第一章 船に乗る

船に乗る1








「頼みたいことって何?」

 午後1時。ある程度、自分に与えられた仕事を終わらせたエードが、アレースが書いたアクアセルシス王国への手紙を出しに行ったため、その帰りにエリスの元へと立ち寄った。

 詳しく話すことなくつれてこられた所為なのか、エリスの機嫌はあまりよくないようだ。執務机のイスに座るアレースの正面に横一列に並んでいるのは、現在エリスの家に住んでいるメンバー全員だった。

 いつもなら情報収集で家にいないリシャーナや、留守番をしているユキまでもが揃っている。元々ここにいる全員をアクアセルシス王国に行かせるつもりでいたので、全員がいるのは丁度よかった。

「じつは、アクアセルシス王国に行ってほしいんだ」

「それって、逮捕状に書いた名前が関係しているのかしら? アクアセルシス王国の国王、アイル・セルシスの名前もあったものね」

 相変わらずリシャーナは鋭いと思い、アレースは素直に頷いた。何故アイルが、逮捕状を書くことを知っていたのかはわからない。しかし、それが関係していることはたしかなのだ。

 突然手紙を持ってきたアルトも、差出人がアイルだったため首を傾げていた。本人は忙しいため、代筆ということが記載されていた。だが、何故逮捕状を書くことを知っていたのかは書かれていなかった。

 アレースとウェイバーの名前だけでよかったのだが、名前は多い方がよいだろうと名前の記載を許可したアイル。透視能力を持っているのだと言われれば、納得することができる。

「俺が呼ばれたんだが、忙しくて行くことができない。そのため、信頼できる8人と1匹を行かせることを手紙に書いて、エードに出してもらった」

「勝手にそうしてよかったの?」

「大丈夫だろう。相手は『黒龍』と『白龍』に会いたいようだったからな」

「俺と白龍に?」

 どうして『黒龍』と『白龍』に会いたいのかは、どんなに考えてもアレースにもわからなかった。『黒龍』のことは、スカジとの戦いが他国にも知られてしまっているため、アクアセルシス王国にまで『黒龍』の噂が届いていたとしてもおかしいことはない。

 しかし、『白龍』は別だ。ヴェルリオ王国内でも、『白龍』の存在を知っている者は少ない。白龍が誘拐されてしまったことにより、魔物討伐専門組織『ロデオ』のメンバーに知られ、サトリにも知られてしまった。だが彼ら以外で『白龍』が地上にいて、『黒龍』と共に過ごしていることを知っているのはウェイバーだけだ。

 ここに『白龍』がいることを知っている者の誰かが、アイルに話すとは思えない。他にアルトが『白龍』の存在を知ってはいるが、彼は他国によく出入りするためその国で見聞きしたことはどんなことがあっても話すことはない。だから、アルトから聞いたわけでもないだろう。それに、手紙を届けに来たアルト本人が差出人を見て首を傾げていたのだ。その様子からも、アルトが話していないことがわかる。

 どうして『白龍』のことを知っているのかを考えてもわかるはずがない。それはきっと、アイルの元へ行けばわかることだろう。アレースはいかないので、エリス達が戻ってきた時に報告してもらうしかない。しかし、エリス達はアクアセルシス王国へ行ってくれるだろうか。アクアセルシス王国へ行くには、船しかないのだ。

「行くか、行かないかは置いておくとして……。アイル国王の言う通りに、俺と白龍が行っても大丈夫なのか?」

「あの国の悪い話は聞かぬ。それに、あの男は『黒龍』と『白龍』の2人と話したいのじゃろう」

「悠姉!」

 隣の部屋へ続く扉が開かれ、不死鳥姿の悠鳥が姿を現した。数日ぶりに会う悠鳥に、白龍が駆け寄った。不死鳥姿の時の色は赤いが、黄色や青色もあり、龍は久しぶりに見たその姿に綺麗だと思った。

 悠鳥がここにいるということは、今卵は誰も温めていないということになる。そのことに気がついたアレースは、勢いよく椅子から立ち上がった。しかし、アレースの言いたいことがわかった悠鳥が先に口を開いた。

「卵なら、エイドに温めてもらっておるから心配はいらぬ」

 その言葉に安心したのか、アレースは大人しく椅子に座った。親でもないエードが卵を温めてもいいのかとは思ったが、2人が納得しているのなら口を挟むこともない。

 そして、龍は二つ疑問に思うことがあった。数日ぶりの悠鳥との再会を喜ぶ2人には悪いと思いながらも、一つの疑問を悠鳥に尋ねることにした。

「なんか、不死鳥の姿が小さくないか?」

 今まで龍が見た不死鳥姿の悠鳥は大きかった。しかし今は、見るからに小さいのだ。何故小さいのか。不死鳥の姿が本来の姿であるのに、小さくなることができたのか。聞きたいことは他にもあったが、何故小さいのかがわかればよかった。

「本来の大きさになっていては、部屋が狭くなってしまうじゃろう。それに、卵を温めるだけにあの大きさは必要ない。大きさは思いどおりに変えられる。だから、今は小さくなっておる」

 そう言った悠鳥に、たしかに城へ行く前の卵の大きさではあの不死鳥の大きさでなくてもいいと思った。悠鳥が城へ行った日、仕事のため卵は見たが、悠鳥を見ていなかった龍。悠鳥はその日から小さいのだ。

「でも、あの日より少し大きいんじゃない?」

「よくわかったの。卵に合わせて大きくなったのじゃ」

 卵に合わせて大きくなったという悠鳥の言葉に、リシャーナ以外の全員が首を傾げた。それはアレースも同じ。毎日会っていると、僅かな変化にも気がつかないことが多い。だから、毎日会っているアレースではなく久しぶりに会ったエリスが気がついたのだ。

 しかし、悠鳥の言葉に卵が大きくなるのかと首を傾げた。以前悠鳥が話していたが、本当に大きくなるとは思っていなかったために信じられないのだろう。リシャーナのは覚えているのか、それとも大きくなった卵を見たことがあるのか驚いていなかった。

「実際に見てみればいい」

 振り返り、開いたままの扉に向かって歩き出す悠鳥にエリスがついて行くと黒麒たちも静かに後ろに続いた。最後にアレースも来たが、それは本当にエードが卵を温めているのかを確認するためだろう。

 アレースの部屋へ入ると、正面の奥にベッドがあった。そこに腰掛けるエードの足の間には何か包んでいるように見える温かそうな布があった。

「おや、早いお戻りですね」

 エードは読んでいた本から顔を上げた。エリス達を見て軽く頭を下げたが、ベッドからは立ち上がろうとはしない。それは卵を温めているからだろう。

 ベッドに近づき軽く羽ばたいてエードの横に乗った悠鳥を見てからエードは布ごと卵を持ち、体をひねって自分の後ろにそれを置いてから立ち上がった。

 悠鳥が布をくわえて引っ張ると、そこには30センチほどの薄いオレンジ色の卵があった。くわえていた布を卵の下の方に巻くように置いてから、悠鳥はエリス達を見た。

「少し、大きくなってる?」

「なってるな……」

「なってるなってる」

 ツェルンアイの言葉に、龍と白美が首を縦にふりながら答えた。城へ来る前の卵は20センチもなかった。それなのに、倍近くの大きさになっているのだ。悠鳥も卵の大きさに合わせて、大きくなるのも仕方がない。

 小さいままでいると、しっかりと卵を温めることができないのだから。黙って卵を見ているエリス達とは違い、白龍がベッドに近づくと卵に右手を伸ばした。

「温かい」

「冷えぬよう温めていましたからね」

 白龍の頭を右手で撫でてそう言ったエードは、ゆっくりとベッドに近づいてくるアレースを見た。アレースは毎日のように卵を見ていたが、たしかに言われてみれば卵が大きくなっているような気がした。悠鳥やエードだけではなく、エリス達にも言われたからそう思ったのかもしれない。

 卵から白龍が手を離したのを見て、悠鳥はゆっくりと卵を温めるために卵の上に座った。何度か体勢を整えて、落ち着いた悠鳥を見てからエリスは口を開いた。

「悠鳥、貴方ご飯はちゃんと食べなさいよ」

「……わかっておる」

 エリスの言葉に悠鳥は顔をそらしてこたえた。悠鳥は卵を温めることに集中しているため、飲食をあまりとらないでいた。そのため僅かに痩せてしまっていた。

 そのことに、エリスは悠鳥を見て気がついたのだろう。だから、その言葉が出てきたのだ。だが、悠鳥が僅かに痩せたことに気づいているのはエリス以外にもいた。そのことを悠鳥は、小さく呟いた。

 メイドや執事、エード、それにアレースも気がついていた。見るからに痩せているわけではないが、それだけ悠鳥の体調を気にしているから気がついたのだ。

 毎日メイドや執事が、飲食をあまりとらなくなった悠鳥のために、飲み物や果物を持ってくる。用意するのはコックだが、時々エードやアレースが持ってくることもある。

 それだけ、この城にいる者は悠鳥を気にかけているのだということがわかる。気にかけているのなら、悠鳥が倒れてしまうほど痩せることもないだろうと、小さく呟いた悠鳥の言葉にエリスは頷いた。

 悠鳥が痩せたことに龍達は気がつかなかった。もしかすると、リシャーナやユキは気がついていたかもしれないが、何も言わなかった。

「さて、卵も見たことだし、答えてくれるか?」

「アクアセルシス王国に行くか行かないか? 行くことが強制なんでしょ?」

「強制じゃない」

「行ってみるとよい。皆、海の向こうへは行ったことないじゃろ? それに、龍と白龍は会うべきじゃ」

 そう言った悠鳥の言葉に龍が軽く首を傾げた。まるで悠鳥はアクアセルシス王国の国王、アイル・セルシスのことを知っているかのように言ったのだ。ただ龍がそう思っただけかもしれない。

 それに悠鳥は不死鳥になりヴェルリオ王国へ来たのだ。アクアセルシス王国に立ち寄っていたとしてもおかしくはない。もしかすると、その時に会っているかもしれないのだ。

「悠鳥がそう言うなら、アイルって人に会ってみたいな。それに、白龍に様々なものを見せたいし」

 白龍の頭を右手で撫でながら龍が言うと、両手でその手を掴み龍を見上げた白龍は微笑んで言った。

「僕、海、見たい。その人、会ってみたい」

 真っ直ぐ目を見つめて言う白龍に龍は一度頷いてエリスを見た。行くのか行かないのかを決めるのは自分の主であるエリスなのだ。龍も白龍もアイルに会いたいと言うのなら、エリスの答えは決まったようなものだった。

「それじゃあ、行きましょうか。私も久しぶりに海を見たいもの」

「アクアセルシス王国には行ってみたいと思っていたから、丁度いいわね」

 海を見たいと言うエリスと、アクアセルシス王国に行きたいというリシャーナ。リシャーナの口ぶりからすると、どうやら彼女は一度もアクアセルシス王国へは行ったことがないようだ。

 アレースはリシャーナなら何か知っていることがあるかもしれない。そして、アイルがリシャーナを知っていればエリス達におかしなことを言ったりしないだろうと考えて一緒に行ってもらおうと思っていた。

 今のリシャーナの様子からは、アイルのことを知っているようには見えない。だが、彼女は情報屋だ。何かを知っていたとしても話すことはないだろう。

 アイルはこちらのことを何故かよく知っている。逮捕状のことを知っていたこともあり、リシャーナのことを知っている可能性も高い。彼女がいれば大丈夫。

 たとえアレースがリシャーナのことを苦手としていても、彼女がいれば海を渡る時に何かがあっても大丈夫。アレースはそう思い、小さく頷いた。

「それじゃあ、2日後に行ってもらえるか?」

「ええ、それで構わないわ」

 アレースの言葉にエリスが頷くと、龍達も同じように頷いた。誰もが明日までは予定が入ってはいるが、明後日には予定が入ってはいなかった。だから頷いたのだ。

 アクアセルシス王国に行っていつ帰って来ることができるのかもわからない。だから、今後の予定は帰って来てから入れなくてはいけない。そうしなければ、予定を入れたとしても約束の日時に仕事をこなすことはできないだろう。

「アイルの元には連絡をしなくていいのか?」

「きっと、連絡をしなくても来る日はわかってると思うがな」

「それもそうじゃの」

 悠鳥の質問に、アレースは思ったままを口にした。その言葉に、悠鳥は目を閉じて頷いた。アレースの言葉に納得したのだ。

「さて、私はそろそろ行くわ」

「今日はどこに?」

「図書館にいるリーヴルに会いに行ってから、孤児院の子供達の怪我の手当て。あの子達よく転んだりして怪我をするから、1週間に2回手当てしに行くのよ」

 そう言ってエリスは廊下へ出る扉へと向かった。その後ろには、黒麒とユキが続いた。孤児院に行くということから、2人も一緒に行くのだろう。2人はよく孤児院に行っているのだから。

「あたしも行くね」

「それじゃあ、私も仕事に行くわ」

 手を振る白美が向かうのは自警団だろう。ラアットの様子を見て、暫く出かけることを告げるのだろう。彼のことだからついてくると言いそうではあるが、ガヴィランが止めてくれるだろう。ラアットは自警団に入ったばかりのようなものなのだ。それでもガヴィランは、ラアットを気にかけている。だからエリス達が迷惑だと思うことはさせないだろう。

 扉を開いて廊下へと出たエリス達の後ろを追いかけるように、白美とリシャーナが部屋を出て行った。仕事と言っていたリシャーナは、情報を提供しに行くのか、それとも入手しに行くのか。たとえ尋ねても答えてはくれないので、誰も尋ねようとは思わない。

「俺達も仕事に行くか」

「ええ、そうね」

「白龍は、ここで待っててくれるか?」

「うん! 待ってる」

 元気よくこたえた白龍の頭を、龍は右手で撫でた。できればつれて行きたいのだが、重い荷物を運ぶため白龍をつれて行くのは危険だ。それに、今日は全員が出かけるため家に1人だけにすることもできない。

 だから、城にいる悠鳥に面倒を見てもらおうと考えたのだ。しかし、卵を温めているため悠鳥も白龍を見ていられないかもしれない。僅かにそう思った龍だったが、エードと目が合うと彼が頷いたので大丈夫だろうと考えた。

 アレースも仕事があるだろうが、エードや他のメイドや執事が相手をしてくれるだろう。メイドや執事は白龍を可愛がっているようで、白龍が城から帰ってくると、よくおやつを持っていたりしていた。

「いい子で待ってるんだぞ」

「うん!」

 撫でてもらうことが嬉しいのか、笑顔を浮かべて白龍は大きく頷いた。笑顔の白龍を見て、ツェルンアイも微笑むと白龍を撫でた。

「今日はどこに?」

「クロイズ王国に。向こうから建設の手伝いに来ている人達の手紙とかを届けて、帰りは木材を運んで来る」

「そうか。それなら、ウェイバーに手紙をついでに届けてくれ」

「……ウェイバーに届けると、いつも娘自慢されるんだが……」

「マリンちゃん自慢? まだいいだろ。俺は妻のアクアさん自慢もされるんだぞ」

 苦笑いをしながらそう言ったアレースは、執務室へと入って行った。どうやら手紙は執務室に置いてあるようだ。

 ウェイバーは1人娘であるマリンが可愛らしく、物を持って来た龍に自慢話をする。それも、内容は毎回似たようなものばかりだ。

 一度だけ妻のアクアの自慢話をされた記憶が龍にはあったが、アレースが言うほど自慢話をされていない。それはもしかすると、アレースに結婚はいいと遠回しに言っていたのかもしれない。

「はい。ウェイバー本人に渡してくれ」

「わかった」

 執務室から戻ってきたアレースが龍に手紙を手渡す。内容はウェスイフール王国のことだろうと龍は考えながら、落とさないように内ポケットに仕舞った。

「それじゃあ、行ってくる」

「あとで向かえに来るからね」

「うん。気をつけてね」

 手を振るツェルンアイに、白龍も手を振り返した。廊下へ出て、龍が扉を閉めると白龍は手を下げて黙って扉を見ていた。その顔は、少し寂しそうだった。

 向かえに来てくれるとわかっていても、白龍は龍と離れてしまうことが不安だった。それは、『黒龍』の対である『白龍』だからだろう。

 寂しそうにしている白龍を見て、悠鳥が右手である翼で白龍の頭を撫でた。すると、撫でられることが好きな白龍は嬉しそうに微笑んだ。

 そんな白龍を見て、アレースは早く仕事を片づけて白龍と遊ぼうと考えて執務室へと向かった。エードは白龍、そして悠鳥に飲み物と何かおやつや果物を持ってこようと考えて、2人にすぐ戻ることを告げて廊下へと出て行った。

 エードが足音をたてずに足早に向かう場所はキッチンだ。そこにいるコック達に何かを頼もうと考えたのだ。彼らなら、すでに何かおやつを作っているだろうと予想をし、エードは静かに階段を下りた。









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