バートン2

「もちろん、下々の教育の場としては優秀なのだろうよ。学者や、そこそこ使える兵士や、野蛮なモンスターを狩る冒険者なんかの育成には定評があるようだからな。だが、俺のような上級貴族は……」


 ニーナの嫌味は不発だったのか、何故かバートンはふふんっと得意そうに鼻を鳴らした。あれをポジティブに受け取れるとはなかなか幸せな思考回路といえよう。それとも意図的にスルーしたのだとしたら、それはそれで侮れないけれど。

 思わず肩をすくめたニーナと目が合って、僕もつられて苦笑した。


「……そうね、あちらの学校ではさぞ優秀だったのでしょうから、基本の教養科くらいは免除でもされたのかしら? それなら私たちと同級生ですわね」


 そもそも学園には序列がないわけではない。

 むしろ、学年、クラスの階級、特別クラス、研究クラスなど、学生のランクはそれこそ多岐に渡る。

 身分は関係なくても、少なくとも組織としての上下はちゃんとあるのだ。ただ 彼にとっては生まれもった身分こそが、序列をつけるべき絶対なのだろう。


 そこでバートンは一つ咳払い。

 小声で「教養科Ⅳに配された」と、不満そうに唇を尖らせた。

 もちろん不満なのだろう。だが、ここは実力主義の学校である。それこそ、貴族も平民もなく、たぶんそれでも十分に融通をきかせた結果だったのだろう。

 不相応なクラスへ放り込まれれば、恥をかくのは他ならぬ彼なのだ。学園長にとっても、これは苦渋の采配だったに違いない。

 それとも、ちょっと低いランクに放り込んで、ドヤらせておけばいいとでも思ったのかもしれない。

 たった一年のお客様なのだから。

 

「おっ、俺は、来たくて来たのではないからな。だいたい社交界に疎いニーナ姫のために、わざわざこうして……」

「必要ありませんわ。先ほども申し上げた通り、わたくしにはパートナーがおりますの」

「そっ、……だから、それは誰のことだよ? だいたい、俺はニーナ姫の……っ」


 それまで体裁を保っていた言葉遣いまで崩れて、バートンは身を乗り出してきた。すかさず、ニーナは身体を斜めにして距離を保ち、実に優雅に、けれどきっぱり彼の言葉尻を抑えるように口を開いた。


「それを口になさるのはお控えください。正式なお話しではありませんもの。現に、わたくしは父からそう聞いております」

「ニーナ姫……!」


 さらに口を挟もうとしたバートンに、ニーナは首を振った。


「ともかく、今回はお姉様の嫁ぎ先である公爵が開いてくれた、ある意味内々のパーティなのだから、それほど大袈裟な物じゃないのよ。あなたも遠慮しないで、貴族院のガールフレンドでも連れていらっしゃいな」

「なるほど……、そうですか」


 他にもいい人くらいいるでしょ? と言外に含ませたニーナに、バートンは案外あっさり頷いた。あれだけしつこくニーナを誘っておきながら、当然のように幾人か恋人がいることを隠しもしなかった。

 もっとも貴族の婚姻は政略的なものも多く、ほとんどが一夫多妻で、後継ぎと決まっている者などは婚約者が何人もいることだって珍しくない。


 どちらかというと、僕の家のような妻一人で通す貴族が珍しいくらいだ。

 でも、仮にも身分が上のニーナに対し、この態度はいくらなんでも失礼な気もするけど……。

 この二人は、どうも幼馴染のようで思ったよりお互いのことを知っている様子である。そういった暗黙の了解みたいなものも、会話のあちこちからうかがえた。

 僕が二人を観察していると、いきなりバートンと目が合った。とっさに素知らぬ風を決めようかとも思ったが、相手が完全にロックオンだったので、仕方がなくそのまま視線を交わした。

 相変わらずの上から目線で数秒眺めたあと、すぐに興味を失ったように顔を上げた。その際、ついでのように鼻で笑われたのは、たぶん気のせいではない。

 何なんだよ、ホントに。


「ですが、よもやこのような子供を連れてきて、無駄にお茶を濁すことはないと願いたいですね……」


 王女としての品格を疑われますよ。と、小さく付け加えたバートンに、ニーナはピクリと片眉を上げた。


「わたくしのことはもう結構。貴方は教養科の生徒だとおっしゃったわね、だったら授業がおありでしょう? もうとっくにお昼休みは終わっていてよ」


 ソッポを向いたニーナに、バートンはなぜだか面白いものでも見たように笑って肩を竦めると、芝居じみた大袈裟な礼をとってくるりと身体を翻した。

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