日常へ3








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 魔物討伐専門組織『ロデオ』。ここへ訪れるのは二度目だ。白龍にとってははじめて訪れる場所であるためか、龍と繋いでいる左手には力が入り、右手で強く龍の服を掴んでいた。そのため、体は龍へと向いている。

 そんな白龍に、「心配はない」と声をかけるユキに頷きはしたが、不安なのは変わらないのか服から手を離さなかった。白龍の様子に龍は微笑んで「抱っこしようか?」と冗談半分で尋ねた。

 すると、白龍は龍の服と繋いでいた手から手を離して両手を上げた。それは、抱っこしてほしいということだ。そんな白龍に龍だけではなく、エリスたちも驚いた。自分で言ったのだからと、龍は不安がる白龍を抱き上げた。龍に抱きつく白龍を見て、微笑んでエリスは扉を開いた。

 開かれた扉に、建物内全員の視線が集まる。誰が来たのか、依頼者なのか、それとも仲間が帰ってきたのかと思ったのだろう。だが、そこにいたのはエリスたち。以前訪れたときにはいなかった者も連れていたが、ウォーヴァーに聞いていたのか、近くのイスに座っていた男が口を開いた。

「ボスは上にいるよ」

「ありがとう。行きましょう」

 男にお礼を言って、振り返ったエリスは龍の目を見て言った。龍が頷くと、中へ入り階段へ向かった。黒麒が扉を静かに閉めた。

「あとで、飲み物とあれを持って行くわね」

「ありがとう!」

 アリエスの言葉に立ち止まった白美は笑顔で返して、一番最後に階段を上った。あれとはいったい何のことか分からなかったが、来れば分かるだろうと思ったのだ。先に階段を上りきったエリスが扉をノックした。すると、すぐに返事が返ってきた。ドアノブを回して扉を開くと、仕事机に向かっているウォーヴァーと、そんなウォーヴァーの隣で書類の整理をしているヴィシーデがいた。

 部屋に入ると、エリスたちは以前と同じソファに座る。座る位置も同じだ。しっかりと扉を閉めた白美がソファに座ると、ウォーヴァーは持っていたペンを置いて書類をヴィシーデに渡した。そして、イスから立ち上がると以前と同じソファに座る。ヴィシーデは立ったまま書類整理を続けている。

 そんなヴィシーデを気にすることなく、ウォーヴァーは隣に座っているリシャーナを見て、その隣に座っている龍を見た。龍の膝の上には大人しく白龍が座っており、自分を見ているウォーヴァーを不思議そうに首を傾げて見つめていた。

「はじめまして、白龍。俺はウォーヴァー・ファロッター。元気そうで良かったよ」

 微笑んでそう言ったウォーヴァーの言葉に、ヴィシーデは手を止めて白龍を見たがすぐに書類整理に戻った。どうやら間もなく終わるらしく、終わるまで加わるつもりはないようだった。

 それに、白龍はヴィシーデがあのときアイスを売っていた人物だとは気がついていないようで、黙ってウォーヴァーを見つめている。もしかすると、あのとき白龍はアイスを売っていた人物を見ていなかったのかもしれない。覚えていないのなら、それでも良いのだ。わざわざ言って、誘拐されたときのことを思い出させる必要もないのだから。

「……さっきから、黙って俺を見ているが……何か、ついてるか?」

「つの……」

「ああ、ついてるな。触ってみるか?」

「うん!」

 元気良く返事をして右手を伸ばす白龍が触りやすいように、頭を下げた。隣にいるリシャーナに膝枕をしてもらっているようにも見えなくもない状態になってしまったが、リシャーナは気にしていないようだった。

 角に触れた白龍は、はじめて触れたそれに小さく息を吐いた。『黒龍』になった龍の角にも触れたことがなければ、白龍が誘拐され、助ける前まで人型のときにもあった角に一度も触れたことがなかったのだ。そのため、はじめて触れた角に少しだけ驚いていた。思っていたよりも固いそれを触れる白龍に、ウォーヴァーはされるがままでいた。

 2分程白龍が角に触れていると、扉をノックする音が部屋に響いた。返事を待つこともなく開かれた扉の前にいたのは、アリエスと1人の男だった。

 その男は、両手が塞がっているアリエスのためについてきたようで、扉を開きアリエスが入ったことを確認すると、一度頭を下げて扉を閉めた。扉を閉めた彼の、階段を下りて行く音が聞こえた。

「あら、角に触れさせるなんて珍しい」

「子供が触りたいと言ったら、触らせてやるさ。……もう良いのか?」

「うん。あり、がとう」

 笑顔で言う白龍に、ウォーヴァーは体を起こした。そして、軽く両手を上げて伸びをした。そんなウォーヴァーを見ながら、アリエスはテーブルに持ってきたものを置いていく。

「さあ、どうぞ食べて。朝早くからヴィシーデが買って持ってきてくれたのよ」

 そう言って置いたのは、一つのアイスが乗った皿だった。人数分あるアイスは、ヴィシーデが買ってきたのだという。もしかすると、あの日台車の上にあった銀色の箱にアイスを入れて持ってきたのかもしれない。ユキの分は、ユキが食べやすいようにとアイリスは床に置いた。

 いったい何処で購入してきたのかは分からないが、あの日購入して食べたアイス屋と同じように冷気を封じ込めた魔法玉を入れていたのだろう。それか、アイスを入れていたものを凍らせていたかだ。

「さあ、白龍ちゃん。どうぞ、食べてあげて」

「うん!」

 アリエスから皿を両手で受けとり、右手でスプーンを持ってアイスをすくう。そして、一口食べる。そんな白龍の様子を、書類整理を終えたヴィシーデが黙って見ていた。

 それもそうだろう。ヴィシーデが、白龍のためにお詫びとして購入してきたものなのだから。人数分あるのは、ついでなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。

「おいしい!」

「それは、良かったです……」

 安心したのか、小さくそう言ったヴィシーデの言葉を聞いて白龍は首を傾げていたが何も言わなかった。このアイスを用意したのは、この男性――ヴィシーデだと思ったからだろう。

「龍たちの、アイス、同じくらい、おしいしい」

「え?」

「それって……作ったってこと?」

「一般の人も作れるのか?」

 白龍の言葉に目を見開くヴィシーデ。アリエスは目を輝かせて龍を見た。その右手には、どこから取り出したのか束になったメモ用紙とペンが握られていた。材料と作り方をそこに書いてほしいのだろうと龍には分かっていた。ウォーヴァーもアイスを一口食べながら、アイス専門店以外でも作れるのかと驚いていた。

 龍が膝に白龍を乗せているので、テーブルに置かれた皿を取ることが出来ない。エリスたちは白龍がアイスを食べたのを見て、食べはじめていたが、龍はアイスの乗った皿の代わりに、アリエスにメモ用紙とペンを渡された。

 材料と作り方を書かなければ、アイスを食べることが出来ないと分かり、龍は小さく息を吐いて文字を間違えないように注意しながら書いていく。バニラエッセンスの代わりに入れた材料の名前が分からなかったが、作るときにエリスが名前を言っていたことを思い出して書いた。

 分かりやすく作り方も書くと、アリエスにメモ用紙とペンを渡した。そして、代わりにアイスの乗った皿を渡してくれたが、アイスが半分程溶けていた。見たときはお店で食べたアイスと同じサイズ違いの5段をしていたが、今は溶けて段数が分からなくなっている。すでに全員が食べ終わっているのだから、溶けていても仕方がないだろう。龍はアイスを一口食べた。それは、たしかに美味しかった。

「これで、箱ごとアイスを買って来なくても大丈夫ね」

 ヴィシーデに向かって言うアリエスの様子から、どうやら箱ごと購入してきたようだ。サイズ違いの5段アイスを箱ごと購入したということは、最低でも5箱。値段はいくらしたのかと思った龍だったが、頭を横に振って考えるのをやめた。今はアイスの入った箱は冷凍庫にでも入れているのだろうと考えて、残りのアイスを食べる。

 溶けてしまっていたため、アイスをすぐに食べ終わった龍は、隣に座っているリシャーナに皿をテーブルに置いてもらい、メモ用紙を見ているアリエスを見た。自分の書いた文字は間違えていないか、そして作り方が分かるか不安だったのだ。

「この、バニラの実って、あのバニラの実?」

「あの?」

「そう。あのバニラの実よ」

 あのとはいったい何のことなのか龍は分からず首を傾げた。アリエスはバニラの実について答えてはくれなかった。その代わりに答えたのはエリスだった。どうやらエリスにはアリエスの言いたいことが分かるようだった。

 何か考え込んでしまっているアリエスに、龍は首を傾げたままエリスを見た。エリスならば、何故アリエスが考え込んでいるのかが分かるだろうと思ったのだ。

「バニラの実って1センチくらいの白い甘い実なのは、龍も今日見て味見もしたから知ってるわよね?」

「ああ。実を砕いて、中の果肉を使ったからな。一つは興味本位で食べてみたが、本当に甘かったな」

「あれ、一つで2000スピルト近くするのよね」

「え……」

 エリスの言葉に龍は固まってしまう。バニラの実一つが2000スピルトとは知らなかったのだ。しかも、三種類のアイスにバニラの実を一つ入れたのだ。他にもアレースたち用のアイスにも入れた。

 全部で幾つ使ったのかは数えていないため分からない。もしも値段を知っていたら、バニラの実を使うことを躊躇っていただろう。一つ2000スピルトもするものを簡単には使えない。

 値段を知らなくて良かったと、龍は小さく息を吐いた。バニラの実がそんなにするのなら、アリエスが考え込んでしまうのも仕方がないと思ったのだ。龍だって値段を知っていて、自分で買って使うときは考えてしまうだろう。全部使うのか、少しだけ使うのかと。たとえ、全部使わないといけないとしても、値段から全部使うことは躊躇ってしまうだろう。

「そう言えば、彼はウォーヴァーが仕事を放置しないようにと見張りでおるのか?」

「え? いいや、違う。ヴィシーデは計算とかが得意なんだ。書類の計算に間違いがないかを見てもらっていたついでに、書類整理をしてもらっていた」

「へえ。戦いよりも、それが得意なんだ」

 ヴィシーデを見て言う悠鳥に、ウォーヴァーは笑顔で答えた。元々戦うことが苦手であったヴィシーデを、暫くは監視するという意味を込めてそばに置いていたのだ。

 彼が悪くないとはいっても、白龍誘拐に手を貸していたのだ。だから、罰として依頼をこなすことが出来ないのだ。その代わり、ウォーヴァーの手伝いをしている。

 計算が得意というのは、書類整理をしていて偶然合計が違うものを見つけたことにより発覚したのだ。そのため、今後も手伝わせようかと考えているのだ。

 ヴィシーデが戦いよりも計算が得意ということは、リシャーナも知らなかったようで、新しい情報を得ることが出来て嬉しそうに微笑んだ。

「さて、ここへ来てそれ程たっていないけれど、もう戻るわね」

「あら、早いのね」

「ええ。このあと城に行こうかと思って」

 白龍が帰って来てから、アレースはまだ一度も白龍に会っていないのだ。彼も白龍を心配していたので、目が覚めたのだから会いに行くのが良いだろう。アイスも届けなくてはいけないのだから。それに、ヴィシーデのお詫びも食べたのだ。もう良いだろう。

 エリスが立ち上がると、すぐに黒麒と白美が立ち上がった。アリエスがユキのために床に置いた皿を、邪魔にならないようにとテーブルに上げた。そのため、皿を蹴飛ばす心配もない。

 龍は膝に乗っている白龍をしっかりと抱きかかえると、ゆっくりと立ち上がった。それを見て、悠鳥とリシャーナが立ち上がり、最後にウォーヴァーが立ち上がった。

 扉へと向かって行くエリスたちに、ヴィシーデは深々と頭を下げた。頭を下げたヴィシーデに気がついた白龍は、笑顔で手を振った。手を振る白龍に気がつき振り返った龍は、頭を上げて白龍に手を振り返しているヴィシーデに頭を下げた。

 その様子を見ていたウォーヴァーとアリエスは、小さく息を吐いた。もしかすると、白龍はヴィシーデのことを覚えていて、怖がったらどうしようかと思っていたのだ。だが、そんな心配はなかったと白龍の様子を見て安心したのだ。

 アリエスとヴィシーデは部屋から出なかった。2人は皿などを片づけるために残ったようだ。だが、エリスたちは気にすることはなく階段を下りて外へと続く扉へと向かった。騒がしい1階の様子を気にすることなく、エリスは扉を開いて外へと出た。その後ろに黒麒が続き、最後にウォーヴァーが出ると静かに扉を閉めた。

 背中を向けているエリスたちに、ウォーヴァ―は声をかけようとしたが出来なかった。『ロデオ』から出てきたエリスたちに声がかけられたからだ。それは聞き覚えのある声だった。声が聞こえた方向を見ると、そこにいたのはガヴィラン、ラアット、ツェルンアイの3人だった。どうやら、声をかけてきたのはガヴィランだったようだ。

「丁度良かった。もう少し遅ければ、すれ違うところだったな。『ロデオ』の扉を開けて、エリスたちがいるのを確認するのもどうかと、さっき思ったんだよ」

 そう言って右手を上げるガヴィランに、ウォーヴァーは目を見開いた。何故ここに自警団がいるのかと言いたげな顔をしている。『ロデオ』は悪いことをしていない組織だとしても、やはり自警団がやって来るとドキッとするのかもしれない。それにもしもガヴィランたちが『ロデオ』に入ってきたらと思うと、あまり気分は良くない。

 自警団が魔物討伐専門組織に入るということは、何か疑わしいことがあるということだ。だから、もしもガヴィランたちが今の制服姿で入ってきたら、それを見ていた人たちから噂は広がり信用度は落ちるだろう。ただでさえ、スインテ、グスティマ、ルスディミスの3人のことがあるのだから。白龍誘拐などのことは知られていなくても、彼ら3人のことは知られているのだ。

「何か分かった?」

 ガヴィランの姿を見てエリスが問いかける。すると、ガヴィランは両手を上げてお手上げとでも言いたそうに首を横に振った。

「いいや。彼女、ずっとどこかの森に住んでいたみたいで何も。それに、あの屋敷から一度も出たことがなかったらしい。けれど、彼女以外の他の者は良く別の者に変わっていたらしい。1人連れて行ったと思ったら、別の者を連れ帰ることもあったらしい」

「あまり協力出来なくてごめんなさい」

「気にしなくて良いさ。スレイ本人から話しは少しだけ聞いたから」

 ラアットの言葉通り、スレイは少しずつ話しはじめていた。全てではないだろうが、彼はスピカのことからゆっくりと話しだしたのだ。







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