アクアセルシス王国3





 サーチャと客で溢れかえる店を見ながら歩く。龍が「何か欲しいものがあれば言ってくれ」と言ったのだが、サーチャは一度頷いただけで欲しいものがないのか、それとも遠慮しているのか何も言うことはなかった。

 ゆっくりと見て歩く龍の横で、サーチャも同じように店を見ていた。もしかすると、この国に来てからゆっくり何かを見ることができなかったのかもしれない。

 ずっと奴隷として働いていれば、ゆっくりと何かを見る余裕もなかっただろう。

 横目でサーチャを見ていた龍は、そんなサーチャに微笑んだ。店を見ているということは、龍の横では安心できているのだろう。

「あら、貴方は……」

「え? あ、お久しぶりです」

 そんな龍に正面から声をかけられた。龍とサーチャが立ち止まると、目の前には1人の女性がいた。女性の顔を見て龍は名前は知らないが、その女性と何処であったのかを思い出した。

 ウェスイフール王国の闇オークション会場。そこで彼女と会っていた。

「やっぱり、あの時の。男性だから似ている人かと思ったけど、やっぱりあの時の人だったのね」

 嬉しそうに、そして少し安心したように言う女性は一度両手を叩いて微笑んだ。

「あの時は、女性の姿だったものね」

「そういえば、そうでしたね。よくわかりましたね」

 ウェスイフール王国では一時的とはいえ龍だけではなく、エリス達も性別を変えていた。それなのに目の前の女性は、あの時会話をした人物が龍だと気がついたのだ。

 会話をした時間は短いというのに。

「私は人と関わることが多いから、他の人よりも鋭いのよ。貴方が普通の人間ではないこともわかるわよ」

 そう微笑む女性は、闇オークション会場で人よりの獣人少女を買ったのだ。少女を気にしていたから、なおさら覚えていたのかもしれない。闇オークションにやって来る者が、商品として売られている者を心配することはないのだから。

 サーチャに続いて、あの場所にいた者にまた会ったことに龍は僅かながら驚いていた。この世界の広さを龍は知らない。それでも、あの場所にいた2人に会ったのだから驚くのも当たり前だろう。普通はもう会うことはないと言ってもいいのだから。

「あの時探していた子には会えたの?」

 女性の言葉に龍はあの時白龍を探していることを言っていたことを思い出した。名前を言ったわけではなく、家族だとは言わなかったが彼女は薄々気がついているのかもしれない。

「はい、無事に会うことができました」

「それはよかったわ。それと、貴方もあの男なんかより、彼と一緒にいたほうが安心ね」

 先ほどまでサーチャが別の男性と一緒にいたことを知っているということは、彼女は一度、もしくは何度もサーチャを見たことがあるのだろう。彼女の様子からもこの国に訪れたのは一度や二度ではないだろう。もしかすると彼女はこの国に住んでいるのかもしれない。

「私はここ、アクアセルシス王国に住んでいるの。何度も貴方を見たことがあって、今度見かけたら私がお金を払ってでもあそこから助け出そうと思っていたのよ」

 そう言う彼女の後ろから、闇オークション会場で一緒にいた執事の男性と、見覚えがあるメイド服を着た少女がやってきた。彼女がいるのだから2人がいてもおかしくはないだろうと龍は驚くことはなかった。

「ソフィア様! あ、こ、こんにちは」

 龍達を見て立ち止まると少女は頭を下げた。少し緊張気味に挨拶をする少女に龍も挨拶をすると頭を下げた。執事も少女の様子に微笑むと同じように挨拶をして頭を下げた。それを見たサーチャが頭を下げる様子を横目で見て龍は口を開いた。

「こんにちは。この子はあの時の?」

 執事にも挨拶を返して、女性に問いかけた。

「ええ。この子はレリュカ。帰る場所がなかったから、メイド見習いとして働いてもらっているの」

 どうやら少女の家や家族を探したが、少女は1人になってしまっていたようだ。だから女性は少女を1人にすることも、施設に入れることもせずにそばに置くことにしたようだ。

「私はタルクと申します。私と一緒に彼女には専属として行動してもらってるのです」

タルクと名乗った執事が、闇オークション会場で売られていた少女――レリュカを見て言った。

「ここであったのも何かの縁でしょう。私はソフィア・メイガン。何かありましたら、この国の白いお屋敷に来てください。そこが私の家です。手伝えることであれば、できるだけ協力します」

 そう言うと、ソフィアには用事があるのか頭を下げると2人をつれて立ち去って行った。よく見るとタルクは紙袋を持っている。これから誰かの元へ行くのだろう。

 2人でソフィア達を見送ると、まだ時間があるため他の店も見ようと歩き出そうとした。しかし龍は来た道を振り返った。

「白龍?」

「主人?」

 突然振り返った龍に首を傾げて声をかけるサーチャに、龍は何でもないと言う様に首を横に振ると振り返り歩き出した。

 ――白龍の声が聞こえた気がしたけど……何かがあったわけじゃないみたいだから大丈夫だ。でも、白龍の側にいる誰かの気配。少し変わってるけど、大丈夫だろう。白龍も大丈夫そうだ。

 白龍が誘拐されてから感じ取ることができるようになった白龍の気配と、その周りの気配。それだけではなく、距離があっても会話ができる。

 対としても力なのだろう。白龍がそばにいないのに声が聞こえると、近くで声がしているのかと思いどうしても振り返ってしまう龍だったが、今のは白龍が無意識に龍に1人になったことを伝えたのだと理解していた。

 それだけではなく、今白龍は黒麒に近づいていることもわかっていた。だから慌てることもなく、龍はサーチャと店を見て回ることができたのだ。












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