教会

「まあ、乙女とお話をしたの?」


 樽いっぱいに水を汲んで小屋に戻り、先ほどの出来事をアリソンさんに話した。どうやらゾラ同様、彼女も姿は見ることはあっても話はしたことがないらしい。


「よほど精霊様と波長が合うのかしら? 確かにエルフ族には寛容な彼女だけど、お声を聴くのは神殿の巫女様やかつて存在した生き神様くらいだったのよ」


 昔はもっと見る者もいたと言うが、今はめっきり減ったということだ。なんでも今の教皇様が、人道的理由から生き神信仰を廃止したが、皮肉にもそのことが信仰への強力な吸引力を失い、人々の教会離れが進んでしまったというのだ。

 もちろん原因はそればかりではなく、教会の強引なお布施強要に異教徒への弾圧など、少しきな臭い噂もあった。大陸最大の帝国の頂点に人族が立って数十年、帝都や中心部などは人族や獣人が増え、エルフ族や魔族は他所へと追いやられている。

 今やエルフ族の総本山であるソティナルドゥ教でさえ、上層部は人族で固められていた。と言っても、もちろん人族が悪いと言っているわけではない。もともと少数派であった故に、他種族の中で一番必死に働き、この大陸での地盤を作っていった結果なのだ。手段を選んでいる暇などなかったのだろう。

 寿命が長いせいかのんびりした気質のエルフなど、あっという間にこれら勢力に圧倒されてしまったというわけだ。

 なるほど古都アルヴィナの近郊はそうでもないが、中心地は人族で溢れているわけか。昔から力仕事などの下級労働者が多かった獣人なども、いつの間にか差別の対象となって、今は奴隷になる者も多いらしい。

 向こうの大陸の悪習の再来……いや、逆行か?

 いやしかし人族逞しすぎだね。

 この大陸に取り残された人族は、ほんの一握りだったと聞いている。もっとも技術提供者や、皇帝に近しい権力者、学者など、頂点に近い能力のある人材ばかりだったわけだからある意味頷けるのかな?

 どちらにしても、必死になりすぎるあまり暴走の感はある。

 話は逸れたけど、もともとエルフ族が自分たちの同族の女神を信仰したソティナルドゥ教は、今やただの権力の象徴になりつつあるということだ。かつては視えるもの(資格のある者)、神に仕えるために修行したものが巫女や祭祀などの要職に就き、間違うことなく神事を行っていたが、今は権力者に都合のいいようにお告げを操作してお布施を強要したりしているという。

 

「……っ!」


 その時、アリソンさんの食事を一緒に食べていたゾラが椅子を蹴倒して立ち上がった。すぐに玄関まで走り、扉を開く。ペシュもいつの間に飛び立っていたのか、ゾラの開け放った扉からスイッと飛んで行った。追いかけようとしたゾラは、すぐに僕の方を振り向いてもう一度ペシュの飛び立った方を見た。

 たぶん僕の安全確保と、追跡とを天秤にかけたのだろう。諦めたようにこちらに戻って来ると、びっくりして布巾を片手に固まっているアリソンさんに、失礼を詫びて倒した椅子を戻した。


「申し訳ありません、アリソン様。お騒がせしました」


 アリソンさんが苦笑しつつも手を振って大丈夫と返して、再び洗い物を始めた。


「どうしたの? ペシュも飛んで行ったけど誰かいた?」

「……いえ、人の気配はありませんでした」


 僕が首を傾げると、……おそらくですが、と前置きして。


「姿は見てませんが、誰かの従魔かもしれません」

「たまたまかな? それとも」


 どこにだって従魔持ちはいるだろう。そして、この辺りではエルフや魔族が多かった土地でもあるので、庶民でも魔法が使えたり、魔物を従えたりする者がたくさんいる。

 もちろん強力な使い手は、それなりに出世するので田舎にはあまり存在しないが、畑仕事や力仕事、商業ギルドの郵便事業など、わりと普通に従魔が使われていたりするのだ。

 だから、そういう類の従魔がたまたまここに居た、ということも考えられる。


「……監視、とは思いたくないけど」


 僕がぼそっと呟いた時、ペシュが戻って来た。時々感覚を繋いでいたが、探し当てることはできなかったようだ。向こうもペシュと同じようなスキルの持ち主なのかもしれない。

 すると、階段下にある木の扉がカチャッと音を立てて開いた。

 思わずゾラが身を固くして、僕を守るように己を盾にするように乗り出してきたが、次に聞こえてきたのはいたって呑気な朝の挨拶だった。


「……ふああ、おはよう。みんな早いわね」


 カエデである。

 なんと今の今まで寝ていたようだ。普段着に、長い髪を首の横に一つに垂らした格好で、スリッパのようなサンダルを履き、果てしなく寛いだ姿で登場したのである。

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