もう一度塔へ登った。
「ニーナ!」
部屋に入ると、子供の甲高い声に迎えられた。
ベッドから出ることはできないながら、アンソニーはすでに背中を支えられれば、起き上がれるほどに回復していた。
ちょうど食事中だったらしく、器を支えていたエイブが、それをサイドテーブルへと戻し、一度立ち上がってニーナに会釈をする。
「ごめんなさい、お食事中だったのね。いいから続けて」
「恐れ入ります」
「エイブ、ニーナが来たから後で……」
「いけません、殿下。さ、落ち着いて座ってください」
僕達のことが気になって、王子は気もそぞろになりながらも、エイブの言うことを聞いて食事を続けた。食事と言っても、まだほとんど流動食のようなもので、どうやらそのドロドロした食事にも不満があるようだ。
気持ちはわかるが、まだ固形物は無理なので徐々に慣らしていくしかない。
取りあえず王子のことはエイブに任せ、後方で薬の準備をしているらしい人がいたので、そちらの様子を見にいった。
先日も見た老医師の一人と、その部下らしき青年だ。
「ニーナ姫、それにリュシアン様……」
「ご苦労様。お兄様の経過はどう? 見る限りではとても元気そうだけど、変わりはない?」
「はい、はじめこそ記憶の乱れがあったようですが、今はきちんと状況を把握されております。お食事も、残さず食べておられるので、体力が戻るのも時間の問題だと」
「それはよかった。薬も大事だけど、食べられるのが一番だからね」
助手の青年が煎じていた薬湯をチェックして、僕はそう言った。現在使っているのは、普通の調合薬剤だ。ここまでくれば、むしろこちらの方が効果的である。本来、身体が持っている力を引き出していくのが大切なのだ。前世でいうところの漢方薬、東洋医学に近い。
魔法錬金薬ばかり研究していたが、こういう調合のみのレシピを研究するのも面白いかもしれない。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
そうこうしている間に食事は終わったようだ。すでに食器を片付けたエイブが、ベッドの脇に直立不動で立っている。
「あら、ありがとう。リュシアン、行きましょう」
ニーナに続いて、ベッドの横に立つ。しっかりとした様子で、枕を背もたれに座っているアンソニー王子に、ニーナが挨拶をしつつ、そっと額の熱を測るような仕草をした。
「おはようございます、お兄様。お体の具合はどうですか?」
ニーナはかなり長身で大人びて見えるので、傍から見ていると弟と心配性の姉といった構図で、台詞とかみ合わないのがちょっとだけ不思議な光景だ。
「おはよう、ニーナ。平気だよ、ねえ、早くベッドから出たいんだけど……ところで、その子だれ?」
実年齢六歳の少年に「その子」呼ばわりされてしまった。まあね、多分同い年くらいとか思われちゃったんだね……いや、もういいんだけど。
「この人がリュシアンよ。お兄様の怪我を治してくれたくれた人」
「……え!? こ、子供だよね? あ、僕と同じ理由で?」
気の毒そうな表情になり、なんだか申し訳なさそうにニーナの方を見た。
いや、王子の状況と同じって、それかなり特殊な状況だから。その辺に普通に転がってないから。
……そういう僕も、いい加減、特殊な状況ではあるけど。
「うーん、それとは違うけど、こう見えてもリュシアンは今年十一才……、になるんだったかしら?」
確認するようにこちらを見るニーナに、僕は仕方がなく愛想笑いをした。できたら、その話題から早いとこ逃げたい。
「そうは、みえないけど……でも、僕を治してくれた人なんだね。リュシアン、ありがとう!」
僕が言うのもなんだけど、アンソニー王子は子供とは思えないほど理性的に思えた。
もっとも、六才にしてはという意味で、言動も態度もやはり幼い少年のそれだったが、きちんとした教育を受けた知性のようなものを感じた。きっと、当時はかなり大人びて見えに違いない。
「恐れ入ります王子。僕だけでなく、たくさんの方々の協力があってこそです」
アンソニー王子は、まだ塔から動かせないが、体力が戻り次第、後宮内のニーナ達の母親が使っていた住まいに滞在し、歩けるようになって普通の生活が送れるようになり次第、近くの静養できる離宮に送られるとのことだ。
まだ先のことはわからないが、その後は本当に留学などして、数年を過ごせば年齢が誤魔化せる程に成長もするだろうとのことだった。
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