幕間ー編入生と新学期と

 夏も終わりだというのにいつまでも暑い日が続く中、学園では教養科による始業式が行われていた。

 式と言っても、新しいクラスの席次の発表だとか、次年度のスケジュールの説明だとかが、ステージで順次行われているだけで、生徒たちは貼り出された掲示物を見たり、頒布物を貰ったりと思い思いに動いている。

 こういった年度ごとの式典は、基本的に教養科を修了すると出席の義務がなくなり、スケジュールの大半は個々の管理に任されることになる。

 すでに教養科を終えた僕とニーナだったが、今回はアリスやエドガー、ダリルが参加するため一緒にこの場に集まっていた。元々は一昨年のダンジョンチームではあるが、昨年もなにかと同じメンバーだったし、最近ではこの五人はすっかり固定メンバーになっている。

 

「この間はごめんね、お兄さんを驚かせてしまって」

「ん? ああ、いいのよ。こちらこそ、兄が根掘り葉掘りうるさくてごめんなさいね」


 エドガー達がステージ付近でそれぞれ必要な情報収集をしているのを遠くに見ながら、僕はニーナに先日の騒動に対して改めて詫びた。加えてニーナの兄、ドリスタン王国の王太子には何故か興味を持たれたらしく、アレコレとしつこく質問されてしまったところを、彼女が適当に切り上げてくれたのである。

 先日、僕達が不法侵入してしまったのは、やはりドリスタン王国の王城だった。下手をすれば即刻牢屋へ放り込まれるところの危ないところだったのだ。


「ニーナがいてくれて、本当に助かったよ」


 彼女の手引きでスムーズに城を後にすることができて、僕はそのまま学園へと直行することができた。心配をかけた実家にも行く必要があったが、もう休みも終盤に差し掛かっていたので通常の手段で戻ることが出来ず、伝家の宝刀、転移魔法陣の巻物を使うことにした。いやもう、コレ、実はめちゃくちゃコスパ悪くて使いたくないんだけどね。片道(帰り道)にしか使えないのも、微妙に不便だし……。

 それでも数日間も行方不明になって迷惑をかけたのだから、やはり顔だけは見せておかなければならないと思ったし、なによりカエデの後見人になってもらうために彼女を紹介する必要があった。

 それから、ジーンにも報告に行くべきだったが、とにかく時間がなくて今回は書簡のみになってしまったのが申し訳なかったけれど。


「僕は助かったけど、でもニーナってあの時期、王都のアリスの実家を訪ねる予定じゃなかったっけ?」

「実は……弟の具合があまり良くなくて、心配で私だけ残ったのよ。アリスには申し訳なかったけれどね」


 あれ、ニーナに弟っていたっけ? 

 もっとも僕が知らないだけで、まだ奥に住まう幼い王子なのかもしれない。ニーナには珍しく、少し話辛そうにしているので、これ以上は詮索しない方がいいのかな?


「リュシアン、姫様。お待ちどうさま、私はこれでおしまいよ。カエデちゃんの分も一緒に回って来たわ」


 パタパタと軽い足取りで、新年度の空気を満喫しているアリスが元気に走り寄って来た。その横には、いくつかの配布物を胸に抱えるようにして持っているカエデが、ちょっと照れくさそうに僕に報告をする。


「リュシアン、私は教養科Ⅴクラスからだって。それと一番得意の科目の体術は、本当はもうⅥでもいいくらいだけど、様子を見るということでⅤから開始ってことになったの」


 彼女は編入扱いなので、最初からある程度上のクラスからのスタートである。むろん、評価の基準は事前に行われた試験や、面接の結果である。カエデは学校にはいってなかったが、教育自体は母や祖父によってみっちりと施されていたので、その点においてまったく心配はしていなかった。

 そして、彼女は魔族であることを一切隠さなかった。


「おう、俺らも終わったぞ。って、なんだよこの集団は! おらおら、そこどけっ! 固まってんじゃねーぞ、邪魔だ、散れ散れ」

「待てって、お前。人ごみに突っ込んでいくなよ、危ないな」


 いつの間にか人垣が出来てしまった囲いを、いささか乱暴に肩で押しのけながらズンズンとダリルが割り込んで来た。その後ろから、いくつかのプリントなどを持ったエドガーが慌てて追いかけてくる。

 そう、周囲を埋め尽くす人、人、人の山はすべてコワいもの見たさの興味本位の集団だ。言うまでもなく、この学園始まって以来の魔族の編入生カエデを一目見ようと集まって来たのである。

 アリスと一緒に行動しているときも、遠巻きにヒソヒソと噂されながら見られていたが、こうして立ち止まったが最後、すぐにとんでもない大勢の人々で埋め尽くされてしまったのだ。


「しばらくは仕方がないわね。そのうち落ち着くでしょう」


 ニーナがそれほど危機感を持たないのは、周囲の反応の大半がそこそこ好意的なことである。

 カエデの姿は、青い髪で小さな角があるという以外はそれほど特異的とは言えず、なにより可憐な少女でもあるので、意外にも生徒たちからは恐れや忌避のようなマイナスの反応はなかったのだ。

 もちろん、学園都市の姫様が常に傍に寄り添っている点も大きかったかもしれない。


「……ったく、騒がしいったらないな。他人のことなんざ放っておけってんだよ」


 周りで好き勝手噂している輩に、やたらとガンを飛ばして悪態をつくダリルは、おそらく不器用ながらも似たような境遇のカエデを庇っているのかもしれない。

 この調子なら、カエデがここになじむのも時間の問題だろう。


 ということで、今年度アリスとエドガーが教養科Ⅵとなり、ダリルとカエデがⅤクラスということになった。教養科を終えた僕らとは、どうしても自由になる時間が違うが、それでも彼らとは引き続きチームとして度々行動を共にすることになるだろう。

 ちなみにニーナは、僕がすでに冒険者になっていることを知ると、自分もすぐに申し込みに行くんだと意気込んでいた。しばらくは同じ立場のニーナと行動を共にすることも増えるので、僕としてもそれはありがたい。

 前から楽しみにしていた採集などのクエストを、効率よくパーティを組んで出来るし、お婆様に課題を出されたように、モンスター討伐にも参加していろいろ熟練度を上げたかった。

 ただ、一つ心配なことがあるとすれば、時折ニーナが何やら思いつめたような顔をしていることだ。これは気のせいかもしれないが、先日の再会以来、そんな様子に気が付くことが度々ある。


「リュシアン、すぐにでも冒険者ギルドに付き合ってね」


 今も、ニーナは明るい声でそう語りかけてきて、僕がもちろんと頷くと嬉しそうに笑った。いつしかアリスやエドガーも加わって、年齢的には自分たちもなれるからと、既に冒険者であるダリルやカエデも交えてなにやら相談会が始まったようである。



 新年度へと膨らむ期待と、新たな仲間を加えてさらに賑やかになったチームに、僕はワクワクと胸を躍らつつも、ちょっとだけ心配事を抱えての新学期はこうして始まった。

 そして、なにが起ころうとも、この仲間たちとともに解決していけたらいいな、と強く心に決めるのだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここまでお読みくださりありがとうございました。これで第十章は終わりです。次回は新章に入ります。

 よろしければ今後ともよろしくお願いします。


 ※この先、諸々の事情により少し更新が滞ります。予定では2週間ほど。申し訳ありませんが、再開まで今しばらくお待ちください。

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