湖畔の小屋

 湖畔にぽつんと佇む少し大きな丸太小屋。例の、臨時冒険者ギルドだったところだろう。ということは、ダンジョンの入り口もこの付近にあるに違いない。今は真っ暗で、ほとんど周りが見えないが。

 ちょうど夕食時だからだろうか、煙突からはいい匂いがしている。

 カエデの母は、元冒険者ということもあり、ギルドからの信頼も厚く、簡単な依頼の掲示や達成報告など、低ランク程度なら自己判断で処理することを許されていた。

 あえて言うなら、冒険者ギルド出張所の雇われ店長といったところだろうか。

 正式なギルド職員ではないが、ちゃんと依頼として受けており、もろもろ正式な許可を得ているようだ。ダンジョンで得た鉱石やドロップ品など、買い取るための資金も提供されているそうだ。

 いくら僻地とはいえ、丸投げ過ぎだろう冒険者ギルド。

 まあ、カエデたち家族がそれで助かっているならいいんだけどね。


「カエデ待って。僕が最初に行くよ」

「え?……ああ、そうね。ありがとう」


 もし待ち伏せでもされていたら目も当てられない。ここは、ひとまず旅人でも装って様子を窺うことにした。


「フードをちゃんとかぶって隠れててね。ゾラ、カエデを頼むよ」

「……はい」


 ゾラが頷いたのを見て、僕は木製のドアを叩いた。

 トントンと軽く叩いたが、なんの反応もなかった。人の気配はするので、今度は少しだけ力を込めて叩くと、何の前触れもなくいきなり扉がガバッと開いた。


「……っわ!?」


 とっさに後退って思わず仰け反る。危なく鼻が無くなるところだった。


「しつこいわね! カエデは来てないって言ってるで……あら?」


 扉から飛び出してきたのは年若い黒髪の女性だった。ドアから身を乗り出してすぐに、あれ? という顔をして、視線を僕の方へ落とした。

 透き通った薄い青色の瞳が、パチパチと驚いたように瞬く。あ、耳が少しとんがってる。前にジーンに聞いたダークエルフの特長だ。


「あらあら、ごめんなさい。ぼうや、こんな時間にどうしたの? 村の子じゃないわよね」

「ここが冒険者ギルドだと聞いて来たのですが」

「ええ、そうよ。でも君……」

「あ、僕なら冒険者ですよ。ここへは港への中継で寄りました。宿泊可能ですか?」


 僕が冒険者だと聞いて面食らったようだが、それでもすぐににこやかに対応して中へと入れてくれた。ダンジョン付近の冒険者ギルドには宿泊所や、キャンプが出来る施設が併設されていることが多い。


「思ったより広いですね。他には誰かいるんですか?」

「いいえ、今はギルドの依頼も入ってないし、ダンジョンに冒険者も潜ってないから誰もいないわよ。港町へ行く旅行者や冒険者は、設備の整っている村の宿屋に泊まるのが普通だしね」


 勧められるままに椅子に腰かけた僕は、彼女の目を盗んでこっそりペシュを飛ばし、小屋の中を調べさせることにした。


「ご迷惑でしたか? ダンジョンも覗きたかったものだから、こちらに寄らせていただいたんですが」

「そんなことないわよ、大歓迎。今は新人研修も入らない時期だから、このダンジョンは閑散としてるんですもの。でも、疑うわけではないけれど君、本当に冒険者?」

「はい、まだ新人ですけどね」


 僕はギルドカード……学生証の一部、冒険者ギルドの欄だけを提示した。出身地などは伏せて、名前、年齢、ランクのみを表示したものだ。年齢の欄を見て、少しだけ納得したように頷いた。


「そう……もしかして、君はエルフかしら? どうやら見かけ通りの年齢じゃないみたいだけど、まさかここまで一人で来たの?」

「……それは」


 すると、奥の階段の方からペシュがパタパタと飛んできた。ここまで時折視覚を共有し、僕も一緒に隅々まで確認したが、誰かが隠れている様子はなさそうである。あやしい気配もない。

 

「ご苦労さま、ペシュ」

「コウモリ?……これは一体」


 ただし、初っ端の彼女の様子からすると、やはり追ってはかかっていたのだろう。僕はペシュを手のひらに乗せ、彼女に向き直ると小さく頭を下げた。


「失礼しました。勝手に調べるような真似をして申し訳ありませんでした」

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