生活魔法

 かくしてハヤシライスは、班のみんなに大好評だった。

 迷惑をかけたお詫びもあってたっぷり作ったので、男子などはおかわりを何度もしていた。なかには、ご飯を食べる地方の生徒もいて涙を流さんばかりに喜んでいた。


「……ご飯って、美味しいのね」


 ホカホカご飯に舌鼓を打ちつつ、ニーナは上品にハヤシライスを食べていた。食べ方で育ちがわかるというが、匙で口へ運ぶ仕草までしっかりお嬢様である。


「私は食べたことあるんだけど、こんなじゃなかったわ」


 その隣のアリスは、驚きを隠せないらしく、大きな瞳をさらに見開いていた。そして、ぱくぱくと美味しそうにあっという間に平らげていた。

 アリスが食べたのは、リュシアンが学園で見たような茹でたご飯だった。それが容易に想像できて、あの許せない光景を再び思い出してしまった。

 最後まで食べるのを躊躇っていたエドガーは、いつの間にかおかわりを皿にはみ出すくらいに山盛りにしている。食べ方で育ちが……、あまりわからない、我が国の王子様である。

 ともかく大好評で、リュシアンとしては大満足だった。

 やっぱり自分が美味しいと思うものを、みんなが喜んで食べてくれるのは嬉しい。リュシアンは久しぶりのご飯を、ゆっくりと味わいながら食べたのだった。


※※※


 明日からは本格的な実習だ。とてつもなく自由だが、逆に何から何まで自分たちだけでやらなくてはならない。お昼に少しだけ武術科の演習が組み込まれてはいたが、班を二つに分けて順番に出席する形だ。なにしろ食料や燃料を調達したり、食事を作ったりとやることはたくさんある。


「さてと、後片付けはこんなものかな」


 全員で分担して洗い物を済ませ、リュシアンも自分で持ってきた食器や鍋類などをフリーバッグへしまった。そして再び、カバンに手を突っ込み取り出したのは自家製の石鹸。それも固形ではない、サラサラの粉状のものだ。


「これ、試してみたかったんだよね。やっとその機会がきたよ」


 そして巻物三つ。水、火、風のそれぞれの魔法陣。

 エルフの生活魔法の一つ、ウオッシャー。それにプラス、特製の粉末石鹸。自家製の石鹸をさらに加工して粉状にした物である。

 石鹸はあくまでもオプションだ。魔法だけでも十分に綺麗なるのは実証済みだった。そこに石鹸を加えることで、どうなるかという実験である。

 別段いつでもできたが、どうせなら必要な時にやろうと準備してきたのだ。


 いまは誰もいないテントの中、さっそく巻物を展開させる。

 これはもう知っていたが、単体属性の複数魔法陣は縦に並ぶが、複数属性の魔法陣は平面に連結して並ぶ。三つの場合は三角形に展開する。エルフの生活魔法の特徴は、一つの魔法陣が小さいことだ。もともと簡単な術式で成り立っているらしく、記述される呪文も少なく済むらしい。

 相変わらず光はまばゆいが、巻物は綺麗に燃え尽きるし、魔法陣もテントからはみ出るということもなく、リュシアンは問題なく魔法を発動できた。手のひらに乗せた石鹸を巻き込みながら体全体を一瞬だけ水流が走り、すぐさまシュッという空気が抜けるような音がして洗浄が終わった。


「……うわあ、すっきりした」


 見たところ石鹸の残りカスもないしべたつきもない。これで長旅での最大(?)の難関、お風呂問題も解決である。身体を清潔に保つことは、なにも身だしなみの事だけではない。感染病や、各地の風土病、他にもあらゆるものから身を守ることになるのである。

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