幕間ー思いがけぬ旅立ちー
「すぐにでも出発したいところだけど、ひとまず家族に報告もしたいから、ウチに寄って貰うことになるけど」
「…ええ、もちろんよ。私せいでご迷惑をかけるんだもの、ご家族の皆様には、きちんと挨拶させていただくわ」
どうやらカエデには人族に少し隔たりがあるように感じるが、それでも節度や礼儀はわきまえているようである。理由もなく嫌悪感をあらわにしたり、それによって態度を変えたりしなかった。
「それにしても、すごい人ね」
「ちょうど夕時だからね、お店ももうすぐ全部閉まっちゃうし、一番人が多い時間なのかも」
そうは言ったものの、こんな時間に町中に出ていくことがなかったので、これほどまでの人混みとなるとは思わなかった。サイドに並ぶ食品を取り扱う屋台が、そろそろ見切り品を出す時間だということを皆知っているのだろう。バーゲンセールのワゴンにわんさと群がる人々を思い出してしまった。
「カエデ、はぐれるといけないから…」
僕が手を差し出すと、少し驚いた様子だったが、ちょっと遠慮がちな仕草でぎゅっと掴んできた。背は僕よりもずっと高いけど、やはり女の子だからだろうか、思ったより指は細く手のひらは小さく感じた。
そして無意識かもしれないが、その手にはかなり力がこもっていた。こんなことになって彼女もやはり心細いのかもしれない。相手は年上とはいえ、ここは守ってあげなきゃとか思ってしまった。
もちろん周りから見たら、まんまお姉さんと弟って構図なんだろうけど。
――そういえば、なんだっけ?
何故かふと、先ほど思い出した湖での出来事が頭をよぎった。
確か、…そう。
岩陰、水陰、あと…人々の思考が行き交う雑踏に近寄るな、だっけ。
言われてみれば、不可解な移動をした時って必ずそんな場面だったかも…?
そんなことを考えていたからなのか。
いきなりそれは起こった。
ざわざわざわざわ……
周りの音が、急に耳を塞いだようなぐぐもった音に変わった。
「…!?」
疑問を口にする余裕すらなかった。
ただ、この感覚はすでに何度か経験していたので、直後に起こる事象も想像できた。こうなると、もう出来ることは一つだけだ。カエデを迷子にしないように繋いだ手を離さないように強く握ることだけだった。
おそらくそれは時間にして一秒あるかないかの刹那の事である。けれどその時、僕ははっきりと感じた。
意識が引き込まれるその時、二の腕を誰かに強く掴まれたことを。
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