遭遇戦3
案の定、アリスたちは逃げるので精いっぱいになった。
ただ一つの救いは、鳥の魔物だけあっていささか地上は苦手なのか、ドタドタと重い足音を立てながら不格好な動きになっていることだ。
なんとか攻撃を避けつつ、アリスたちは隙をみて反撃を試みた。
だが、先ほどリュシアンがそうだったように、武器攻撃はほとんど効かない。アリスの渾身の大剣攻撃も軒並みはじき返されている。
剣が無いエドガーは、それでも得意である光攻撃魔法を放っていたが、運の悪いことにその魔物の属性は光のため、これまた効果を上げていなかった。
チョビの攻撃が効果的だったのは、おそらくそれが闇属性だったからだろう。だが、こんな狭いところでチョビの魔法は、味方を巻き込むリスクがあるため使えない。リュシアンは巻物も手放してしまったため、とりあえずはナイフを引き抜いてどう対処するべきか考えていた。
闇属性の攻撃魔法を覚えていればよかったが、王都にも闇と光の攻撃魔法の魔法陣はなかった。
そうこうしている間に、魔物はままならぬ地上の戦闘を嫌い、アリスたちを羽ばたきで少し怯ませたあと、またもや嘴を大きく開けた。
「……っ!? あの金切り声だ」
あれを食らったらしばらく動けなくなる。リュシアンが、捨て身覚悟で体当たりでもしようかと身構えたとき、アリスも同じことを考えたのだろう。大剣を前に構え、身体強化を乗せて魔物の喉元に飛び込んだ。
「……えっ!? きゃっ」
奇声攻撃は不発に終わったが、その直後、アリスの身体は鍵爪を持つ足によって捕らわれ、地面に縫い付けられてしまった。
「ア、アリス! ……うわっ」
とっさに助けようとしたエドガーも、邪魔だとばかりに羽根で押し出されて地面に転がされた。
魔物の狙いは人の持つ魔力だ。けれど、アリスはほとんど魔力を持っていない。魔力を奪えないと知れば、魔物のとる行動はおのずと知れた。
リュシアンの危惧は現実のものとなり、魔物はただ反撃してくるだけの厄介な獲物にとどめを刺すべく、嘴を開けた。
金切り声ではなく、そのあけた口腔内には光の粒子が収縮していく。
(まさか、これは魔法?!)
リュシアンは慌てて駆け寄ろうとして、足を絡ませて膝をついた。間に合わない、投擲も効かない、巻物もない、それでも草に足を取られながらも、すぐに立ち上がった。
なにも考える間がなかった。素早くアリスを庇うように身を滑り込ませ、無属性の魔法レジストを最大に上げた。
直後、魔物から光のリングのようなものが飛び出した。
それは、リュシアンの交差した腕とナイフにまともに当たって、バッと光を弾かせて軌道を変えた。斜めに地面をえぐり、そのまま水平に滑ったリングは、数本の大木を薙ぎ払ってようやく消えた。
反動で弾かれたリュシアンは、地面を転がりしばらく起き上がれなかった。頭をぶつけたせいで目の前が真っ暗になったのだ。
「……っ、……アン!リュシアンッ!!」
一瞬、意識を失っていたのか、アリスの叫ぶような呼び声に目が覚めた。
気が付くと、魔物は二発目を放つべく嘴に光を集めている。目の端に、起き上がったエドガーが杖を構えるのが見えたが、先ほどの様子を見るに魔法発動を止めるほどの攻撃は期待できない。
くらくらと霞がかかる茫洋とした意識の中、リュシアンはどこかゆっくりと光が収束する様を見据えていた。
(喉が見える……、大きく開いた嘴の奥)
いまだ朦朧とした頭に、唐突にそれは鈍く閃いた。
ほとんど脊髄反射でアリスの前に出て、リュシアンは考える間もなく意識を集中した。
それは身を守る無属性のレジスト魔法ではなかった。
リュシアンの碧の双眸に、やがて赤い光が静かにひとつ、またひとつと映りこんでゆく。玉のような汗が浮かぶその額のすぐ前、そこにはいつの間にか灼熱色の魔法陣が三つ並んでいたのである。
「ファイアーランスッ!」
陣を貫く息吹と共に魔力が一瞬で陣を巡り、魔法が発動した。上級火魔法、ファイアーランス。強靭な盾をも貫く灼熱の炎の槍だ。
それと同時に、魔物の光のリングが飛び出す。
至近距離で大きな力が交錯し、激しく摩擦しながらすれ違った。
炎の槍は間違いなく魔物の喉を貫通し、その脳天を吹き飛ばした。そして光のリングは、リュシアンのナイフによって軌道を逸らし、その脇を掠めるようにして大地に突き刺さったのだった。
光のリングが、やがて光の粒になり弾けて辺りは静まり返った。
空白の間の後、魔物はゆっくりと後方へ倒れていった。足に押さえつけられていたアリスはもちろん、その上に覆いかぶさっていたリュシアンも余波を受けてひっくり返った。
「な、なんだったんだ、今の? 巻物なしで魔法陣出てなかったか?」
魔物を倒したリュシアンに、エドガーが興奮したように駆け寄ってきた。解放されたアリスも、頭を押さえながら起き上がった。
「……リュシアン?」
中途半端にアリスの膝に頭を預けた格好のまま、リュシアンはいつまでも起き上がらなかった。やがて、その身体の下からは赤い液体がゆっくりと広がっていったのである。
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