宣戦布告

「アリス、私はアリス・エキューデ」


 いきなり呼び止められて、思わずきょとんとなったリュシアンだったが、すぐに引き返して少女の前に立った。相手が名乗ったのだから、ちゃんと自己紹介するべきだと考えたのだ。


「僕は、リュシアン・オービニュです、よろしくね」


 にっこりと笑って手を差し出した。もちろん握手の為だ。

 ところがアリスは、なぜかじっと穴が開くほどその手に注目した。そして、なんと両手で鷲掴みにした。

 びっくりして手を引こうとしたリュシアンだったが、アリスは強引にその手をさらに観察し始めた。無理矢理ひっくり返したり、ぷにぷにと押してみたり、手のひらを撫でてみたり。

 アリスはリュシアンの手に触れてみて、再確認した。


 (小さな手だ。しかも、柔らかい。手の平に多少の豆はあるけれど、少なくとも毎日剣を振っている手ではない……)


「ちょ…、え? あ、あの…」


 あろうことか肘のほうまで揉むように筋肉の有無を確かめに来たところで、リュシアンは本格的に逃げ腰になった。とにかくくすぐったかったし、なによりかなりの注目を浴びていたのだ。

 

「ア、アリス? な、なに? どうしたの、ちょっとやめて……」

 

 困り果ててはいたものの、女の子の手を乱暴に振り払うのは躊躇われて、しどろもどろになりながらリュシアンはどんどん後ずさっていった。


「嫌がってるじゃないの、離しなさい」


 いつの間にそこにいたのか、いきなり現れたニーナが彼女の手をリュシアンから無理やり引きはがした。すかさずリュシアンとアリスの間に割り込むようにして彼女に向かい合う。


「ニーナ、あ……エドガーも」


 ニーナの隣にはエドガーもいた。どうやら二人はリュシアンの試合を近くで見ていたらしい。不穏な空気を纏う女子二人に関わりたくないのか、エドガーは向かい合ったニーナのアリスを避けるようにしてこっちへ歩いてきた。


「すごいな、お前。思ったより武闘派だったんだな」


(えっ? 今の見てなんでそう思ったの? ほとんど逃げてただけなんだけど……)


 武闘派は違うだろうと、エドガーに答えようとして、けれどそれは叶わなかった。


「どいてちょうだい……っ、そこの貴方! リュシアン、だったわね」

「ちょ、ちょっと?」


 ニーナの壁もなんのその、アリスは自分より背の高い彼女を押しのけるようにして、再びリュシアンの前に立った。ニーナが後ろで、呆れたようにため息をついている。


「今日は遅れを取ったけれど、待ってなさい! 武術大会で必ず貴方を叩きのめすわ、覚悟しておくことね」

「……え? 武術大会って、あの春にあるお祭りのこと?」


 いわゆる学園祭のような体育祭のような、そんな学園を上げてのお祭り行事が確かにあった。


「そうよ、首を洗って…」

「僕たぶん、出ないよ」

「そう、出ない……えっ!?」

「だって、僕は魔法科か魔法研究科の方の催しに出るから」


 学園全体の催しなので魔法科でも対抗試合はあるし、魔法研究科の方にも研究発表のようなものがある。もとより、リュシアンは魔法使いを目指してるのだ。武術は、魔法使いの弱点を補う意味合いで、自衛の為にちょこっと嗜んでるに過ぎない。


「な、な……なんですって、どうして」

「どうしてって、僕は武術には向いてないので、魔法使いに……」


 答えたリュシアンの言葉尻はだんだんとすぼんでいった。なぜなら、目の前の少女の表情がとても怖かったからだ。


(ふっ、ふざけないでよ、私に勝っておいて向いてないですって!)


 それこそぎりぎりとハンカチでも噛みしめそうな顔でリュシアンを睨みつけていた。


「……もういいでしょ、ほら、リュシアンと私はもう一回、模擬戦があるわ。あなたの気持ちもわからないでもないけど、今日のところは引いて頂戴」


 キリがないと思ったのか、ニーナは有無を言わさずリュシアンの手を引き、アリスの前から引き離した。まだ何か言いたげだったけれど、彼女は、結局立ち去る三人を黙って見送った。


「……リュシアン」


 残されたアリスは、悔し気にぽつりと呟いた。

 大剣使いとして、アリスにはそれなりの自信があった。そしてそれを証明するように、この秋には二段階の昇級を決めていた。新学期からは晴れてⅣからのスタートとなる。


(それが、なに?)


 アリスの自信は、まるで天使のような可愛い男の子に無残に叩き折られた。

 握りしめた拳をゆっくりと開き、手のひらにいまだ残る小さな手の感触を確かめるように見つめて、そして再びギュッと力強く握った。


(いいえ、このままで済ますもんですか。見てらっしゃい、いつか必ずこの手で参ったと言わせてみせるわ)

 

 アリスは思った以上にあきらめが悪く、そして脳筋だった。

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