心から信頼できる者2






******





 男は言った。

「人に会いに行ってくるから帰りは明日になる」

 それだけを言って男は地下から出て行った。別に私に言って行かなくても良いのにと思う。男が来なくても私は構わないのだから。寂しいとも思わない。男に会わずとも、私の元には誰かが来るのだ。それが同じような存在で話しをしなくても。

 ただ一つだけ、私を救ってくれる存在には会いたいと思った。あの男ではなく、その人に。どんな人なのか。もしかすると、人ではないのかもしれない。けれど私をここから救い出してくれるのなら、どんな存在でも構わない。

 もし救い出されて、また今と同じような生活をしないといけないのなら、救い出さないでほしい。それは、新しい絶望がはじまってしまうということになるのだから。

 日が当たらないここはとても寒い。そんな場所と変わらない生活なら、私は救い出されることを望まない。

 私は毎日右手首の青い毛のブレスレットに、心の中で問いかける。私を救ってくれる存在は本当にいるのか。その人はどんな人なのか。そして、いつここへ来るのか。答えが返ってくるはずもない。それは当然なのだから、私は答えを望んではいない。

 もしもいるのなら、会ってみたい。その存在に。男性なのか、女性なのか。

 そういえば、あの男の名前は何だっただろうか。突然どうしてそう思ったのかは分からない。ただ、今私が見る人たちで唯一名前を知っているのは彼だけだと思ったのだ。だが、名前を思い出せない。あの金髪の男の名前を全く思い出せない。

 彼はたしかに名乗っていた。それなのに私は、名前を思い出すことが出来ないのだ。それだけ私は、あの男に興味がないのだろう。





******





 村を出るとき、村人は沢山の野菜を龍やエリスに渡した。報酬は城へ戻り、報告すれば貰えるため、龍はエリスの様子を窺った。受け取っても良いのか分からなかったからだ。しかし、エリスは喜んで野菜を受け取っている。

 それならと、龍は礼を言って笑顔で受け取った。歌い終わり、龍の横へ来た白龍には、村人は野菜ではなくお菓子の入った袋を渡した。野菜はまだ子供である白龍には重いからお菓子なのかと思うが、ただ村人が白龍にお菓子を渡したいだけなのかもしれない。

 礼を言う白龍の頭を龍が撫でると、お菓子を貰って嬉しそうにしていた白龍がさらに嬉しそうに微笑んだ。

 手を振る村人に、白龍は手を振りながら、エリスたちは村を出る前に頭を下げて帰路へと着いた。振っていた左手を龍の右手と繋ぎ、見上げる白龍に微笑む。

 村へと来るときは、徒歩だったが帰りも時間をかけて歩くのは疲れてしまう。そう考えて、村から離れると全員が立ち止まった。離れているため、村人からは姿が見えないだろう。龍はそう考えて立ち止まったのだが、まさかエリスたちも同時に立ち止まるとは思っていなかったため驚いた。

 どうやらエリスたちも考えは龍と一緒だったようだ。立ち止まった彼女たちは、何も言わずに龍へと振り返った。龍は言われずとも元々そうしようと考えていたのだが、エリスたちは龍に頼もうと考えていたようだ。

 手を繋いでいた白龍はエリスたちを見上げてから、龍を見上げた。どうして全員が龍を見ているのか分からず、首を傾げている。白龍と繋いでいる手を離して、荷物をその場に置いて少し離れる。

 置いた荷物を黒麒が持ち、白龍の左手をエリスが握る。もし白龍が龍へと近づいてしまうと危ないからだ。白龍は龍が何をするのかと首を傾げながら黙って見ている。

 歩いていた龍が振り返り、充分な距離をとったことを確認すると、一度大きく息を吐いた。息を吐いたと同時に龍の姿が変化する。人型から獣型である『黒龍』の姿へと。

 軽く伸びをしてからエリスたちへと近づく。そばへと近づくと、その場で龍は伏せをして全員が乗りやすい体勢となった。

「問題なく『黒龍』になることは出来るようになったのね」

「隠れて訓練してたおかげだね」

 楽しそうに言いながら龍の背中へと乗る白美。彼女の言うとおり、龍は訓練していたのだ。人型から獣型、その逆へとすぐに姿を変えられるようにと。何かあったときにすぐに姿を変えなくてはいけないということもあるのだから。

 今ではスカジと戦った頃よりも早く姿を変えることが出来るようになった。姿を想像することなく、思ったときに姿を変えられるのだ。

 姿を変えた龍を見上げて、驚いている様子の白龍をエリスが抱き上げると、先に乗っていた白美が受け取る。すぐにエリスと黒麒が背中に乗ると、乗らずにいた悠鳥が羽ばたいて空へと飛んだ。それに続いて龍も大きな翼を羽ばたかせて地面を蹴った。周りの木々と同じ高さにいた悠鳥よりも高く飛ぶ。

 一度の羽ばたきで、強風を起こしてしまうためだ。高く飛び上がると、悠鳥も高度を上げた。羽ばたいても迷惑がかからないであろう場所で止まると、ヴェルリオ王国へと向かう。

「たっかーい!」

「危ない危ない。乗り出すと危ない」

 『黒龍』となった龍をはじめて見て驚いていた白龍だったが、恐怖は感じていないようだった。白龍を抱え込むように座っていた白美が、龍の背中から見える周りの景色に喜び、立ち上がろうとするのを止めた。座っているため安全だが、立ち上がると自然に吹く風によって飛ばされてしまうかもしれないのだ。それだけではなく、龍もそれなりのスピードで飛んでいる。危険なことに変わりはない。

 大人でも危険なのだから、まだ子供である白龍は立ち上がった瞬間に吹き飛ばされてしまうだろう。残念がる白龍には申し訳ないが、座っている場所から景色を楽しんでもらうしかない。

「白龍を連れてくるときは飛ばなかったのか?」

 横に並んで飛ぶ悠鳥に龍が問いかけた。少し聞き取りにくかったのか、大きく羽ばたくと龍の頭上へと下りて座ってしまった。そこなら話し声も良く聞こえるので、龍は頭の上に座られたことを気にすることもなかった。

「『不死鳥』の姿となった妾の背中には乗せていたが、落ちると危険じゃから木々より少し高い場所を飛んでいただけじゃ。ここまでの高さでは飛んではおらぬ」

 白龍を連れてきたのは悠鳥だけだ。他にも誰かがいれば、白龍が落ちないように押さえてもらえる。しかし、1人だとそうはいかない。高い場所を飛んで強風で落ちるより、低い位置で飛んでいた方が強い風も吹かないため安全だ。まったく吹かないわけではないのだが、風を遮るものがある場所を飛んでいた方が安全ではある。

「生まれて間もなかったからなのか、とても大人しかったから飛ぶのも楽じゃった」

 龍の背中に乗る白龍を振り返り見る悠鳥は、景色を見て楽しんでいる白龍に笑みを浮かべた。悠鳥にとっては楽しそうにしている白龍を見て、安心出来るのだ。『黒龍』もだが、本来『白龍』は地上で人間たちとは暮らさない。

 正直、悠鳥にとっては不安だったのだ。今まで見てきた『白龍』は邪な心を持つ者に弱かったから。地上に下りれば、邪な心を持つ者と接触することも多くなる。それにより、体調を崩したり、元気が無くなるのではないかと思っていたのだ。

 しかし、そんな心配はいらなかったようだ。たしかに、邪な心を持つ者が近くにいれば少し元気がなくなる。だが、必ず近くには龍やエリスたちがいる。そのおかげなのか、白龍が体調を崩すことはなかった。

 このまま、何事もなく白龍が元気に大人へと成長出来れば良い。悠鳥はそう願った。そう願うのは悠鳥だけではない、エリスたちも同じだった。





******





 ヴェルリオ王国の中心にある街、ヴェルオウルから少し離れた場所へと龍は下りた。街へ『黒龍』の姿のまま飛んでいくと、少々騒ぎが起こってしまうからだ。そのため少し離れた場所へと下り、そこから徒歩で城へと向かうことにしたのだ。別に『黒龍』が街を襲いに来たと騒がれるわけではない。

 野菜の入った袋を持って城へと向かい、たどり着いた頃には汗が流れていた。そろそろ夕方になる時間だというのに、まだ暑い。エリスたちは黙って城へと入って行く。誰も止める者はいない。ときどき声をかけてくる人はいるが、それは挨拶が多い。

 ただ、城の料理長に会ったときエリスは手に持っていた袋を渡した。龍が飛んでいたときに背中で自分たちが食べる分と、そうではないものを分けていた。量が多いので、渡そうと考えていたのだろう。本当はアレースに渡すつもりでいたが、重い袋を持って階段を上るより料理長に渡した方が良いと考えたのだ。料理をするのは彼らなのだから、それが良い。

 料理長は渡された袋を覗き込んで、その野菜が何処のものかすぐに分かったのだろう。目を輝かせて、貰っても良いのかとエリスに問いかけた。黒麒が持っていた袋も渡すと、喜ぶ料理長。この国の野菜の多くはエリスたちが行った村のものだ。しかし、城では売れ残りそうなものをあえて買ってくる。少しでもお店の損が出ないようにとの考えからだ。

 だから状態の良い野菜を食べることも料理することも少ないのだ。野菜の数からして、城にいる全員には当たらないだろうことは分かる。それでも料理長にしたら、客人が来ているとき以外で状態の良い野菜を料理できるだけで良いのかもしれない。鼻歌を歌いながら重い袋を、重いと感じさせずに両手で持ち立ち去る彼の尻尾はちぎれんばかりに振られていた。龍はその尻尾を見て、彼が人間ではないことに気がついた。

 彼を黙って見ていたエリスは、黙ったまま天井を見上げた。これから階段を上らないといけないと考え、溜息が零れる。しかし、上らなければアレースに会うことは出来ない。彼が下りてくることはないだろうから。今ならば彼は机に向かって仕事をしているだろう。休憩をしなければ、夕食まで彼は部屋で仕事をしている。いつもの事なので、エリスには分かっていた。

 一度大きく息を吐き出すと、階段を上りはじめた。龍は白龍と手を繋ぎながらゆっくりと上る。白龍は村で歌を歌い、龍の背中ではしゃいでいたからなのか目をこすっている。まだ幼い白龍にとって、今回は疲れてしまったようだ。

 だんだんと階段を上る速度が落ちていく。アレースに挨拶だけでもと考えていた龍だったが、白龍の様子からそれも無理だろうと分かる。眠たくて目をこする白龍を抱き上げると、龍が手に持っていた野菜が入った袋を黒麒が持った。目を開けていることも出来なくなってしまった白龍は、抱き上げた龍の服を掴み静かに寝息をたてはじめてしまった。白龍が持っていたお菓子の袋はいつの間にか悠鳥が持っていた。

 前を歩くエリスと白美が、寝てしまった白龍を見て微笑んだ。

「白龍にとっては、はじめての遠出だったから疲れたのね」

 そう言ってゆっくりと階段を上るエリス。悠鳥に連れて来られてから白龍は一度も遠出をしたことがなかったのだ。村へ行くときは歩き、村では歌い、帰りは龍の背中ではしゃいでいた。白龍でなくても、疲れてしまうだろう。

 階段を上りきり、エリスが先にアレースの部屋の前へ行くと扉を3回ノックした。部屋の中からアレースが入室を促す声が聞こえたのは、龍たちが部屋の前へ来たのと同じタイミングだった。

 エリスが扉を開けると、アレースは顔を上げずに話しはじめた。他にも来る人がいたのか、その人物だと思いアレースは話しはじめたのだ。

「エード、小言なら聞かないぞ。あともう少しで終わるんだ。今手を止めたら、集中力が途切れていつ終わるか分からなくなるからな」

「そう。なら私たちは帰った方が良いかしら?」

「え?」

 声を聞いてアレースは顔を上げた。アレースは入室したのが、名前を言ったエードという人物だと思っていたのだろう。アレースは目を見開いた固まってしまう。そんなアレースを気にすることなくエリスたちはイスに座る。そこで漸く部屋へやって来たのがエリスたちだと気づいたアレースは、持っていた筆を置いてイスから立ち上がった。あと少しで終わると言っていたのに良いのだろうか。

 アレースは何も言わずに空いているイスに座る。どうやら休憩をとることにしたようだ。ということは、あともう少しで終わる仕事が集中を途切れさせてしまったことによりいつ終わるか分からなくなってしまったということだ。それに、どう見てもアレースがしていた仕事はすぐ終わりそうに見えない。たとえ集中していても、3時間はかかりそうな紙の山が出来ている。それでもアレースにとっては、あともう少しの量なのかもしれない。

「アレースに頼まれた通り、雨乞いをしてきたわ。お礼に野菜をいっぱい貰ったから料理長に渡したわよ」

「そうか」

「雨乞いをしたのは白龍だけどな」

「そう……白龍が?」

 寝ている白龍を覗き込むアレース。龍は村で白龍が歌ったこと。そして、龍が見た『水龍』かもしれない姿のことも話した。これはエリスたちにも話していなかったので、アレースだけではなく全員が驚いたようだった。

 だが、龍が見たのは『水龍』ではない可能性もあったため、誰にも話さないでいたのだ。龍は『水龍』の姿を知らないのだから。

「白龍の歌に惹かれたのかもしれぬの」

 龍の服を握りしめて寝る白龍の頭を撫でながら言う悠長に、アレースは頷いた。雨乞いは元々『白龍』がしていた。久しぶりに聞く雨乞いをする白龍の声に惹かれたのかもしれないと続けたアレースは、身を乗り出して白龍へと手を伸ばした。

 空いていたイスは龍の正面にしかなかったため、テーブルを挟んで座っていた。しかし、寝ている白龍を自分も撫でたかったようで、左手をテーブルにつき、白龍を撫でようと身を乗り出して右手を伸ばしたのだ。

 もう少しで白龍に触れられるというとき、扉が3回ノックされた。ノックをした人物は部屋の主であるアレースの返事を待つことなく、扉を開いた。それと同時に、扉を開いた人物の目に入ったのは子供に手を伸ばすアレースの姿。

 手にしていた封筒が床へと落ちると、左手を前へと突き出した。開かれたその手の前に、水色の小さな魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣には扇形と呼ばれる雪の結晶がいくつも描かれていた。今からこの人はここにいる人物――アレースに攻撃しようとしているのだと分かった龍は、白龍を起こさないように近くにいた悠鳥へと渡す。服を掴んでいた白龍の手は、抵抗なく離れた。

 固まって動かないアレースと、攻撃するタイミングを伺っている人物の間に入ると右手に雷を纏わせて相手を睨みつけた。その雷を見て、アレースは正気に戻ったようで慌てて龍の両肩を強く二度叩いた。

「落ち着け、龍。そいつは敵じゃないから大丈夫だ。エードも誤解だから攻撃しないでくれ」

 龍の背中に隠れながら言うアレースに、エードと呼ばれた人物は手をおろした。それを見て、龍も雷を消すと後ろにいたアレースが安心したのか小さく息を吐いた。

 エードは落とした封筒を拾うと、黙ったままアレースの元へと向かいそれを手渡した。手渡された封筒が何なのか分からなかったアレースは、それを持って中身を見て気がついた。それはとても大切なものだったのだ。

 それを持ってこいと言ったのはアレースであり、忘れていたと分かるとエードは軽くアレースの頭を叩いた。叩かれたことに怒らず謝るアレースに、エードは左手で前髪をかきあげ、少し上から見下ろすかのようにアレースを見た。何も言わないのは、よくあることだからなのだろう。

 アレースを見下ろすエードの横に立っている龍は、髪の隙間から見えたものに目を見開いた。エリスたちからは見えなかったようだが、エードは驚いている龍に気がついて微笑んだ。

「一応、皆様はじめまして。私はエード・パカル・ワジマー。黒龍殿は驚かれたようですが、私はハーフエルフです」

 龍が驚いたのは、エードの尖った耳を見たからだった。エルフは人間やドワーフが嫌いだと本で読んで知っていた龍は、何故ここにエルフがいるのかと驚いたのだ。

 しかし、彼はエルフではなくハーフエルフ。それならば人間が多くいるこの国にいる理由に納得がいく。

 ハーフエルフということは、彼の両親のどちらかが人間であり、エルフなのだろう。エルフ全員が人間嫌いというわけではないのだろうと、龍はエードを見て思った。

「エードは、俺の補佐をしてくれている。前は、スカジがしてくれていたんだけど、もう彼はいないしな」

「……なんか、申し訳ない」

「いいや、仕方のないことだから謝るな。それにエードは昔、前王の補佐をしていたからな」

「え!? エードさんって何歳なの?」

 静かにイスに座って楽しそうに様子を見ていた白美が背もたれに身を乗り出してエードに尋ねた。どう見てもエードは10代後半にしか見えない姿をしている。前王の補佐をしていたのなら、10年近く前の話しになる。

 しかし、幼い子供が補佐は出来ない。そう考えると、エードの見た目で年齢を決めつけることは出来ない。若く見えてもエルフのように長寿であるハーフエルフなだけあって、100歳を超えているのかもしれない。

 年齢を尋ねる白美に、黒麒は無言で失礼だという意味を込めて白美の頭を軽く叩いた。しかし叩かれた本人は気にしていないようだ。

「前王の補佐をしていたのは20年程前まででしたので、今の年齢は50歳です」

「まだ若いんじゃな」

 50歳と言われて驚くエリスたちだったが、悠鳥は冷静にそう言った。アレースは年齢を聞いていたのか、驚いてはいなかった。

 ただ、エードはアレースの倍近く生きているのだ。見た目はアレースより若くても、年齢は倍近い。

「エリスは覚えてないか」

「何を?」

「エードのことだ。昔、父様に紹介されたことがあるんだ」

「……覚えていないわ」

「まあ、そうだろうね。私が紹介されたのはエリスさんが3歳のときだから。貴方は8歳でしたから覚えているでしょうけど」

「『エイド』って呼ばれてたから、別人だと思ってたけどな」

 それはエードの愛称なのだろう。愛称で呼んでいたのはアレースとエリスの父である前王だろうと会話から分かる。ただ、紹介されたのがエリスは3歳の頃。記憶に残っていなくてもおかしくない年齢である。

 そして、その頃にエードは補佐を辞めている。エリスとアレースの現在の年齢から考えるとそうなる。何故辞めたのかは分からないが。

「そういえば、今スピカさんはどうしていますか?」

「……」

「……」

 スピカ。エードがそう言った途端、エリスとアレースの纏う空気が変わった。どこか悲しみを含んでいるような空気。それに気がついたエードはどういうことかと龍を見た。

 しかし、龍には分からない。知らないのだ。スピカという人物が誰なのか。どのような人物なのか。エリスの口からも、アレースの口からもその名前が出たことは一度もない。黒麒たちへと視線を向けると、何かを言おうと口を開いては閉じる黒麒と、俯いている白美がいた。2人は知っているのか、それとも知らないのか。

 それなら、悠鳥は教えてくれるだろうかと見る。黙って数秒見つめて、首を横に振る。知らないのか、話したくないのか。悠鳥はエリスとアレースを見た。

 2人から聞けということなのだろうと龍とエードは理解した。もしかすると悠鳥は知っているのかもしれない。知っていて話さないのなら、それは悠鳥の口からではなく2人から聞いた方が良いということなのだろう。

 龍が2人へと視線を戻すとエリスと目が合った。黙ったまま龍を見てから口を開いた。

「黒麒たちは知らないわ」

「……スピカは俺の妹であり、エリスの姉だ」

 そう言ったアレースは悲しそうだった。兄妹は2人だけではなかったのだ。しかし、スピカという女性には一度も会っていない。そして、悲しそうにしている理由にはすぐに思い至った。

 ――もう、いないのか。

 彼女はきっといない。それが悲しみの理由なのだろう。今まで悲しみを見せてこなかったのは、黒麒たちが彼女のことを知らないため心配させないようにしていたのだろう。

 スピカが亡くなった出来事がいったい、いつのことなのかは分からなかったが、もしかすると1人になったときに、涙を流して悲しんでいたのかもしれない。

「いったい……いつ? どうして……」

 聞いて良いのか分からずにいた言葉をエードが口にした。その言葉は喉に何かものが詰まったかのように言いにくそうだった。聞いても良いのか、でも聞きたいという思いがあり、そうなったのだろう。

「2年前だ」

 そう言ってアレースは口を開いた。スピカがまだ生きていた2年前と、訪れたその日のことを。少し話しにくそうに、ゆっくりと話しはじめたのだ。







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