ニーナとアリス2
突然来訪したドリスタン王女に仰天させられたものの、オービニュ伯爵夫妻は彼女たちに好感を覚えたらしく、快く客人として篤くもてなした。その後の夕食も、和やかな雰囲気のもとリュシアンの家族の紹介を嬉しそうに受けながら、ニーナ達は料理に舌鼓をうっていた。いささか窮屈そうな表情をしていたアリスも、いいところのお嬢様らしく、食卓ではきちんと食事作法をわきまえていた。
部屋に案内する際、ニーナ達の希望もあって、複数人数仕様の客間を用意した。
数日間の旅行の中でそれぞれ交流を深めあったのか、二人はリュシアンの知らぬ間にかなり仲良くなっていた。
「今日は急だったからお風呂用意してないけど、明日は用意するね」
リュシアンは、テーブルに二つの水を張った桶が準備されているのを見て、少し申し訳なさそうに言った。貴族の屋敷とはいえ、そう毎日お風呂を用意したりはしないのだ。
「あら、私だったら例の魔法で構わないわよ」
ニーナは、あっけらかんとそう答えた。
「え? 魔法ってなに」
そこでアリスが反応する。
ニーナがキャンプでのことを話すと、案の定アリスは抜け駆けだと言って拗ねた。
「明日まで待ってよ、あの魔法は巻物を三本も使うからね」
まだウオッシャーのオリジナル魔法陣は成功してない。
基本的に、魔法陣改変の法則は一緒なので組み立てて完成させてしまえば、後はスキル任せではある。リュシアンの場合、熟練度やレベルは関係ないので、どんな魔法陣も記憶さえすれば例のスキルで描けてしまうのだ。けれど、出来るまでが非常に面倒臭い。重複している文言を捜し出して一つずつ重ねては、呪文が破綻しないように配列を変えて……、といったチマチマとした作業なのである。
「そんなこと言って……、自分はさっさと使ったんでしょ」
(――ぎくっ!)
後ろ手に扉の取っ手を握り、今にも部屋を出ていこうとしているリュシアンの腕を、ニーナは巻き取るようにして素早く組んだ。小さなリュシアンと腕を組むと、自然と姿勢は前かがみになり覆いかぶさるような形になる。間近に迫った顔に、リュシアンは思わず後退りして扉にビタッと張り付いてしまった。
チョビが鎮座するリュシアンのサラサラヘアーに、ニーナはためらいなく顔を近づけた。というか、ほとんど突っ込んだ。
「ええ?! ちょっ、姫様、何してんの?!」
それまで後ろで様子を伺っていたアリスが素っ頓狂な声を上げる。リュシアンは、ドン詰まりに追い詰められた挙句、ほとんど抱き着かれたこの状況で、何が起こったのか感触でしかわからない。
「な、なに? ニーナ、なにを」
「ほら、見なさい。この香り! 間違いないわ、自分だけずるいっ」
まるで弟にでも接しているような容赦のない密着具合で、リュシアンはいつも翻弄されてばかりだ。
(しかも、コレどんな絵面だよ!? 女の子に羽交い絞めに押さえ込まれて、ひたすら匂い嗅がれるって……)
ニーナの態度から、リュシアンは絶対に男としてはまったく扱われていないと嘆くばかりだが、実際のところ、複雑な乙女心は本人でさえ自覚を伴っていないことも多々あるのだ。
「ほら、アリスも! こっちに来てみなさいよ」
(ニーナ、アリスにも勧めるのやめてっ!)
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